Silly people

 周りの人は出水と、米屋と、私の3人を“2-B三馬鹿”と呼ぶ。弾バカ、槍バカは分かる。ただ、私にバカがつけられるのはちょっと、いやかなり納得がいかない。大体、あの2人とクラスが一緒で、同じボーダー隊員だってだけで私にまでバカの称号を与えないで欲しい。すでに緑川くんがA級3バカとしてあの2人と名前を並べているんだし。

「弾バカ、今日も勝負してよ」
「おう。良いぜ。どうせ今日も俺が勝ち越すけどな」
「そんなの分かんないでしょ。B級の力舐めるな」
「バカだなぁ、お前。俺はA級だぞ? その時点で舐めるもクソもないだろ」

 片側の口角をあげて勝ち誇ったように笑う目の前の弾バカ。むかつく。出水にバカ呼ばわりされるのはむかつく。米屋も私の事を「おいバカ」と呼ぶ事はあるけれど、アイツは学力の点で私よりバカだ。だから良い。私も米屋の事をバカにできる所があるから。でも、出水は違う。私は同じポジションであるシューターとしても、学力においても、出水に勝てない。何1つ勝てていない。それが悔しい。だから、たまには勝ってみたくて、私は頻繁に出水に模擬戦をもちかけている。

「おっ、またやんのか。んじゃ今日は1−4でみょうじの負けで。弾バカは?」
「じゃあ俺は5−0でみょうじの負けで。みょうじはどうする?」
「3−2で私の勝ち!」

 自分の勝利を信じて疑わない私に目の前のバカ2人が「うわ、バカだな」と同じように私をバカにして笑う。だからバカって呼ぶな。特に米屋。あんたの笑い方は下衆だ。こうなったら絶対に見返してやらねば。



―みょうじ緊急脱出! 勝者出水!

 駄目だった。今日も今日とて出水に勝てなかった。しかも出水の言っていた通り5−0だった。いつもよりも駄目だった。ベイルアウト部屋を出てブースに顔を出すと、既に戻って来ていた出水がにやけた顔をして待ち構えている。

「俺、みかんジュースで」
「……米屋は」
「俺まで良いのか? ラッキー」

 私が2人の下に辿り着くなり、感想戦も無しに自分の要望を伝えてくる弾バカを殴りたくなったけど、勝負に負けた敗者にはその権利は無い。賭け通り、飲み物を奢る為に大人しく自販機へと向かうと、その後ろで2人が暢気な会話を繰り広げている。

 今日も出水の繰り出してくる弾が全然読めなかった。出水は天才肌といわれるだけあって、私じゃ想像も付かないような方法でじわじわと追い込んでくる。トリオン量もそこそこあって、発想も柔軟で、その発想を描いた通りに実現出来るスキルもある。悔しいけれど、私は出水にやっぱり勝てそうにもない。



「なんでお前ガンナーからシューターに転向したんだ? ガンナーで結構良い所までいってたよな?」

 出水と米屋、それと自分用に飲み物を買って、椅子に腰掛けてようやく出水から今回の試合についての評価を受ける。大抵が駄目出しなんだけど。

「そんなの承知の上でシューターになったんだから、今更そこをついてこないでよ」
「何でわざわざ不利なポジション選んだんだ?」
「そ、れは……」

 ぐっと押し黙った私を見て米屋がニヤリと不敵な笑みを浮かべたのが目の端で映った。間違っても言うんじゃないぞ。槍バカ。

「それは、「シューターの技名って格好良いじゃん! だから!」

 願い空しくも口を開いた米屋を遮って、私が出水の疑問に答える。別にこれは嘘じゃない。空閑くんを前にしても言える。もしかしたら今の米屋みたいな表情を浮かべられるかもしれないけれど。

「あぁ、まあそれは分かるかも。なんせ俺が考えたしなぁ。合成弾の名前」
「私まだ合成弾撃てないからそこはちょっと同意しかねるけど。……ほら、二宮さんがメテオラぶっ放してるの、格好良いじゃん。だから私もああなりたいの」
「……ふうん? だったら二宮さんに教われば?」
「無理無理! 二宮さんだよ? 畏れ多過ぎる!」
「てか俺、二宮さんに指導した事あるんだぞ? なんでその俺の事は敬わねんだよ、お前」

 そんなの知ってるよ。二宮さんファンの私からしてみれば、そんなのとっくの昔に知ってる事だよ。でも無理でしょ。だって出水は――

「あー、ほらぁ。弾バカいじけてんじゃん。みょうじ、ちゃんと言えよ」
「な、なにを!」

 しまった。ここで“何を”と聞いてしまったのは迂闊だった。現に米屋の顔がキラリと光る。これだと、米屋に回答権を与えたも同じだ。いい。言わなくて。答えるな。槍バカ。そこまでバカじゃなくて良い。

「お前がシューター目指すようになったのは、出水がシューターとして活躍してるの見て、格好良いって思ったからだろ」

 頭を抱えるしか無い。いくらそれが事実だったとしても、それを本人が居る前で言うか、普通。あ、そうか米屋は普通じゃなかった。バカだった。学力においても。人の心を読む点においても。バカに期待してはいけなかった。なにより、これは米屋に回答権を持たせた私の失敗だ。

「みょうじ前に言ってたもんな。自分がトリオン兵駆除に手間取ってた時、出水が颯爽と現れてトマホークで撃退してくれたのが忘れられないって。出水が誰よりも格好良いって。二宮さんに対する憧れとは訳が違う、そういうのじゃなくて「わー! ストップ!!槍! バカ!」

 求めていない所まで回答する辺り、米屋は本当に質が悪い。槍を自分の頭に刺してしまえ。慌てて米屋の口を押えて、無理やり黙らせて、そんな恨みを込めて米屋を睨むけど、米屋は私を見ていない。三日月型に歪んだ米屋の目は、隣に座る出水に向いている。恐る恐る出水へと視線を寄越すと、出水の視線は焦点が定まっていないようだった。ストローを咥えていた口が半開きになって、テーブルを焦げるくらいに見つめている。放心状態ってやつだ。

「はは、顔やべぇぞ。おい、弾バカ。生きてっか?」

 米屋が声をかけるとようやく顔を上げて私を見つめる。

「……本当か? 今の」
「……う、嘘に決まってんでしょ!? 信じるな! バカ!……もうっ! 帰る!」

 まだ飲み終わっていないジュースをその場に残し、逃げるように背を向けた私に槍バカの「みょうじの顔、酒入れたみたいに真っ赤だったな」と笑う声がする。ああもう。お願いだから全部口にしないで。その全てが事実だから、何も言い返せない。

「って。弾バカも人の事笑えたクチじゃねぇか」
「なっ!? うるせぇ! お前本っ当うるせぇ!」

 米屋の言葉に応戦した出水の声は思っていたよりも上擦っていて、思わず後ろを振り向くと米屋の言葉通り、頬と耳がほんのり赤くなっていた。……なにやってるんだか。私も、出水も。人におちょくられて笑われるなんて。本当に、バカだ。

* * *


「ねぇ。1年に居る烏丸くんって子、めっちゃイケメンじゃない? なまえも同じボーダーなんでしょ? 喋ったりしないの?」
「烏丸くんは支部所属だしなぁ。あんまり顔合わせないかな」
「えぇ、なんか残念。てか、ボーダーってイケメン居ないの? ほら、嵐山さんとかみたいな!」

 クラス替えしたての頃。グループが出来上がって、お昼ご飯を特定のメンバーと食べるようになっていた。そして、私がボーダー隊員と知るや否やそのグループの話題は必ずと言っていい程にボーダーについての話になる。それはこのクラスでも変わらずで、私は弁当箱のおかずを口に運びながらその質問に答えた。

「私がイケメンだなぁって思うのは、二宮さんて人かな。クールな感じ」
「ニノミヤ? あんまり聞かないなぁ。テレビとか出てる?」
「うーん。どうだろ。二宮さん自身テレビとか出たがる人じゃないし」
「そっか。で、なまえはそのニノミヤさんって人が好きなの?」
「好き、って訳じゃないかな。ただのファンってだけ」
「えぇー、じゃあなまえは誰が好きなの?」

 いつの間にか話題は恋バナへとすり替わる。好きな人。そういわれて思い浮かぶのは1人しか居ない。

「……出水くん、」
「えっ、出水くん!? 同じクラスじゃん! なんで? 何がキッカケ?」
「仕事で私が手間取ってた時に、出水くんが現れて、さらっと手伝ってくれた事があって。私が使えない技があるんだけど。……トマホークっていうんだけどね。それを使いこなしてて。もう、その姿が格好良くって……! 二宮さんの事は憧れって感じだけど、出水くんに関しては全然、そういうのじゃないの。あの時になんていうか……こう……私の心臓も撃ち抜かれた、みたいな……そういう、」
「へぇ。そうなんだ。みょうじって弾バカ狙いなんだ?」
「米屋くんっ!?」

 今でもあの時の出水の姿は鮮明に思い描ける。それくらいの衝撃だった。だからあの日もそこに出水が居てもおかしくはない教室だという事を忘れて、ベラベラと出水に対する思いの丈を口にしてしまった。そして運悪く食堂から戻って来た米屋に私の気持ちを聞かれてしまった。不幸中の幸いといえば出水本人がその場に居合わせなかった事くらいだ。

「へぇ〜。みょうじは弾バカかあ」

 米屋が面白そうに感想を口にする。その声はあの時も変わらずに、やっぱり大きくて、私は慌てて口を塞いだけど、そんな私に友達が溜息を吐いてみせた。

「なまえ、今更米屋くんの口塞いだって遅いから。今の今まで米屋くんに負けないくらいの声で出水くんに対する思いを口にしてたからね?」
「う、うそっ」

 無意識に自分の口に手をやる私に、米屋が「まじまじ。ドア立った瞬間にみょうじの公開告白聞こえてきたぜ」とのほほんとした様子で事実を伝えてくる。

「なんなら今ここに弾バカ連れてこようか?」

 茶化すように提案する米屋の言葉に教室中でクスクスとした笑い声が巻き起こる。

「良いっ! てか、この事絶対に出水くんには言わないでよ!?」
「んー、俺等が言わなくても、みょうじの態度が言いそうじゃね?」

 その言葉にはさっきよりもハッキリとした笑い声が沸く。その笑い声は米屋の言葉を肯定した笑い声で。

 絶対に皆の思惑通りになんかなるもんか。そう固く心に誓ったは良いもの、あれから何かある度に米屋は私に絡んできたし、そこには絶対出水の事を絡めてきたし、そうなると出水と接さない訳にはいかないし。というか、好きな人と接するチャンスを逃したくは無いし、でもそうなるとクラス中から冷やかすような目線を浴びるし。そんな状況に置かれると、私の出水に対する態度は好戦的なものになってしまっていった。そうして、今の私たちの関係性は築かれてきた。それに加えて私は今現在、何気ない出水の行動に一喜一憂する姿をクラス中の皆から見守られる羽目になっているのだ。

* * *


――弾バカ、槍バカ、そして、出水バカ。

 周りの人は出水と、米屋と、私の3人で、2-B三馬鹿と呼ぶ。私にバカがつけられるのはちょっと、いやかなり納得がいかない。だけど、出水バカというのは自分でも頷いてしまうくらい、的を射ていると思う。一体誰がそんなあだ名を付けたんだ。あぁ、そうだ。確か、槍バカだった気がする。全く、バカめ。

 でも結局、私は3人の中で1番バカなのかもしれない。

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