友情のplan B

 隣の席に鎮座する烏丸は確かにイケメンだなぁと思う。下を向いた鼻筋が重力に逆らうようにスッと真っ直ぐな線を描いてその端麗さを主張しているし、伏せた時に強調される二重幅だって羨ましい。

 それでも、付き合いたいか? と訊かれると答えはNOだ。

「お前また呼びだされてたな」
「あぁ、なんか差し入れでくれた」
「うわ! 手作り弁当!? お前ソレ食べんの?」
「食べるよ、勿体ないし」
「髪の毛とか入ってんじゃね?」
「大丈夫だろ、綺麗め系だったし」

 そういう問題じゃないのでは? という疑問は胸の中に収め、隣で行われるクラスメイトの会話に聞き耳を立てた。話の流れから察するにその女の子は調理部に属している清楚系で有名な子らしい。そんな子がわざわざ烏丸の為に弁当を作って来たというのは明らかな好意の現れだ。
 烏丸自身もそれを分かっていて、その上で弁当を受け取ったハズ。顔立ちは端正な方が良いに越したことはないのだと、烏丸を見ていたらよく思う。

「うわ、すげ」
「昨日から仕込んでたね、絶対」

 取り巻きが居なくなった所で貰った弁当を開けた烏丸がその鮮やかさに声を挙げ、それにつられて覗き込んだ小箱は確かに緑、黄色、茶色、白……と色彩バランスにまで気を配られた完璧な出来上がりだった。
 自分の武器を最大に利用した最強の弁当箱だ。これは正直烏丸が羨ましい。他人にここまで手を尽くして貰えるだなんて。イケメンめ。

「え、食べないの?」
「バイト先で貰った弁当があるから」

 賞味期限が昨日の夜で切れてしまっている弁当。本来ならば廃棄処分らしいが、烏丸の事情を知っているバイト仲間が見逃してくれたらしい。これに関しては顔立ちうんぬんではなく、烏丸の人柄の良さのおかげだろう。
 そうして栄養バランスの良い弁当は兄弟に食べさせて、自分は賞味期限切れの弁当を食べようとする烏丸。

「女の子泣かせではあるよね」
「バレないようにはする」
「うん。まぁ烏丸が悪い訳じゃないもんね」

 いってしまえば勝手に作って勝手に渡して来たのは向こうだ。それでもこの弁当は烏丸に食べて欲しかったと思う。その気持ちも分かるし、烏丸の家庭環境上、烏丸の選択も理解できる。

 顔立ちも良くて、人当たりも良い。性格だって不愛想じゃないし冗談だって言える。一緒に居て楽しい。だけど、烏丸と付き合いたいとは思えない。

「烏丸はこの先もずっと“孤独”は知らずに生きていくんだろうね」
「ん?」
「常に誰かが側に居て、支えてくれる人たちに囲まれて生きていく星の巡りっぽそう」
「そう?」
「うん。まず顔面が良いからさ、その段階で声はかけて貰えるよね」

 不躾な言葉ではあるけれど、烏丸はそれに怒りはせず まぁ と受け入れるような態度で相槌を打っている。それがまた嫌味っぽく見えないのが悔しい。

「その中で滅茶苦茶美人な子に出会って恋をして、ゆくゆくは完璧な遺伝子を継いだ可愛い子を持つ将来までは見えた」
「見えた気がするだけだろ」
「まぁそうだけど」

 だけど、見えた気はするから。烏丸に恋をした所でその気持ちは自己処理するハメになることも予測が立つ。それにいつも女の影に怯えながら烏丸の隣に居れる程私はメンタルも強くない。それならいっそ友達としての線引きをしておいた方が良い。
 それを烏丸に恋をする女の子を傍から見ながら学び、初めからその対象として見ないで接してみたらそれが案外うまく行っている。その結果、私と烏丸は異性の友人としては結構親しい間柄になれたと思う。

 だからこのままずっと3年間、いや高校を卒業した後も友人として付き合っていけたら――

「俺とみょうじが結婚する未来があるかもしれないぞ」
「 ハァ? 」
「俺、5人兄弟の長男だから迷惑かけるかもしれないな」
「いや、私ノってないから。勝手に話進めないでくれる?」
「それでもちゃんと大事にする、って言ったらみょうじは結婚してくれるのか?」
「いや待って。冗談だよね??」
「あぁ、冗談だ」

 烏丸は時折嘘を言ったり冗談を言ったりして私を困らせる。それでもこういう話の場面では嘘を吐くことも冗談を言うこともなかったから本気で焦ってしまった。本当に烏丸は人が悪い。
 こっちが ナイ と線引きしているラインを易々と踏み越えようとするんだ、コイツは。しかも冗談で。

「アンタ自分がイケメンってこと自覚してよね。その顔面でそんなこと言われたら危ないわ」
「俺がイケメンじゃなかったら危なくなかったのか?」
「それは……、」
「みょうじはイケメンじゃないと俺と付き合おうとは思わないのか?」
「そういう訳でもないけど……烏丸は中身も良いヤツだし……って、え、これ冗談だよね?」
「あぁ、冗談だ」

 冗談だと言う割には「で、どうなんだ?」と続きを促してくる烏丸の目は笑っていない。一体何をどう答えれば烏丸はいつものような顔して微笑んでくれるのだろうか。

「冗談ながらに訊くが、みょうじは俺と付き合いたいと思ったことはないのか?」

 冗談ながらに なんて接続詞聞いたことないと思いつつも烏丸の質問に言葉を詰まらせてしまう。ずっと付き合いたいか? という質問にNOを突き付けて線引きをしてきた。

 それなのに、烏丸本人にはNOを突き付けれないのは、烏丸がその線引きを消そうとしている気がするからだろうか。

「烏丸と結婚したら楽しそうな将来が見える気がする……冗談だけど」
「奇遇だな。俺も見えた」
「ねぇ。これどこまでは冗談??」
「さぁ。俺にも分からない」

 そう言ってポケットから誰かから貰った飴を取り出し、口に放り込む烏丸の表情はいつも通りの表情に戻っていた。……けれど、その顔がどこか楽しそうに見えるのは、これも気のせいなんだろうか。

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