答えは自分が持っている。

「なまえ!」
「大地っ! 珍しいね、この時間に大地がこの場所通るなんて」
「おー。今日は体育館整備の日だからな、たまには休憩も必要だって監督が」
「ナルホド。んじゃあ、これから帰って勉強すんの?」
「あー、その言葉聞きたくねぇわー」
「あはは、仕方無いじゃん。学生なんだから。勉強は付きモンでしょうよ」

 烏野高校に通う澤村大地は私の幼馴染だ。小さい時から家が近所だった事もあって、よく遊んでいた。そんな大地とはお互い違う高校を選択し、前の様に頻繁に会う事は無くなってしまっていた。だからだろう。久しぶりに目の前に現れた大地は前に見た時よりも随分と大きくなった様に感じる。

「なんか大地、成長したねぇ」
「……横にか?」
「あはは、違うよ」

 こうしてゆっくりと2人きりで話す事も久々だけど、普段から会話をしているかの様な雰囲気になれるのは幼馴染だからなんだろう。でも、私はいつまでもその関係性を続けたいとは思っていない。

「あっ、てか! 大地の事、友達が格好良いって言ってた」
「俺、なまえの友達に会った事あるっけ?」
「前に試合観に行った時、一緒に行った子」
「あぁ」
「連絡先教えて欲しいって。どうする?」
「あー……いや、俺はそういうの良く分かんねぇから……。悪ぃ」

 ガラリと話の内容を変えてみせても、この手の話において、大地の返答はいつもこうだ。分からないって……。年頃の男子がそれはどうなんだ。

「そ、分かった」
「ありがとうって伝えておいてくれ」
「……私さぁ、こないだ同じ学校の男子から告白されたんだけど」
「そ、うか。それで? なまえはどうすんだ?」
「どうしよっか?」
「どうしよっかって俺に言われても……」
「そうだよね、分かんないよね」
「なまえ?」

 私がどういう気持ちで大地にこんな事を言ってみたのか、そういう私の気持ちも分からないんだろう。一体、何年私の幼馴染をしているんだ。そろそろ私の気持ちくらいには気付いても良いんじゃないのか。

「ううん、なんでもない。自分の問題だもんね。ごめん、自分で考える」
「お、おう?」
「私、本屋に寄ってくからここで。またね!」

 大地の顔を見れなくて、見たくなくて、逃げる様に分かれ道の先を早歩きで進む。大地ってこの先、誰かからの好意に気が付いてその相手の好意を報う事が出来るのだろうか。
 今の調子なら多分、それは凄く険しい道になるだろう。大地はもうちょっとバレー以外の事にも目を向けるべきだ。そうじゃないと、私の気持ちが可哀想だ。もしかしたら、私以外の気持ちも無下にしているかもしれない。それって意外と罪作りなんだからね。
 あぁ、私ももういい加減諦めるべきなんだろうな。何年も、何年も。とりあえず、告白してくれた斉藤くんに――

「なまえーっ!」

 歩きながら1人の世界に入り込んでいると現実世界に大地の声が呼び戻す。

「大地……?」

 その声に振り返ると大地が駆け出して、私が必死で進めた歩幅を易々と縮めてみせる。あぁ、やっぱり男子なんだなぁ。そんな事をのん気に思っていると「駄目だ!」と私の脳内とは裏腹に必死の形相を浮かべた大地から両腕を掴まれる。

「だ、駄目って……。何が?」
「その告白、受けるな!」
「えっ」
「さっきなまえが言ったみたいに、なまえが決める事なんだろうけど……、なまえが告白されたって聞いた時、すっげぇ嫌な気持ちになって。ほんと、俺、他の人から向けられる気持ちとか、そういうのは良く分からんねぇんだけど。自分の気持ちはちゃんと分かる」

 大地が1つ息を吐く。そうしてゆっくり目を開いた後、意を決した様な表情を浮かべて真っ直ぐ私を見つめる。

「俺は、なまえが誰かの彼女になるのが嫌だ。誰かの元に行くくらいなら、自分の隣に居て欲しい。俺はなまえの事が好きだ」
「はは、やっとかぁ……」
「へ?」

 決死の思いで言った言葉だったのだろう。その顔が心なしか赤い。

「だって、私、ずーっとその気持ち、大地に抱いてたんだもん。烏野にも大地の事好きな人居るんだろうな、もしその子の事を大地も可愛いって思ってたらどうしようとか、友達に大地の事格好良いって言われたり、紹介してって言われる度に、大地がその相手の事気に入ったらどうしようとか。もう何年も。だから、大地が“分からない”って言う度に呆れると同時に安心してた」
「そう、だったのか……。全然気付かなくて……悪ぃ」
「ほんとだよ! 私の気持ちも“分からない”で弾かれるんじゃないかって、ずっと不安だったんだから!……でも、」

 そこで1度言葉を切り、私の両腕を掴んだままの大地の手に私の手を添える。

「大地が、大地自身の気持ちに気付いて、それが私と同じだって事が分かって、嬉しい。……ね、これからは呼ばれなくても試合観に行っていい?」
「そんなの、これまでもそうしてくれて良かったのに」
「だって、何となく行きづらいじゃん。幼馴染ってだけなんだし」
「そういうもんか?」
「そうだよ。それに、その場所でまた大地の事格好良いって言ってる人見つけるのもヤだし。大地って意外とモテるから」
「……し、知らなかった」
「でも、もうそれも気に病まなくて良いんだよね?」

 添えた手で大地の手を降ろし、手の平を握ると、マメだらけの手は一瞬だけピクリと動いたけれど、そのまま私の手の平に大人しく収まる。

「“私の彼氏なんで駄目です”ってアピール、して良いんだよね?」

 少し先にある私より数センチ高い場所にある大地の瞳を見つめる。その瞳とは数十秒と見詰め合う事は出来なかったけど、「……ダイジョウブです」小さく囁いて、優しく握り返してくれるその手の平が私にとっては充分過ぎる程の答えだった。

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