行ってらっしゃい

“明けましておめでとう!”
“今年もよろしく!”

 そんなメッセージが私のスマホを賑わしていたのが数時間前。そして、幾分かの落ち着きを取り戻した明け方。

“最悪の初夢だった……”

 などど、新しい1年の始まりとしては似つかわしくないメールがピコンと音を立てて私の元へ届く。
 ラインではなく、メールを使ってくるのは彼氏である大地くらいしか私の知り合いにはいない。大地からのメールに“どうしたの?”と返し、布団からむくりと起き上がり、カーテンを開ける。
 確か、今年はバレー部3年生で初詣に行くって言ってたな……。私も後で地元の神社にでもお参りにでも行くかな。
 そんな事を考えつつ、受験生でもある私は朝から机へとかじりついた。



 外はやっぱり寒い。自分から吐き出される白い息を見つめながら帰宅している途中。

「みょうじじゃん!」

 野太い声で名前を呼ばれたと思えば、それは中学時代の同級生で。

「わ、池尻! 中学以来じゃん! どう? 元気だった?」
「おう、まぁまぁな。部活も引退したし、今は受験勉強で大忙しだけどな」
「そっか……。ウチと試合したんだったよね」
「そうそう。澤村はやっぱ強くなってたよ。……そりゃあ、春高にも進出するよなぁ」

 なんだか私が照れくさい。別に私が褒められてる訳じゃないのに。

「でも朝、大地から“最悪の初夢だった”ってメールが来たんだよねぇ」
「えっ、そうなのか?……大丈夫か、澤村」
「今はバレー部の人達と初詣行ってるから、大丈夫だとは思うんだけどねぇ……」

 2人で商店街を歩いていると、話題の渦中に居た人物が肩を縮こませながら歩いているのが見えた。

「澤村?」
「! 池尻!……なまえも!」
「オェーイ」
「大地、なんか溜め息吐いて無かった?」

 最悪の初夢だったって言ってたし、今も溜め息吐いてるし、本当に大丈夫かな? 再び心配が顔を覗かせたのもあって、3人で近くの公園で話す事にした。

「決勝テレビで見てたよ、凄かった」
「おー」

……会話が続かない。

「何だよ緊張してんのかよー」
 
 池尻がからかう様に尋ねる。

「――あぁ、すげぇしてる」

……珍しい。大地から弱音が出るなんて。まぁ、さすがに春高への挑戦がもう4日後に迫ってるんだから。ずっと憧れてた春高がいざ目の前に来ると憧れと同じ位緊張も出てくるんだろう。段々と大地が見た初夢の内容が推測出来てきた。

「ちょう期待してっからな澤村…! 皆がお前らを見ているぞ…!!!」

 ワザとらしくプレッシャーをかける様に言う池尻の言葉に、キョトンとしたあと爆笑する大地。

「夢まで見て、俺ビビリすぎだよなー! …1人なワケあるか」

 そう言ってちらりと私を見やる大地。私も大地を見つめ返す。そうだよ、大地は1人じゃないよ。

「……なんだよ、心配したのに、ここでノロケんなよなぁ」
「えっ、なっ……私たち別にそんなつもりじゃ……!」
「はいはい、じゃあ俺はお邪魔だろうから、お暇しますかね。……澤村! 全国をビビらして来いよーっ!」

 大手を振って見送ってくれる池尻に散歩中の犬がビクッとして、ワンワン! と池尻を警戒するように吼えている。それでも尚、ニッコリと笑って送り出してくれる池尻を見て2人で笑う。
 本当の意味で背中を押せるのって同じ立場に立ってる人や、立ってた人なんだと思う。私じゃ出来ない事だ。池尻、ありがとう。そんな意味を込めて私も大きく手を振り返す。

「さ、帰るか。送ってくから」
「ありがとう」



「初夢、バレー絡みの事でしょ?」
「……バレたか」
「そんな事だろうと思った」

 やっぱり。結局、大地はバレーで終わって、バレーで始まるんだ。それが大地らしくって、好きなんだけど。

「朝起きて部活行こうとしたら、試合は全部終わったでしょって、止められるし、学校行ったら行ったでバレー部無くなってるし……。スガも旭も居ない事になってるし。本気で焦った時に目覚めてさぁ……」

 それに初詣の帰りに学校寄ったら後輩達が集まってワケ分かんねぇ事言ってるし……。アイツらマグロかよ……。そう言って頭を掻く大地の顔は主将そのもので。

「……大地はずっと大地だよね」
「?」

私の言葉に一瞬の間を開けてどういう意味だ?? って尋ねてくる大地。その顔も可愛いなぁ、なんて。

「ううん、何でもない。……私、バレーの事に関しては上手く言えないけどさ……。それでも大地がずっと頑張ってきたの、知ってるから。大丈夫だよ。きっと」

 真っ直ぐと大地の顔を見つめると大地は破顔する。

「清水からも言って貰えたけど、なまえから言われるとマジで大丈夫な気がしてきた」
「えっ、潔子からも言われたの?待って、女神からの言葉の二番煎じとかっ!」

 恐ろしい……っ! 手で顔を覆う私を「ははは」なんて笑う大地。

「笑い事じゃないんだから……!」
「清水の言葉となまえの言葉は別腹だよ」
「何それっ!」
「そりゃあ、お前。チームメイトと彼女の違いだべ」
「……うわ、照れる」
「今更だろ」

 照れる私を見て白い息を吐き出して笑う。大地さっきから笑ってばっか。

「恐ろしい初夢を見た後はどうですか?」
「はい、もう皆様のおかげで吹っ切れました」
「それは良かった」

 笑ってみせると繋いだ手をぐっと強く握ってくれる。マメだらけの手だなぁ。ずっと、ずっと。頑張ってきたんだね。

「大地、応援してるから。思う存分、戦ってきて」
「おう!」

 行ってらっしゃい、大地。

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