ハロウィンを駆使せよ

 ふと思った。アイツは今日という日が“ハロウィン”というイベントの日として位置付けられている事を知っているんだろうかと。

「ねぇ」
「んー?」

 隣の席で肘付いてスコアブックを覗き込んでいる御幸はぞんざいな返事を寄越す。

「ハロウィンって知ってる?」

 そんな態度を気にもせず、脳内に浮かんだ疑問を口から吐き出すとようやくスコアブックから顔を上げて、私を見つめる御幸。

「今日の事だろ?」
「あ、知ってたんだ」

 キョトンとした顔で見つめられてしまう。まぁ、そうだよね。いくら野球以外はてんでダメな御幸でもイベント事くらいは知ってるか。バカにしてごめん。

「え。……で?」
「で? って?」

 御幸が発した単語の意味が分からなくて、今度は私がキョトンとする番。で? というのは……この会話の続きを知りたいという事だよね?

「えっ、ごめん。それだけ。単純に御幸が今日がどういう日か知ってるか知りたかっただけ」

 素直に御幸に話しかけるに至った脳内過程を打ち明けると眼鏡の向こうの瞳がなんだそれ、と訴えてくる。目は口ほどにものを言うものだ。

「いやいや。俺、今日がハロウィンって事知ってるんだぜ? その相手に対していう言葉、あるんじゃねぇの?」

 そして、その瞳が今度はニヤリとしたものに変わったのが手に取るように分かる。

「あー。トリックオアトリートってやつね」
「そうそれ。あ、ちなみに俺お菓子持ってねぇわ」

 御幸の言葉にキョトンとするのは私。私の方が2回もキョトンとするなんて思いもしなかったな。

「じゃあなんで言わせようとしたの」
「だって、お菓子あげなかったらイタズラ、してくれんだろ?」
「は?」

 えぇ、3回目だよ。まさかの。思いもよらぬ回数に内心驚いている私に反して、御幸の顔のニヤニヤ度は深みを増してゆく。

「俺、お菓子持ってない。のに、トリックオアトリートって言われちゃった。から、イタズラ。ハイドーゾ」
「え、ちょっと待って。私別に……」
「えー、言ったからには実現しろよなぁ」
「……えぇ?」

 御幸の強引過ぎる批判に困ってしまう。だって別にイタズラするつもりも、お菓子を貰うつもりも無かったんだし。てか、意外とイタズラしろって言われると何したら良いか分かんない。

「じゃあ俺の番な」
「え?」
「みょうじ、トリックオアトリート」
「えっ、ちょっ、待った!」
「待ったとかなし。はい、みょうじ。お菓子は?」

 困った。まさか御幸から言われる事になるとは。お菓子はさっき倉持にあげた分で最後だ。

「も、ってない……」
「まじ? じゃあイタズラって事だな」
「イ、イタズラって……何するの?」
「さぁ? 決めるのは俺だから? みょうじ、目瞑って」
「やだ! なんか、やだ!」
「やだじゃないから。ほら、早く」
「うっ。……どうしても?」
「どうしても」
「えぇ〜? 強引過ぎない?」
「過ぎねぇ。大体、お菓子持ってないみょうじが悪いんだろ? この会話始めたのもみょうじじゃん」
「それは……そうだけど」
「はい、じゃあ目、瞑って」
「へ、変な事しないでよ?」
「さぁ? まぁ。それは今から分かる事だし。ほら、早く瞑れって」

 御幸の言葉に導かれるようにぎゅっと瞼を貼り合わせる。明るさが残る瞼の向こう側で御幸の笑い声が聞こえてきて。その声が思ったよりも近くて。私の胸がどきりと跳ね上がる。それなのに、瞳を開ける事が出来ない。そんな私を「はは、顔真っ赤。 」なんてイタズラな気持ちが隠れきっていない御幸の声が笑う。
 その声は右耳のすぐそばから聞こえて。笑われる事が分かっているのに、頬の上気を抑える事が出来ない。せめてもの抵抗の様に右耳を手でガードすると、その行動すらもやっぱり笑われてしまって。

「もう良いぞ。目、開けても」
「イタズラってただ耳元で囁いただけ……っ!」

 御幸に促され、鮮やかさを取り戻した光景を瞳に入れるよりも早く、私の口を塞ぐ御幸の唇。おかげで私の思考と視界は御幸でいっぱいだ。

「うわお、お菓子まで頂いちゃったカンジ? 俺」

 ごちそうさまです! と今までの笑みとは違って、満足そうな笑みを浮かべる御幸に、なんだか悔しさを覚えてしまう。流行り廃りに疎い御幸ですらハロウィンを使いこなしているのに。なんで私は満足に味わえていないんだろう。

「私のトリックオアトリートの件、まだ残ってる?」

 そう尋ねる私に、深く頷いてみせる御幸。思いっきり上がる口角に「うわ、変態っぽい」と軽く引いていると、しばらくその顔を見せられた後にようやく「勿論。よろこんで」と返事をくれる。

 やらっれぱなしは性に合わない。今度は私が口角を上げる番。

 覚悟してよね、御幸。

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