バレンタインの悲喜劇

 2月14日。平日。祝日でもなんでもない。その事に違いはないのだけれど、ただの平日ではない。その事を街の様子が物語っている。俗にいうバレンタインである今日は街が可愛らしく着飾っており、みょうじたちが目的としているスタバも恐らくは今日という日に似合うようなレイアウトになっているのだろう。そんな事をみょうじは真田の隣を歩きながらぼんやりと考えていた。

「カスタマイズありだよな?」
「うっさい」
 
 にんまりとした顔を近づけてくる真田をあしらい、なんで今日という日を真田は選んだのだろう。と街の様子を楽しそうに見渡す真田を見つめながらみょうじはここに至るまでのやり取りを思い返す。

「ねぇ、スタバ賭けてテスト勝負しよ」
「おう。良いぜ」
「本気の勝負だからね!」
「えー、手加減してくんねぇの?」
「私の辞書に“手加減”なんて文字無いから」
「はは、激アツじゃん!」
「何奢って貰おっかな〜っ」
「勝つ気満々かよ」

 それは定期テストを目前に控えたある日、みょうじが発した言葉が事の始まりだった。真田は飄々とした性格であり、ノリも良く、接しやすい為、交友関係が広い。そして、みょうじも例に漏れず真田と普段から良く話す間柄であった。そんな真田とみょうじは普段の定期テストでの成績は同じくらいか、みょうじが勝っている事がほとんどであった。だからこそ勝てると踏んでの提案であった。そんなみょうじの思惑を知ってか知らずか真田は、いつものようなノリで快諾した。その事にみょうじは心の中でガッツポーズをしながら定期テストに臨んだ。

「みょうじ、合計出たか?」
「750点! 自信あり過ぎて怖いわー。真田クンは?」
「俺ちょうど800点」
「はっ!?……えっ、な、え? なんでそんなに良いワケ!?」
「だって手加減無しの本気勝負だろ?」

 今回のテストはいつも以上に出来が良かったと9教科全ての返却が終わり、勝ちを確信していた所で真田の口から出たまさかの数字に愕然とした。普段より出来が良かった私の点数をあの真田が易々と越えてきた事が信じられず、思わず「カンニング……?」と尋ねるみょうじに真田は「なんでだよ」とにこやかに笑ってみせる。
 そしてその笑顔を崩さないままに「んじゃ、スタバごちになりマス。なまえちゃん」と手を合わせてみょうじを拝んでみせる。

「拝むな! 猛勉強したんでしょ? じゃなきゃ普段のあんたじゃ絶対こんな成績ムリだから!」
「普段は野球に力入れてますんで? でも今回のテストは勝負だったし? 負けるワケにいかないでしょ〜って本気、出してみましたっ!」

 星でも飛ばしそうな勢いでおどけてみせる真田にみょうじは何ともいえぬ悔しさがこみ上げるが、勝負は勝負だ。大人しく拳を下ろし、「分かった。今日は? 部活あんの?」と真田の予定を尋ねる。

「テストも終わったし、今日から部活再開だからな〜」
「あっ、じゃあ当分ムリだ。残念〜」

 そう言って逃げようとするみょうじの言葉尻を真田は逃さない。

「2月14日」
「は?」
「2月14日ならグラウンド整備で部活休み」
「えっ、」
「て、事で、14日空けといてな」

 言い終えると満足そうに席に戻り、他のクラスメイトとの会話に入っていった真田に何も言えないまま今日という日を迎えてしまった。

「確か今チョコレートのやつやってたよな」

 信号待ちの間にスマホでシリーズの確認をする真田にみょうじは今日という日がどんな日なのか分かっているのか問うてみたくなるが、コイツの方がバレンタインを嫌という程痛感しているだろうと思い直して、やめる。

「ねぇ、今日貰ったチョコどこに置いてきたの」
「ん?」

 真田は尚もスマホに目線をやったままだ。

「エリカちゃん、髪の毛綺麗に巻いてたね」
「そうなのか?」
「リエちゃんもネイル新しくしてた」
「へぇ」
「カオリ先輩は香水つけてた」
「ふぅん」
「それ、全部アンタの為でしょ」

 そう言うと初めて真田の目線がみょうじに移る。

「今日めっちゃ呼び出しくらってたじゃん」
「見たのかよ。なまえちゃん熱視線〜」
「ふざけんなバカ。あんだけ呼び出しの嵐だったら目線にいくわあほ」
「ちょ、そこまで言ぅ?」

 俺泣いちゃうよ? と眉毛を下げて悲しいフリをしてみせる真田を置いて、青になった信号をみょうじは歩きだす。

「何怒ってんだよ〜」
「怒ってない。アンタのあほらしさに呆れただけ。で、貰ったチョコは?」
「貰ってないけど?」

 足早に歩いてみょうじが開けた距離を真田は容易く縮めて横に並ぶ。

「は? んなわけ」
「くれようとしたけど、断った」
「はぁ!? なんでそんな勿体無いこと……!」
「野球に専念してぇし」

 その言葉にみょうじは驚いて足を止める。

「あんた本気でバカなの? 野球に専念したくてもチョコは貰えるでしょ? アンタの為に皆頑張ったのに、なんでそれを断んのよ!」
「なんでみょうじがそんなに怒んだよ」

 3歩先で足を止めた真田が振り向いてみょうじと向かい合う。

「なんでって……、野球に専念したいんなら今日だってスタバに行かないで練習するべきでしょ。こんなトコに私と居るなんておかしいじゃん!」
「おかしくねぇ」

 1歩、真田がみょうじに近付く。

「は?」
「俺にとっては野球と同じくらい……や、それ以上大切で必要だから」
「えっ、」

 もう1歩足を前に出し、みょうじの目の前に立つ真田の瞳は熱くみょうじの姿を捕らえる。

「チョコを受け取らなかったのは好きなヤツ以外からは受け取りたくなかったから」
「さ、真田?」
「2月14日を指定したのもみょうじからチョコ貰えるの期待したから」
「えっ、グラウンド整備って……」
「それはホント。でも各自自主練はやってる」
「はっ……?」

 真田から発される言葉にみょうじはえ、とかは、とかの単語しか返せない。そんなみょうじに真田がトドメを刺す。

「その時間を削っても俺はお前と一緒に居たいと思ったんだけど……みょうじも今俺と一緒に居るって事はそういう相手が居ないと思っても、良いんだよな?」

 今までの調子とは全く違った様子で尋ねてくる真田にみょうじは返答を詰まらせてしまう。

「……俺があん時ああ言ったせいで予定無理やり空けた、とか?」
「私がそんな優しい女子に見える?」
「見えねぇ」
「即答すんな」
「はは、悪ぃ」
「心配しなくてもそんな相手私には居ません」
「寂しいヤツだな」
「うっさい黙れ」

 ゆっくりと歩き出した歩幅に真田も合わせて歩き出す。その隣でみょうじはほんの少しだけ後悔した。なんでもっと可愛い返事が出来ないのだろうと。しかしちらりと見上げた先にある真田の顔がいつになく嬉しそうだったので、まぁいいかと思い直す。

「あっ、真田コレ」
「えっ!!」
「なに、うるさい」
「いやだって今日1日待ち焦がれたモノが急に目の前にっ」
「大袈裟」
「やっべー、激アツ」
「嬉しい?」
「嬉しいに決まってんだろ!」
「はは。そりゃどーも。……あんたが全部断ったって言った時はどうしようかと思った」
「俺もみょうじが全然くれる気配ねぇから、断ったの勿体ねぇって思ってた」
「はぁ!?」
「はは、嘘だって」
「むかつく〜っ!」

 怒るみょうじの隣をケラケラと笑いながら歩く真田。そんなやり取りがみょうじは急に特別な事のように感じる。

「私達もカップルに見えるのかな?」
「さぁ? 手でも繋いだら見えんじゃね?」
「じゃあ繋ぐ?」
「悪かねぇな」

 そう言って差し出された手を握ってみると、その先で真田が嬉しそうに笑う。そんな真田にみょうじは「激アツ」と笑って返してみせるのだった。

スタバは真田の奢りになりました

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