少年よ大志を抱け

 私は雅さんが大好きだ。だけどそれをうまく言葉に出来ない。表情で伝える事も出来ない。いつも小生意気な事を言っては雅さんを呆れさせていたし、怒られもした。だけど、雅さんはそんな私に、愛想を尽かす事はなかった。私は、そんな雅さんが大好きだ。だから、稲実を卒業してしまう雅さんに、卒業式の日に“おめでとう”と言う事も出来なかった。寂しかったから。でも、何も言わない私に雅さんは同じように何も言わなかった。ただ、頭を撫でるとはいえない動作で軽く手をポンと乗せてくれた。私はそれだけで十分だった。だけど、今日は違う。

「雅さん今日から入寮かー。入寮したらあんまり会えなくなるね。寂しくなるでしょ?」
「お前に会えないなんて、俺からしたら天国だ」
「雅さん酷い!」

 鳴くんが放つ言葉を事も無げに受け流す雅さん。こんな光景、もういくつも見てきた。でもこれで見納め。こんな状況でも私は何も言えない。

「みょうじ」
「何ですか」
「今日で本当に簡単には会えなくなっちまうな」
「……雅さんからしたら、天国なんじゃないですか」

 ほら、私も変わらない言葉しか繰り出せない。最後くらい“寂しいです”とかそんな可愛らしい言葉を放ってみたいものだ。でも、手札に無いんだからしょうがない。これが私だ。

「まぁそう言ってやるな。みょうじのその素直じゃねえ所も今日で見納めと思うと寂しくなるから」
「えっ」

 まさか雅さんからその言葉が切り出されるとは思いもしなかった。そんな言葉持ってたんですか。雅さん。可愛い。

「……なんだよ」
「雅さん……き、きもいです」
「なっ!? お前なぁ!……たく。泣きながら言う言葉じゃねえだろ」
「な、泣いてません! 泣きそうなだけです!」

 雅さんの言葉を訂正するが、正しいのは雅さんの方だ。私は込み上げてくる寂しさを抑えきれていない。頬が熱い。でも、それを認めるなんてこと、やっぱり可愛げのない私には出来ない。

「……みょうじ」

 雅さんが両手を軽く広げてみせる。これは、“おいで”の合図だ。私が取り返しもつかないくらいに拗ねた時にだけしてくれる。私、まだ拗ねてませんけど。多分、雅さんがしたいんだろうな。雅さん、少し寂しそうだし。仕方無い。

「見掛け倒しですよね。こういう所」
「うるせぇ」

 うるさい、と言いながらも私を腕の中から解放はしてくれない。だから私もぎゅっと服を掴む。雅さん、雅さん。大好き。離れたくない。ずっと、一緒に居たい。……でも、無理だ。雅さんはこれから、プロの道に進む。その道は未知の世界で、雅さんはそこに進む事を楽しみにしている。私だって、見たい。雅さんが進むその道を。だから。

「お元気で」
「……おう。みょうじもな。俺が活躍しだしたら、観に来てくれよ」
「雅さんが活躍しないと約束出来ないですね」
「……まあ、そうだな」
「雅さん、行ってらっしゃい」
「……ああ。行ってくる」

 そう言っていつかしてくれたみたいに頭に大きな手を乗せてくれる雅さん。私達はやっぱりそれで十分なんだ。

「ねえ、俺の事忘れてない?」
「居たのか。鳴」
「鳴くんもう帰ったと思ってた」
「はあ!? 2人して酷いんじゃない?」

 憤慨する鳴くんを笑った後、先輩は新天地を求めて旅立っていった。

 いつか、雅さんがプロの世界で活躍する事を夢見てます。雅さん、頑張って下さい。

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