形成逆転

 伊佐敷先輩をからかう事が私の日課だ。あんな怖い見た目のくせに、少女漫画が好きだなんて、絶好の弄りポイントだ。

「伊佐敷先輩、壁ドンとか憧れなんじゃないですか? あ、それとも顎クイ?? あ、ごめんなさい。する相手が居なかったんでした」

 普段はこんな風にからかうとすぐに青筋立てて、吼えてくる。だけどそれは本気の怒りではない事が分かるから、私もついちょっかいを出してしまうのだ。それなのに、今日は吼えてくる所か、言い返しもせずに私も見つめてくるからこちらが焦ってしまう。

「い、伊佐敷せんぱ……」
「してぇよ」

 え? と聞き返すよりも早く私の見えている世界が一気に狭まり、伊佐敷先輩しか見えなくなってしまった。それに、何だ。この状況。これってつまり。

「こうやって、壁ドンしてみたかったんだよ」
「や、ちょっ……」

 こんなに近くで伊佐敷先輩を見たことなんか無くて、恥ずかしくて思わず顔を反らそうとしたのに。

「顎クイだっけか? それもしてみたかったんだよなぁ」

 何てニヤニヤしながら私の顎を左の人差し指が捕らえる。

「おい、何恥ずかしがってんだよ? みょうじだってされてぇ、されてぇ言ってたじゃねえか」

 おかしい、何故だ。何故私の方が弄られているのだ。

「顔、赤いな?」
「も、ほんとやめて下さいっ」
「あ? やめる訳ねぇだろ。いっつも言われっぱなしだからな」

 あぁ、もう。ほんとにヤバイ。身体中が一気に熱を帯びて来るのが分かる。鎮まれ、鎮まれ、鼓動。そう心の中で唱えても鎮まる気配の無い鼓動をどうすることも出来なくて。何か言い返してやろうと思うのに、言葉なんて浮かばなくて。頭がもう真っ白になってしまっている。でも自分でも分かる位火照った顔を見られたくなくて、堪らず伊佐敷先輩に抱きついた。

「もう、ギブです……」

 そう静かに呟くと、上から喉を揺らしながら、「形勢逆転だな」という声がして背中に伊佐敷先輩の腕が回されたのが分かった。
 伊佐敷先輩にこんなにときめいてしまうなんて、本当に形勢逆転じゃないか。それが悔しくて仕返しだと言わんばかりに強く強く抱きついてやった。頭を優しく撫でられるけど、もう今は何も言わずそうしておいてやる事にした。

 頭を撫でられて、ときめいてしまったなんて絶対に言うもんか。

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