Hard Days,Holy Night.

 忙しい。忙しい。もうやってらんねぇ、って投げ出したいくらいには忙しい。

 昔からこの季節は坊さんが走る程に忙しいって分かってたんだろ? じゃあなんでこんな忙しい季節にクリスマスなんか持ってきてんだよ。殺す気か。

 まぁ、そんな事を思ってしまうのもクリスマスを過ごす為の相手がいるからこそな訳だけど。

 忙しくて目が回りそうになりながらも、なまえの為にと思って買ったプレゼントはロッカーに置いてある。普段あまり使う事のないロッカーは最早物置と化しているが、その中でも一際異色を放つソレをロッカーの常連達は警戒しているかのように離れてそこに居る。まぁ、潰されてしまわないように場所を空けたのは他でもないロッカーの主である俺なんだけど。

 外周りを終えて、すっかり冷え切った体に室内機が容赦無く温風を向けてくる。そんな温風が冷え切ってしまった指先をじんじんとさせているのを感じながら、席に着いてパソコンを立ち上げると時刻は16:59を示しており、あっという間に17:00へと切り替わり、定時である事を知らせるベルが鳴る。

 全然仕事終わんねぇ……。

 社会人ってこんなに忙しいものだったのか……。去年までは何年、何十年と過ごしてきた学生だったのに、たった1年でこんなにも変わってしまうものなのかよ……。まじで半端ねぇな、働くって。

 終わらない仕事を前に乾いた笑いすらこみ上げてきた所で「倉持、こないだ頼んでた会議の資料、出来たか?」という課長の声が向こうから聞こえてくる。

「あ、はいっ!」

 慌てて返事をして、机の引き出しを開ける。……言えねぇよなぁ。可愛いあの娘が待ってますから、今日は定時で! なんて。そんな事を言ったら、どうなる事やら……。

 決して言えない言葉を胸に留まらせ、課長の元へと向かう。



「悪ぃ、なまえ。今日、仕事終わんの、遅くなるわ」
「えーっ! 洋一、今日が何の日か知ってんの?」
「知ってるよ、でもしょうがねぇだろ。課長命令だよ」
「……分かった、家で待ってるから、なるべく早くね」

 明らかに分かっていない口ぶりで話すなまえにもう1度悪い、と謝りを入れて電話を切る。
 なまえってか、女って昔っからこういうイベント事を大事にするよな。普段と変わらない1日なのに。普通だったらこんなに忙しい平日に会うなんて事にはならないのに、今日がクリスマスだというだけで、仕事にもプライベートにも追われるなんて……。

 どうせならクリスマスの日を祝日にしてくれりゃあ、朝から心置きなくなまえと過ごせるのに……。

 心の秤は仕事よりもなまえの方が大きい。それは揺るがない。だけど、生きていく為にはどうしても仕事の方へと比率を傾けるしかない。世知辛いな……。

 こんな事を思っていても仕事が終わる訳じゃねぇし、と持っていた缶コーヒーを一気に飲み上げて息を吐きつつ、なまえの為にも早く仕事を終わらせる為に仕事場へと戻る。



 間に合わなかったか……。どうにか日付が変わる前に会社を出たのは良いものの、駅まで後数メートルという所で終電のベルが無残にも鳴り響く。……くっそ。なまえの家から1番近い駅に停まる電車はこれが最後だったのに。……仕方が無い。こうなったらタクシー掴まえるか。

 そうして飛び乗ったタクシーからは世間がクリスマスに合わせた様にクリスマスソングが流れていた。
 雨は夜更け過ぎに――なんて言うけど、全然雨も降ってねぇし、なんなら雪も降ってねぇじゃねぇか。

 世間がお前に合わせてんだから、クリスマスも世間に合わせろよ、などと意味の分からない八つ当たりをしながらタクシーから降りている時。俺は自分の犯した失態に気がついた。

……プレゼント、ロッカーに置きっぱなしじゃねぇか!!

 どうする? 今から取りに帰るか? いいや、そんな事してたらなまえと会える時間が短くなってしまう。そして第一、明日も早いんだ。無理だ。今更取りに帰るなんて事は出来ねぇ。

 なまえに会うことだけを考えていたせいで肝心のプレゼントを忘れるなんて本末転倒じゃねぇか。何やってんだよ、俺。くっそだせぇ。

 とりあえず立ち止まっているのも時間が勿体無いので、なまえの住むアパートへと向かい、怒っているハズのなまえになんて言い訳しようかなどと考えながら階段をゆっくりと上がっていく。

「洋一っ!」

 なまえの家のドアノブに手をかけようとした時、中から勢い良くなまえが飛び出してくる。

「うおっ! なまえ、まだ起きてたのかよ!」
「うへへ、洋一が仕事頑張って終わらせて来てくれたんだもん。私も頑張って起きてたよ」

 もう眠たいけどね、なんて言いながら目をトロンとさせているなまえ。こいつ、夢の世界へ行きかけてたな……。と薄っすらと赤くなっている左頬を見て勘付くけど、あえて突っ込まない事にしておく。

「洋一、」
「ん?」
「仕事、大変なのに、クリスマスちゃんと会ってくれてありがとうね。お疲れ様。大好き」

 なまえの嬉しそうな顔が見れるんなら、クリスマスも悪くねぇかな……。

「……なまえ、プレゼント、会社に、その……忘れてきちまって……。悪ぃ」
「いいよ、こうして洋一と会えただけで充分幸せ」

 そう言って嬉しそうに微笑むなまえがとてつもなく愛おしい。

 そんななまえに、特別な口づけを。

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