特別な“頑張れ”を君に
いよいよ明日は秋大決勝。明日の対戦相手は幾度となく戦ってきた薬師高校。簡単に勝てるような相手じゃない。そんな事は今までの試合で十分と言っていい程分かっている。だけど、それでも私たちは勝って片岡監督を甲子園に連れていく。
そして、夏のリベンジ。
その気持ちは部員だけじゃなくて、マネージャーだって同じ。だから、明日に向けてほんの少しでも力になれればと思っておにぎりを作る事にした。今日は引退した3年の先輩方も激励に来てくれているし、沢山作らないと。そう張り切っていると一緒に来てた貴子先輩も「手伝わせて」と言ってくれて、久々の顔ぶれで積もる話をしつつ沢山のおにぎりを作った。私たちの“頑張れ”が詰まったおにぎり。これだけ作ってもすぐに無くなってしまうんだろうな、と笑みがこぼれる。
「ヒャハ! みょうじが握ったの、コレだろ? 形で直ぐ分かんだけど」
そうやって人が微笑ましくしている所に水をさすような言葉をかけてくるのはただ1人。
「そうだけど倉持くん? 何か問題でも?」
クラスメイトでもある副キャプテンの倉持。
「大き過ぎんだろ!」
「うっさいなぁ! 頑張れの気持ちだし! てか胃に入れば一緒でしょ!」
「随分雑な頑張れだな、おい」
「それなら倉持は食べるな!」
私たちのやり取りは青道野球部の恒例となっている。今では青道夫婦漫才とか言われてるし。……てか、夫婦って!
「まぁ、食うけどな!」
「食べるんかーい!」
「はっ、相変わらずやってんのな! 夫婦漫才!」
「純さん!」
「良いツッコミだな」
「哲さん!」
「……ナイスツッコミ」
「もう! クリス先輩まで!」
まぁでもこうやって皆とバカやって笑えるのならそれでもいっか。少しでも皆の緊張がほぐれた状態で明日に臨めますように。
「あっれ〜? 携帯……あ」
そうだ、帰る前に食堂で携帯出して親に連絡したんだった。
「ん、どした?」
「ごめん! 私携帯食堂に忘れて来たみたい! ちょっと取りに戻るから幸子ちゃん達先に帰ってて!」
「待っておこうか?」
「ううん、私の家10分とかで帰れるし、大丈夫! ありがとう、唯ちゃん」
皆に別れを告げて、来た道を戻る。さっきまで何て事なかった夜道が1人で歩くとなると途端に違う景色に見えてちょっと怖い。……携帯を忘れた自分を恨もう。そう思って早歩きで食堂まで足を進める。
食堂に戻ると既に灯りが消えて、人気も無くなっていた。みんな自主練に行ったのかな……。なんか暗い食堂も怖いな……。パチン、とスイッチを入れて携帯を探す。
「あった!」
「おい」
それは私が携帯を見つけたのと同じタイミングで。
「わぁ!?」
暗い夜道を歩いたせいか、少し弱気になっていたみたいで背後からかけられた声に肩が跳ね上がり、腰が抜けてしまった。
「え、ちょ、おい。大丈夫か?」
「くらもち、」
声の主が慌てて駆け寄ってくる。
「さっき帰ったんじゃねぇのかよ?」
「……携帯、忘れて」
「で、なんでそんなにビビってんだよ」
「夜道、怖くって……それで、あの……」
「はぁ? お前、まさか1人でここまで来たのかよ?」
「……うん」
「ばっか、危ねぇだろ!」
いつになく真剣な顔で声を少し荒げる倉持に吃驚してしまう。
「……だって、」
「だってじゃねぇよ。何かあった後じゃ遅ぇんだぞ」
倉持の言う通りだし、何も言い返せない。そのままうぐぐ、と言い詰まっていたら溜息まじり吐き出される声。
「……携帯は? あったのか?」
「うん」
「じゃあ、行くか」
「え?」
「送ってく」
「でも! 倉持だって練習が、」
それは悪い。自業自得なのに。
「いんだよ。帰りは走るし。練習ついでだ」
「……」
「それにお前。帰り、そんなんで帰れんのかよ?」
そこを突かれると正直、ちょっと痛い。
「……お願い、します」
おう! とはにかんで笑う倉持に胸が高鳴った気がしたけど、それは多分きっと、さっきビックリした時の高鳴りが続いているだけだ。
「夜はさすがに冷えるな」
「そりゃぁ10月も終わりになるとね」
まだ白い息は出ないけど、無意識に肩を縮めて歩く程度には寒い。
「風邪、引かないでよ?」
「みょうじもな」
「寮に帰ったら、ちゃんとお風呂入ってね?」
「お前も」
「……明日、勝ちたいね」
「勝ちたいんじゃなくて、勝つんだよ」
前を見据えたまま強くそう口にする倉持に改めて、青道野球部の一員としてのプライドを目の当たりにする。
「さっすが。副キャプテン」
「……まぁ、キャプテンがあんな野郎だからな」
「まぁまぁ、御幸だって頑張ってるんだから」
「……頑張り過ぎんだよ、アイツは」
「そうだね、御幸って人に苦労あんま見せないもんね」
やっぱり倉持って人の事良く見てるなぁ。でも、御幸の事をこういう風に言うも珍しい気もする。
「……だから、俺も気合入れなきゃなんねぇ」
「応援してる」
こんなに覚悟を決めた倉持を見るのは初めてかもしれない。グランドには立つ事の出来ない私ができる事と言えば応援しかない。だから、
「頑張って、倉持。応援してる。誰よりも」
私の精一杯の気持ちを伝える。少しでも、ほんのちょっとでもいい。この言葉が倉持の力になるのなら。
「……ヒャハ、お前に言われたら、もう負ける気がしねぇな」
「え、」
さっきまでの強く、熱い闘志を燃やしていたその瞳とは打って変わって、柔らかい笑みを浮かべる倉持に少し肌寒いと感じる気温も、周りの雑音も、流れる時も、何もかもを奪われる。
「誰よりも俺の事、応援してくれんだろ?」
「っ、うん。する。応援に来てる人の誰よりも」
「俺はお前に応援して貰えるなら、それだけで充分だ」
何故だろう。さっきからずっと胸の高鳴りが止まないのは。もうとっくに夜道に対する恐怖心は倉持が消してくれてるのに。倉持が隣に居るとずっとこうだ。思えば、この高鳴りは昨日今日の話なんかじゃない。思い返すと胸の高鳴りと共に浮かんでくるのは倉持の笑った顔で。それだけで、私にとって倉持がどういう存在なのかなんて明白で。ただ、倉持の邪魔をしたくなくて必死に隠してた気持ち。もう、そろそろ限界なのかもしれない。だって今にも爆発しそう。
明日、もし勝てたら――
「明日、もし勝てたら。みょうじに伝えたい事がある」
「え?」
頭の中に浮かんでいたフレーズが倉持の口から出てきてビックリする。
「じゃあな! 絶対、勝って甲子園出場決めっから!」
「なっ! ちょ! 倉持!」
「おやすみ!!」
言い逃げる様に走って行った倉持の顔は良く見えなかったけれどその耳は確かに赤くて。家の前に着いた途端言い逃げなんてズルい。お礼も言えてないのに。……てか、さっきの言葉。私、凄く楽しみにしちゃうけど、良いの? 倉持。絶対、勝ってよね。明日、誰にも負けない位倉持の事応援してあげるから。
「あっ! もうこら! バカ持!!」
「ヒャハ! 相変わらずお前のおにぎりは分かり易いのな!」
「じゃあわざわざそれ選んで食べるな!」
「まぁ、食べるけどな!」
「いや、食べるんかーい!」
(久々に来て見たら、アイツらまーた夫婦漫才してやがる)
(純さん。あいつら、本物の夫婦になったんですよ)
(まじか! やっとかよ! ってか青春かよ畜生!)
(……御幸、その話詳しく)
(何か、秋大優勝した後に倉持が告ったらしいっスよ、哲さん)
(……ほう)
「おい御幸!! 言いふらしてんじゃねぇ!」
「はっはっはっ、いいじゃん。減るもんじゃないんだし?」
「……御幸。いっその事入院させたげようか?」
「おぉ、それ良いな。どうする? 眼鏡君よぉ」
「……お前ら、俺の事イジる時めちゃくちゃ良いカオしてんのな」