明けまして願うことは君の事

「一也!」
「おう」

 私が声をかけると縮こめていた腕を軽くあげて答えてくれる一也。明けましておめでとう、なんて挨拶もそこそこに「んじゃ、行くか」と神社に向かって歩きだす。一也は青道に行ってから、高校野球界では大注目と言っていい位、期待の選手となった。

――マスクの下にあるその甘いマスクに迫る!

 とかいう見出しのついた雑誌を見つけた時は思わず手にとって、家でその特集を読んでゲラゲラと涙が出る程に笑ったっけ。これほんとに一也が言ったの? ってくらいの優等生発言のオンパレード。あれはゴーストライターが居たに違いない。……あ、待った。やばい。腕組みして、フェンスによりかかった写真。あれ思い出してきた……。あのキメ顔……やば。

「なまえ、顔キモイ」
「いや一也のあの顔に比べたらマシだわ」
「いや、どの顔」

 ほら、本当の一也はこっち。幼馴染にキモイとか言っちゃうんだから。雑誌とは真反対の姿に安心感を覚える。

「一也はこうじゃなくっちゃねー」
「だから、いつの時の俺と比べてんだよ。さっきから」
「10月号」
「は?」
「10月号の一也、すっごく猫被ってたよね。“今の俺があるのも今まで支えてくれた皆さんのおかげです”とか言ってさー」

 あぁ、そういえば胡坐かいて練習場に座るやつもあったなぁ。ちょっと目線をずらし気味にしてるやつ。……あれはちょっとカッコ良かった。悔しいけど。

「そんな大袈裟には言ってねぇけど。まぁでも、確かに青道入って色んな人から応援してもらったりして、力になってるっつーのは間違いねぇな」
「ふぅん。ファンも増えたんじゃないの?」
「まぁ……どうだろ、分かんね」

 あ、はぐらかしたな。コイツ。一也はまぁ……見映えする容姿だし、野球名門校で4番キャプテンを務めてるし、そりゃあ雑誌やらテレビやらの取材もくるだろう。それに伴って出てくるのはやっぱり人気で。

「私、秋大の時“かずや”って書いたうちわ持ってる子見た」
「えっ、まじで?」

 その見た目に騙されて一也の事をアイドルの様な目線で応援している子が居るのも事実で。そしてそれが年々増えてきている事は雑誌の内容や取材数からも伝わってくる。

「人気者め……」

 昔から目をクリクリさせて私よりも可愛かった一也。だけど、言う事は先輩に対してもお構いなしにズバッと言う。だから先輩からは良く目を付けられてた。それでも全然改める所か、もっと指摘するようになった一也にさすがの先輩達も慄いてたっけ。一也の良い所は容姿なんかじゃなくて、その貫き通す一途さにあると思う。まぁでもそういう魅力も、例え容姿から好きになった人にもすぐに伝わっていくのだと思うとちょっと悲しい。

――一也の人気がこれ以上広がりませんように

 いっそのこと、こんな意地悪なお祈りでもしてしまうか……。黒い感情が渦巻いたままの私が本当にこの参道を歩いていいのか躊躇っていると「おい、歩くのおせーよ。なんだ? 腹痛ぇのか? 餅でも食い過ぎたか?」と心配そうな表情を被った楽しげな一也の顔が近づく。

「うっさいバカ! あんたのせいだっつーの」
「なんか俺、なまえと会ってからずっと冷たい言葉投げかけられてる気がするんですけど?」
「うるさい、一也が遠くに行っちゃうのが悪いんでしょ」

 いつの日かこうやって2人でここに参拝に来る事も無くなってしまうんだと思うと、やっぱり足を踏み出すのが怖い。終わりが来ると分かっていて、足を踏み出すのはとても怖い。階段の手前で立ち止まったままの私を見て数段先に居た一也がこちらに向かって降りてくる。

「なんかさっきからワケの分かんねぇ事ばっか言ってるけどよぉ、遠くって言っても同じ東京じゃん」
「違うよ、距離ってそういう問題じゃなくて!」
「じゃあなんの距離だよ?」
「あぁ! もう! だから! ずっとこうやって2人で当たり前にお参りに来る事もいつかは当たり前じゃなくなるんだな、とか! ファンが増えていつかそのファンが一也の周りを埋めて、私なんか遠い場所で一也を見守るしかなくなるんだな、とか! 心の距離とかそういうモンがあるでしょ! ばか!」

 鈍感が過ぎる一也に思わず思いのたけをぶつけてしまい、ぜぇぜぇと肩で息をする。

「……ははは、なまえ。そんな事思ってたのかよ。やっべーウケる」
「っ! 何よ、バカにして……! もう良い。私帰る!」

 人がずっと抱えてたモヤモヤをそんな風に笑うなんて……。コイツやっぱ全然中身は良くない。

 全国の御幸ファンの皆様、雑誌の御幸一也なんて幻想ですよ。どこにも居ませんよ。ネガティブキャンペーンを心の中で開催していると、グイっと後ろに体が引っ張られ歩みが止まる。

「……なに」
「やっぱすげぇ顔してる」

 この期に及んでまだそんな事を言うか。なんかもう呆れてきた。それを言う為に止めたのかと不満気に睨み腕を振りほどこうとする。

「……離してよ」
「いーや。ここまで来て拝まずに帰るとか、勿体ねぇだろ」
「あんた1人で行けば」

 大体さっきからなんでそんなニヤニヤしてんの。こっちは本音ぶちまけて恥ずかしいってのに。ムカツク。こっち見んな。

「可愛いな、お前」
「なっ、は、はあ!?」

 整った表情をデレェっと崩す一也にこっちが慌てる。顔、ヤバイって。何その顔。そんな顔、雑誌でしたらファン激減だからね?

「それってさぁ、嫉妬ってヤツだろ? ずっと隣に居た幼馴染が遠くに行って寂しいってやつだよな?」
「ち、違うし!」
「違わないだろー。さっきの本音聞く限りじゃ」

 にんまり、と勝ち誇った様に笑う一也の顔は見ていてムカツク。そんな事じゃ後輩付いて行かないぞと注意してやりたいけれど、嬉しそうな顔を前に何にも言えない。

「大体さ、なまえ勘違いしてるけどさ、俺はこれからも2人で初詣に行く事当たり前に続けていくつもりだし、なまえ以上に近くで俺の事応援してくれる人居ねぇし、近付けるつもりもねぇよ」
「……っ、」
「だから、安心して、今年も俺の隣を歩いて下さいね、なまえちゃん」
「……うるさい、きもい」
「お前……ツンデレか?」
「ばーか。……さっさとお参りするよ。寒いし」
「へーい」

 さっきまで一也のせいでモヤモヤしてたクセに、一也の一言で簡単に吹き飛んでいってしまう。私の感情は一也によって簡単にコントロールされてしまうから、悔しい。

――一也がこれ以上、怪我する事無く、無事に野球を続けていけますように

 本当にお祈りしたかった事を黒い感情に邪魔される事なく、晴れやかな気持ちで祈った後、私達は来た道を戻る。

「あー、もうすぐ練習が始まるとかさぁ、辛いよなぁ」
「あ、ねぇ。お守り、買って良い?」
「おう。良いけど。何買うんだ? 交通安全? 安産祈願?」
「身体健康。……一也にこれ以上怪我して欲しくないから」
「知ってたんだ」
「雑誌のお蔭様で」
「はっはっはっ、そりゃあご利益ありそうだな」
「当たり前でしょう? 私があげるものなんだから」
「はー、ありがてぇ。ありがてぇ」
「思ってないでしょ?」

――一也がこれ以上、怪我する事無く、無事に野球を続けていけますように

 そしてその活躍をずっと隣で応援出来ます様に。

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