そうして繰り返す

年齢操作


 朝にベットが広くて、冷たいと感じる事は珍しい。いつもは狭苦しくて、それでいてちょっぴり暖かい。

――バタン

 どうやら一也は仕事に出かけたようだ。いつもは玄関で見送っているのだけど、今日はベットの中でドアが閉まる音を聞いていた。そろそろ起きようと思って布団をはぐる。あぁ、いつもなら隣から「さみぃ」って声がするのに。今日はそれが聞けなくて、ちょっと寂しい。

 きっかけは昨日の夜。何でもない会話から。どういう流れでそうなったのかさえよく思い出せないけれど、気が付いたら軽い口喧嘩となってしまっていた。いつもならその日1日で治まるような痴話喧嘩だ。ただ、昨日は寝る前にしてしまったせいで、そのまま私がふて寝してしまった。その結果、一也にどんな顔して接したらいいかが分からなくなって朝食を作る事も、弁当を作る事も、一也を起こしてあげる事も、そして見送る事もせずにベットの中で寝たフリをするはめになった。

 昨日の時点で素直にごめんねと言えばこんな寂しい思いせずにすんだのに。そう後悔しても、もう昨日の自分には戻れない。今からの私が出来る事をして、帰ってきた一也にきちんと謝ろう。そうと決まったらまずは買い出し!……の前に掃除だけしていこう。



 掃除を終えて、買い出しにも行って夕食も作った。後は一也の帰りを待つだけ。一也の帰りが待ち遠しいって、同棲したばっかの時思い出すな……。昔を懐かしんでいると、ドアの開く音がしたので廊下へと足を運ぶ。

「お、おかえり」
「……ただいま」

 少し気まずさはあるけど、ちゃんと謝りたい。

「あの、」
「ん、」

 ん、という言葉と共に目の前に差し出されたのは私が好きなケーキ屋さんの袋。

「え、買って来てくれたの?」
「昨日はごめんな?」

 眉を下げて困ったような表情をする一也。一也も仲直りしようとしてくれたんだ……。ここのケーキ屋さん、1人で行くの恥ずかしかっただろうな。

「ううん、私こそ。昨日は大人気ない態度取ってごめんなさい」

 良かった。思っていたより素直に謝れた。



「昼飯の時、倉持から“愛妻弁当は? 喧嘩か?”とか茶化された」

 ヒャハ! だってよ、アイツ。そう唇を尖らせ倉持君の真似をする一也。

「はは、そうだったんだ」
「明日からは作ってくれるよな〜?」
「ちゃんと作らせてイタダキマス」
「よっしゃ! やっぱなまえの弁当じゃねぇと、何かちげぇ」
「なにソレ」
「や、まじで! ほんとに!」

 コイツ、さらっと照れる事言って……。ウレシイじゃないか、こんちくしょう。

「つーか、何より……朝見送りがないのが1番堪えた」
「ごめん」
「もっと言うと朝の“起きて”が無いのも」
「う、」
「あれが無いだけで今日1日マジでテンション低かったからな、俺」
「そ、そんなに?」
「そんなに。明日は“起きて”プラス、ちゅー、してな?」
「……ばっか!」

 ははは、と笑う眼鏡に調子に乗るな! と言ってやりたいけど、今日ばかりは多めにみてやろう。だって、こんなにお喋りなのは一也だって仲直りできた事を嬉しく思ってくれている証拠なんだし。

「ご飯、食べよっか」
「おう! 俺もう腹減ってクタクタ」
「あはは、お疲れ様」

 明日は一也が“旨い”って言ってくれた物ばかりを詰めたお弁当にしてあげよう。



(ねぇ、ちょっと。これ、私が好きなケーキと違う)
(え? そだっけ?)
(私が好きなのはチョコケーキだよ!)
(ははは、ごめんごめん)
(……もう、ばかずや!)

BACK
- ナノ -