逃したくない席

 私は今時の女子高生らしくないと自覚している。でも、無理して愛想笑いで毎日をこなすくらいなら、そんなものは全てとっぱらって自分の好きな事の為に時間を使いたいのだ。そんな考えの持ち主だから、友達なんて居ないに等しい。

 だけど、私には本がある。それだけで充分だ。

 本には小さいけど、とても広い世界が沢山在って、そこに私を惹きこんでくれる。それが楽しくて楽しくて仕方が無い。

 だから、私は教室は嫌いだった。

 本の世界に入って、一緒に冒険したり謎解きしたりしたいのに。この世界は騒がしくて、本に集中できないから。そう思ってたのだけれど。今の席になってからは凄く穏やかに読書が出来る様になった。前に居た席は前の座席の子がクラスの中心的存在の子でいつもキラキラしていて眩しかった。

 だけど、今私の前に座っている茶髪の男の子はいつも私と同じ様に席から動かずに数字が羅列してある表を眺めている。名前は確か……御幸君、だったな。野球部の。名前を聞いた時、人の名前の様な苗字だなと思ったんだと思い出すと同時に彼が野球部であるという情報も一緒に思い出した。

 そうか、あれはスコアブックという物か。学校の時間も野球の事を考えているんだから、御幸くんも相当入れ込んでるんだなぁと御幸くんの頭を見つめながらぼーっとしていると、頭の中で話題に上がっていた人が急に振り返った。

「みょうじさんが読んでる本、どんな内容?」

 今まで話しかけられた事なんて無かったから、吃驚した感情がそのまま顔に出てしまっていたらしい。

「あ、急にごめんな? 休み時間とかずっと読んでるだろ? だから、そんなに面白いのかなぁなんて気になってて……」

 少し困った様に頭をぽりぽりを掻きながら話を補足する御幸くんにはっとして慌てて言葉を紡ぐ。

「あ、ええっと……今はね、トリックを解きつつ犯人を見つけるっていう謎解き物だよ。毎回一緒になって考えるんだけど、“そう来たか!”って唸ってばっかなんだよね」

 それに、とまで口に出してハッとする。

「ごめん……。感想まで聞いてないよね。周りが見えなくなってた……」

 内容しか聞かれてないのに。自分の感想まで口走ってしまい、恥ずかしくて顔を俯かせていると御幸君が笑った気がした。

「俺今までずっとみょうじさんの事、喋らない人かと思ってたけど、実は明るいんだね。ね、良かったら今度、それ貸してくんない?」

 思わず顔をあげるとやっぱり御幸君は笑っていて、その笑顔は間違いなく私に向けられている。

「うん。分かった。もう少ししたら読み終わると思うから」
「おう。楽しみにしとく」

 そう言って御幸君が前を向くのと同時に休み時間の終了を知らせるチャイムが鳴った。休み時間、私は数ページしか読めなかったけど、それを残念に思う気持ちなんかどこにも見当たらなくて、私の中は御幸君と交わしたほんの僅かなやり取りの言葉たちで埋め尽くされている。

 早く読んで貰いたい。それで、御幸君の感想を聞きたいな。

 本の事だらけだった私の世界がこの席になって御幸君と前後になれた事で変わりだした気がする。その事に私は今、どの本を読んでいる時にも味わえなかった程の高鳴りを感じているのだ。

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