いつかホンマもんのばあちゃんに

「北のばあちゃーん!」
「あらぁ、なまえちゃん。いらっしゃい」
「お邪魔します。これ、お母ちゃんが良かったら〜って。言付かって来た」
「まぁ、ええの? 美味しそうなくぎ煮やなぁ」
「何キロて作ってるからな。いっつも北のばあちゃんには色々お裾分け貰うてるし」
「なまえちゃんは信ちゃんと同い年やし、家も近所やから。つい世話焼きとうなってなぁ」
「ふふ、私は嬉しいけどな。ほんなら、今日はそれ届けに来ただけやから」
「わざわざありがとうねぇ。信ちゃん帰ってきたら食べさすな」
「信、まだ帰ってへんのか。さすが稲高やな」
「毎日練習やし、帰ってきたら勉強やって、忙しそうにしとぉ。今年も春高いうん?あれに出場するんや〜、いうて、信ちゃん毎日楽しそうしてんで。いつかなまえちゃんも応援来たってな」
「せやな。最近は信に会うてへんし、稲高の応援、1回行ってはみたいなぁ。ま、それはまた追々やな。ほな、今日は帰るわ」
「今度豆腐ハンバーグ作ったら持っていくな」
「ほんま? 私北のばあちゃんの豆腐ハンバーグ、好きやねん! 楽しみにしとぉ」



 北のばあちゃんに手を振って玄関のドアを引いて閉めた後、「なまえ」と懐かしい声がする。

「おぉ、信。今帰りか」

 視線を上げた先につい先ほど北のばあちゃんとの会話に出てきていた人物が立っていて、目を軽く開く。

「久々やな」
「せやなあ。あ、今お母ちゃんが作ったくぎ煮、北のばあちゃんに渡したから。良かったら食べてな」
「おお、すまんな。ありがとう」
「うん。にしても信。あんた高校に入ってからすっかり忙しくなっとうなぁ」
「まぁな」
「まぁ稲高やし、当たり前か。3年になってから主将になったって、北のばあちゃんから聞いとんで。そや、今年の春高、私も行こうかなて思うてんけど、どうやろか?」
「どうやろうもなんも、まだ出場決めてへんし」
「なんや? 行かへんの?」

 私の言葉に「まぁ行くけど」とまだ決定してもいない事を断言して見せる信に「相変わらずやなぁ」と笑みを返すと「ちゃんとやってたら結果は伴ってくるやろ」とまたいつもの信らしい言葉を返される。私はそんな信の姿に、久しく会っていなくても、信は信やという事実に人知れず微笑みが漏れるのが分かった。

「ばあちゃんも今年の春高は行くて言うてたから、なまえも来たらええ。送迎バスも出るし」
「うん。そうする。あ、せや。北のばあちゃん、今からセーター編むいうてたし、私も北のばあちゃんに聞いて編んでみよかな」
「……好きにしたらええよ」
「ほんま? 北のばあちゃん、“信介頑張れ”にしようて言うてたから、私は“信FIGHT”にしようかなて思うてんけど、どや?」
「……ええと思うで」
「FIGHTの字数が多くて大変かなて思うんやけどな〜」
「……英語のが格好良えよ」
「ほんま〜!? せやったらそうするわ! 春高、楽しみやなぁ。ほな、また! 今度また北のばあちゃんに教えて貰いに来るわ」

 そう言って信に手を振って、北家を後にする。信に背中を押された事やし、明日早速学校終わり毛糸買いに行かんとやな。にしても東京、春高の時セーター着る程寒いやろうか。寒いとええなぁ。



「ただいま」
「信ちゃんおかえり。今なまえちゃん来とったで」
「おん、今そこで会うた。春高、なまえも行きたいって言うてた」
「ほんまか。なまえちゃんも来てくれるんやったら、ばあちゃんも嬉しいわぁ」
「なまえもセーター編みたいて言うてた」
「あらぁ! せやったら一緒に編みたいなぁ」
「今度、ばあちゃんに教えて貰いに来るて言うとったで」
「楽しみやなぁ」

 ばあちゃんはいつもニコニコしとう。そんなばあちゃんがなまえの話題になるともっとニコニコするんも、俺は知っとる。ばあちゃんはなまえの事俺とおんなじ位可愛がっとるしな。なまえもそんなばあちゃんに懐いて小さい頃はよく“ばあちゃん、ばあちゃん”言うてばあちゃんに引っ付いてまわりよった。小さい時の俺はそれが何となく嫌で、なまえに「俺のばあちゃんや。なまえが“ばあちゃん”言うな」て、意地の悪い事を言うた事もあった。今なまえがばあちゃんの事を呼ぶときに“北の”を付けるんは、その名残や。まぁ“北のばあちゃん”も間違いやないし、悪い事でもないねんけど、俺がそれを言うた後から“北の”を付けるようになった頃はばあちゃんがちょっとだけ寂しそうな顔を浮かべとったのも覚えとる。今でこそその呼び方にばあちゃんも慣れとうけど。

「着替えたら食事の手伝いするで」
「ありがとう」

 玄関で出迎えてくれたばあちゃんはそう言いながら台所へと戻って行こうとする。そんなばあちゃんの背中に「なぁ」と声をかけると「ん? どないしたん?」とニコリと微笑みながら振り返ってくれる。

「もし、俺が結婚するとしたらな、」
「うん?」
「ばあちゃんみたいな人と結婚したいて、思うわ」
「まぁ。堪らん嬉しい事言うてくれるなぁ」
「ばあちゃんは、なまえから“ばあちゃん”って呼んで貰えたら、嬉しいか?」

 ばあちゃんは俺の問いに少しだけ間を持たせた後、「そら、嬉しいな」と笑ってくれる。

「そうか」

 俺の独り言のような言葉にうふふ、と表情を綻ばせ、今度こそ台所へと向かっていくばあちゃん。

「なまえちゃんが信ちゃんのお嫁さんになってくれたらもっと嬉しいなぁ」

 しみじみと独り言のように呟き、廊下を進んでいくばあちゃん。そんなばあちゃんの言葉に今度は俺が破顔する。

「そら、ちょっと気が早いな」

 ばあちゃんの後に続くように俺も廊下を歩き出す。ばあちゃんは気が早い気がせんでもないけど、まあでもいつか、ばあちゃんの言う通りになればええなとも思う。まぁまずは春高出場を目指さんとやな。そんな事を思いながら手洗いうがいをこなす為に洗面台へと向かう。

 それにしても、なまえ、ほんまに言うてたセーター編むんやろうか……?得意げにセーターを着てみせるなまえの姿が浮かんで来て俺は笑いながら手を洗うのだった。

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