据え膳食わぬは男の恥

匂わせ表現あります


 信介先輩は私の1個上の先輩。バレー部の主将で、毎日バレー三昧。強豪校の主将をこなして、勉強もトップクラス。そんな先輩の彼女が私。先輩は完璧だ。バレー三昧なのに、勉強もちゃんと出来て、私の事も不安にさせない。毎日連絡くれるし、好意も表してくれる。そんな先輩が私は大好き。

 そして、今日は珍しくバレー部が休みで、私にとってはオリンピックよりも珍しいと感じる先輩とのデートが放課後に控えている。前日にどこかに行くか?なんて話をしたけど、せっかく過ごせる先輩との時間。どうせなら誰も居ない2人だけの空間が良い。そう言った私に先輩が提案してきたのは先輩の家で。

「なあ。今日お前北さん家行くんやろ?」

 その事をお昼休みの間に行われたミーティングを終えて教室に戻って来た治から尋ねられる。どうせ侑辺りが信介先輩に今日の放課後の予定を聞いたんだろう。そんで、信介先輩は取り繕いもせず、正直に「俺ん家になまえと行く」と答えたのだろう。その一連のやり取りが自然に連想出来るから、なんで知っているのか? なんて追求はしない。

「うん。そう」
「家誰も居らんて言うてた」
「はっ!? そこまでアイツ突っ込んで聞いたの?」

 予想の範疇を超えた治の事実確認はさすがに狼狽える。昨日、「俺の家に来るか?」と言われ、「じゃあそうします」と答えた時は何にも考えずに先輩の話に乗った。でも、その後に付け加えられた「明日、ばあちゃんも誰も居らんけど。ええ?」の言葉に私は電話を切った後、悶々としてしまった。その言葉は……そのお窺いはその、つまり……そういう事、だよね?

「お前、ゴム持ってるか?」
「ゴッ」

 おいこら治。単刀直入に言うのは止めて欲しい。オブラートって知ってる?

「……やっぱそういう事だよね?」
「まぁ。普通は、な。でも、北さんて真面目やから。そういう事をする為に家に呼んだ訳やないってパターンもありそうやんか」

 確かに。一理ある。信介先輩は私よりも純情だ。手を繋ぐのも、キスをするのも。先輩はとにかく大事に、きちんと段取りを踏んで、伺いも立てて、事に及んだ。だから、先輩がその先の段階を考えているかどうかが怪しい。キスにさえもあんなに時間をかけたんだから。

「でも、家に誰も居らんのやろ? それに、みょうじも構えてへん訳ないやろ? それやったら、万が一の事を考えて、持ってた方がええんとちゃう?ゴム」
「え、買った方が良いのかな?」
「俺のやるわ」
「えっ、なんで常備してんの?」
「男のたしなみや。ほれ、これ持ってたらみょうじも迫りやすいやん。頑張れや」



 私が変態みたいな言い方で励まされて渡された例のモノをスカートのポケットに忍び込ませた私は今、信介先輩の部屋にちょこんと座っている。

「茶、持ってくるわ」
「ありがとうございます」

 家に入る時、信介先輩が鍵を開けて中に通されて、「お邪魔します」の声に対する返事が聞こえない家に本当に誰も居ない事を痛感させられて。信介先輩の部屋に1人きりなのがまた静けさを演出する。こういう時ってほとんどのカップルがカップルらしい事をするもんだよね。……少なくとも、キスは、するよね。うん。先輩とするのが嫌とかじゃない。むしろ、先輩となら、って思える。でも、それは双方の気持ちの同意がないと。私は、心の準備、してきます。……けど、先輩はどうなんだろう? 今も、のん気にお茶淹れに行ってるし。このまま本読んで寛ぐいつものパターンかな。

「お待たせ」
「すみません、ありがとうございます」

 そんな事を考えていると先輩がお茶を持って戻って来る。「お客さんなんやから、もてなして当然や」なんて真面目な事を言いながら。

「なまえがこの前見たいて言いよった試合、DVD貰うたけど。見るか?」
「え、あ。はい! こないだのインハイのやつですよね?見たい!」
「ん」

 DVDをプレーヤーにセットする先輩。ああ、これはやっぱりいつものパターンだ。

「ん? なんや? 上手い事いかんな……」

 DVDの読み込みがうまくいかず、プレーヤーの前でかちゃかちゃと音を鳴らす先輩。そんな先輩の下に膝を立てて進んで一緒にプレーヤーを覗く。

「接触が悪いんですかね?」
「ダビングがうまいこといかんやったんやろうか?」
「ん〜?」

 プレーヤーの中を覗き込もうとした時、ポケットからするりと何かが落ちて行く音がする。

「ん? なんや落としたで?」
「!!」

 何か――それは治から受け取ったあれだ。

「あ、や……! その……違っ、」
「なんでなまえがゴム持ってるん?」
「……えーっとですね、」

 それ以外の何にも見えないそれを凝視する先輩。何も取り繕えない。だって、それはその行為をするつもりじゃないと持ってないものだし。

「治に、貰いました……」
「治に?」
「先輩の家に行くって聞いた治が、これ持ってたら迫りやすいやろ〜とか、そんな事言って……。あはは、私が変態みたいな言い方ですよね。アイツ私の事なんと思って……っ!」

 視界が変わる。背中が床に付いている。私の視界には部屋の照明と、それよりも大分近い距離に居る先輩の顔がある。これは、つまり、押し倒されているという事で。

「なんや、なまえもそのつもりやったんか。安心した」
「えっ」
「いや、一応昨日“誰も居らんくて良いか”て確認はしたけど、それだけやったらセックスの承諾貰えたとはいえん思うて」
「セ………、」

 先輩の口から出ないであろうワードが今しがた出た。私の目の前で。私を押し倒したこの状態で。

「俺はなまえとシたいて思うてる。……なまえは嫌か?」

 今まで私が“手を繋ぎたい”“キスしたい”の問いかけに拒否した事ありますか? 先輩。今回の答えも同じです。手を繋ぎたいのも、キスをしたいのも、エッチしたいのも、先輩とだけ。

「嫌じゃない。先輩と、シたい。……今日、ちゃんと下着揃えてきました」
「ふっ、そうか。それ早く見たい」
「……先輩、先輩は私で良いんですか? これまで先輩の初めてを全部くれましたけど、今回のも私が初めてで良いんですか?」
「何言うてんねん。それは俺かて一緒や。なまえの初めてを全部貰ってええんか?」
「当たり前です。先輩にしかあげたくありません」

 目を見て答えると先輩の目じりがほんの少し下がる。好きだなぁ。キスしたい。

「先輩、キスしたいです」
「分かってる。いちいち口にせんでも。なまえの顔見たら分かる」
「へっ?」
「めっちゃ可愛い顔してんで、自分。なまえにもそんな気持ちがあって、嬉しい。なまえの気持ちに、ちゃんと応えたるからな」
「なっ!? 先輩だって……!」
「おん。俺もそのつもりやった。なまえが持ってるゴム、俺も持ってんで。やから、ゴム持ってへんくても、迫って来てええんやで?」

 そう言いながら降ってくる先輩からのキスを瞳を閉じて受け入れる。

「その顔、堪らんな。めっちゃ誘ってくるやん」
「ん、しんすけせんぱっ、」
「据え膳食わぬは男の恥やからな。なまえ。優しくするから」
「んっ、」

 リップ音を鳴らして離れる信介先輩の唇がこれから始まる出来事を告げる。そうしてもう1度近づけてくる唇に、甘い予感を感じているとピタリと止まる先輩の唇。

「動きづらいな」

 そう言って、自分のブレザーを脱いで手早く丁寧に畳んで近くに置く先輩。そんな先輩が可笑しくて笑っていると「余裕やな?」とニヤリと笑った先輩から施された口付けに余裕なんて早々に手放すハメになった。私はこれから、先輩と一緒に新しい初めてを経験する。その事がとても楽しみで、嬉しい。先輩のキスに先輩の服を掴んで、酔いしれていると、その手を先輩が優しく握ってくれた。先輩、もっと。もっと私を愛して。

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