祝福へのドライブ

 今年の同学年バレー部同窓会は中々に豪華な集まりとなった。谷っちゃんも仕事の合間を縫って東京から帰って来られるらしいし、山口ツッキーコンビはなんだかんだ言って毎年参加してる(させてる)し、今年は日向も帰って来れるらしい。それだけでなく、なんと影山も帰って来ると言うのだから驚きだ。帰って来てもオフシーズンの最中に少しだけ、というのがほとんどな海外組がなんと同時に帰って来れるという。そういうわけで、なんとも楽しみな年末となったわけだけども。

「おう」
「久しぶり〜! お邪魔しまーす」

 軽い口調で助手席に乗りはしたものの。内心どうしようと気まずさでいっぱいな私に比べ、運転席に座る男は至って通常運転といった様子。……影山、ちょっと見ない間に体格めっちゃ良くなったな。というか髪。年々短くなってる気がするけど、将来は田中先輩にでもなるつもりなんだろうか。丸刈りでも様になりそうなところがまたムカつく。

「ハンッ」
「なんだ急に」
「スキンヘッド影山想像してムカついてた」
「……何言ってんだお前」
「別に。てか影山、車持ってたんだ?」
「アドラーズに居た頃乗ってた。今は乗る機会ねぇから実家に預けてる」
「へぇー。迎え来てくれた時、ちょっとビックリしちゃった」
「なんで」
「私の人生にもいかにも高級そうな車に乗る機会があるんだーって」
「なんだそれ」

 ちなみに、影山が何故この外車をセレクトしたかという理由は9歳歳上の姉、美羽さんから「コレにしな」と言われたかららしい。何故美羽さんがそう言ったかと言えば、美羽さんが実家に帰った時の愛車にしたいからというもの。示された車のデザインに影山自身も「カッケー!」となったので即購入に至ったのだという。そのことを淡々と話す影山は、恐らくこの車にそこまでの執着はしていないように見えた。影山のことだ。バレー以外のことは全て“最低限あればそれで良い”というスタンスなのだ。まぁ時折少年心を擽られる物との出会いもあるみたいだけども。良く言えば大らか。ともすれば無頓着。そういう性格は高校時代から変わらぬままだと微笑ましく思うからこそ、待ち合わせ場所に影山が現れた時驚いたのだ。何故そんなに良い車を選んでいるのだ――と。その理由が恋愛や見栄でないことにホッとする気持ちを抱きながらも「外車ならメンテナンスとか大変なんじゃない?」と日常会話を挟む。

「東京で乗用車にしてた頃はそれなりにちゃんとしてた。けど今はそこら辺も任せてる」
「そうなんだ」
「請求されて、それを払うっつう感じだな」
「なるほど。美羽さんそこら辺しっかりしてそうだもんね」

 影山と、こうやってプライベートな会話が出来る女子って他に居るのかな。……あ、谷っちゃんは出来るか。てか谷っちゃんとかこの車乗ったことないのかな。海外移籍と上京のタイミング的にないか。いやでも……。うーん、ないな。きっと。

「谷っちゃんこの車乗ったことある?」
「ねぇ」
「だよね。谷っちゃんは辞退しそう」
「辞退?」
「“大スターの車に私なんぞが……!”って」

 谷っちゃんの姿を影山も想像出来たのか、肯定の色味を帯びた「……あぁ」を返された。じゃあ私はって話になるな、この場合。

「本当なら私も辞退すべきだったよね」
「何を」
「影山選手の運転する車に乗るの」
「なんで」
「いやだって、助手席に異性が座るのって他意はなくとも見た目よろしいものではないでしょうよ」
「そうなのか」
「影山のファンの子が見たら良い気はしないよね、きっと」

 集合場所の居酒屋に、影山は酒を飲まないので車で行くとメッセージが来た時。私の家は通り道にあるので乗せて行ってもらえないかと頼みそうになった。けれどそれはさすがにと思い留まれた。のに、影山の方から「ついでだし乗せて行っても良いぞ」と言われたら抗えず「お願いします!」と返してしまった。この感じだと帰りも送ってくれるのかな。きっとそうだ。高校時代も影山はいつも私を実家まで必ず送り届けてくれたし。だけど、今私の隣に居る男はあの頃の少年じゃあない。世界が見つけた大スターなのだ。影山にはたくさんのファンが居る。今となっては影山だけを考えていたら良いというわけではなくなってしまった。影山を応援するファンのことも考えるべきなのだ。分かっているのに何故私は助手席に居るのか。ワガママな女だからだ。

「なるべく見つからないように努めます」
「誰に」
「影山のファンに」
「別に見られたって構わねぇだろ」
「構うでしょ。なんであんな芋女が!? って。ショック受けると思う」
「芋女? なんだそれ」
「海外で華々しく活躍する影山飛雄の隣に、なんで田舎っぺの垢抜けない女が居るの! ってハナシ」
「…………垢抜けねぇとかそんなのは分かんねぇけど。みょうじは別に一緒に居て恥ずかしい存在ではねぇ」
「……えっ?」

 「つーかそんなの気にしてたらイチイチ迎えに来ねぇ」と前を向いて言葉を吐く影山。その言葉にきっと深い意味はない。けれど、そう言ってもらえることで私の心臓は踊るように動き出してしまうし、顔面だってゆるゆるになってしまう。まずい、今の私、完璧不審者だ。大地先輩に職質かけられちゃう。……大地先輩。そうだ。

「影山ってさ」
「ん」
「運転、ちょーウマいよね」
「そうか」
「うん。大地先輩の次にウマいと思う」
「キャプテン……?」
「うん。大地先輩も宮城組でしょ? 都合合う時はスガ先輩とか田中夫婦の飲み会にもお邪魔してるんだ」
「……そうなのか」
「で、大地先輩は基本飲まないから、私とスガ先輩のこといっつも送ってくれるんだよね」
「2人きりじゃねぇんだな?」

 なんの確認? と思いつつも「だね。私を先に送ってくれるし、2人きりになることはないかな」と言葉を返す。まぁスガ先輩は大抵酔い潰れてるから、車内での会話は大地先輩と2人ですることが殆どだけど。

「なら良い」
「なら良いって。じゃあ今アウトじゃん? 影山と2人きりだし」
「俺とは良い」
「な、何ソレ。彼氏かっ」

 軽い口調で言うように頑張った。けれど少しばかり震えてしまった声は、自分のなけなしの勇気が表れている。踏み込んでしまった。さぁ影山はどう出る? この期に及んで鈍感パワー発動させるか?

「彼氏ではねぇ」
「……ッス」

 鈍感パワー+どストレートワード。これは強烈な一太刀を浴びせられたな。みょうじなまえ、再起不能です。今回の同窓会は屍となっての参加と相成ります。皆々様ご承知おきくださいませ。

「でも、好きだとは思ってる」
「ッスゥ?」

 は? とすら言えなかった。噛み締めた歯の隙間を縫って出て行った間抜けな声は、影山の耳にちゃんと届いたらしい。いつブレーキを踏んだのかも分からないうちに車は減速し、ガクッと前のめりになることもなく綺麗に止まる。信号待ちなのを良いことに、影山は視線を私に向け「海外から帰って来る頻度は日向に比べても少ねぇ。けど、帰って来る度みょうじと会いてぇと思ってる」と真っ直ぐな言葉を向けてくる。

「いやいや。え? いやウン。それは、普通に、会おうよ」
「俺の言ってる意味分かってんのか?」
「ハァ? 影山に理解力疑われるの心外なんですけど」
「じゃあ分かってんのかよ」
「分かってるよ! だってさっきす、好きってい、言われたし……」
「じゃあ良い」

 じゃあ良いって。いやいや、返事は? 要らないの?? そう訊こうとするタイミングで信号が青に変わり、影山はこれまたスムーズな発進をしてみせる。たった今告白したクセに、メンタルに変動なしってか。どんだけ強心臓なんだ、この男は。さすがは大スターだ。この人ならきっと、本当に私が隣に居ても何も変わらずに居てくれるんだろう。“私なんかが隣に居ても”なんて考え、考えるだけムダだって思わせてくれそうだ。だったら。

「ねぇ、影山」
「なんだ」
「私も影山のこと、好きだよ」
「そうか」
「次のオフシーズンこっち帰って来る?」
「ハッキリとは決まってねぇけど」
「戻って来てよ。そんで2人で会お」
「……あぁ」
「デートしよう」
「あぁ。良いな」

 烏野バレー部の皆々様。乾杯の前にご報告があります。みんなきっと驚いたり、今更かって溜息吐いたりすると思いますけど。最後には「おめでとう」って言ってくれると信じてますので、どうぞよろしくお願いしますね。

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