束の間の友達

 朝、学校に着いて下駄箱の扉を開くとヒラリと私の下駄箱から小さな紙が落ちて行く。

「“治くんへ”て……。入れ間違ってるやん」

 その手紙を拾い上げると、どうやら入れた人は私と宮くんの下駄箱を間違っているようだった。入れる時に確認して欲しいもんだ。緊張していて、それどころじゃ無いにしても、届けたい相手に届かないんじゃ意味が無い。そしてこれを私の手元に置いておく訳にもいかない。……仕方が無い。



「宮くん。これ」

 名前も知らない生徒の伝書鳩をこなす為に私は、廊下で宮くんの事を呼び止めてその手紙を手渡す。チラリとその紙を見た宮くんは直ぐにそれから視線を外し、「ごめん、俺今恋愛する気ないねん」と言い慣れているのか、淀みの無い言葉で突き放す。

「あ。いや、これ、私からとちゃうねん。私の下駄箱に入ってて」
「え? あ、あー。そうなんや。ごめん、勘違いした」
「ううん。こっちこそまどろこしい渡し方してごめん」

 事情を理解した宮くんがその手紙を受け取ってくれる。役目を終えた事でようやく胸を撫で下ろす事が出来た。

「それにしても宮くんって、やっぱりモテるんやなぁ」
「そうか?」
「うん、今も手紙出した瞬間ラブレターやって分かったんやろ? それだけ貰うてるって事やんか」
「あぁ、まぁ、そう言われればそうやけど」
「モテる事はええことやん。そんなら、私はこれで」
「あ、みょうじさん……で良かったよな?」
「うん、合うてるよ。どないしたん?」
「みょうじさんは、俺の事、別に何とも思うてへん?」
「えっ? ま、まぁ。人気モンやなぁってくらいには思ってるけど……?」
「恋愛感情とか、そういうの、ない?」
「は? ないけど……?」

 宮くんの質問は突飛なもので。ここまでストレートに自分に恋愛感情があるかを尋ねてくる人も居るもんなんや。さすが宮兄弟の片割れ。規模が違うわ。

「そっか。そんなら良かった。ほんなら1つ、みょうじさんに頼みたい事あんねやけど」
「なに?」

 宮くんとはそこまで親しい間柄ではない。私のクラスに宮くんの片割れである侑くんが居って、侑くんを尋ねて来た時に少し話した事があるくらい。そんな宮くんが私に頼み事とはなんやろうか。好奇心を駆り立てられた私は宮くんの頼み事に耳を傾けた。



「はぁ〜、みょうじさんも甘いモン好きで良かったわぁ」
「宮くん、甘いモノ好きやったんやね」
「おん。というか食いモンやったら基本何でも好き」
「あはは、なんやのソレ」

 宮くんの頼み事とはケーキ屋さんに一緒について来て欲しいというもので。私の「え?」という聞き返しにより、深く話してくれた内容によると、このケーキ屋さんがカップルで来店した場合に30%の割引を行う期間中で、そのキャンペーンを利用して、お安く甘いモノが食べたい。しかし、彼女は居ないし、作る気も無い。かといって1人で入るのも気が引ける。そんな時に私が宮くんに対して恋愛としての好意は抱いていない事が分かり、白羽の矢を立てた、という事らしい。モテる宮くんらしい理由やと笑い、私はその頼み事を引き受けた。私かてお安く甘いモノにあり付きたいし。

「それにしても、ここのケーキどれもほんまに美味しいなぁ」
「せやろ? 俺も母ちゃんが買うてきたん食べた時ビックリしてん。また母ちゃんに買うてきて貰うか思うたけど、それやったらツムに取られるやん。せやから、イートインスペースでじっくり味わって食べたいて思うててん。そしたらキャンペーンまで始まるんやもん。行け言う事やんな?」
「あはは。どうなんやろうな? それにしても宮くんは女友達もぎょうさん居るのに、こういうキャンペーンやと頼みにくいよなぁ。やっぱり」
「まぁ……変に勘違いされるんも嫌やしな」
「その点、私は始めからそういう感情無いし、友達としてこの頼み事引き受ける事出来るしな」
「おん。ほんまに、ありがとう。みょうじさん」
「ええって、私もこんなに美味しいケーキを安くで食べれてんねんもん。私も嬉しいわ」
「そっか。なぁ、また誘ってええ?」
「うん! 宮くんの部活が休みの日、一緒に行こう!」
「ありがとう」

 宮くんと色んな話をして、笑って、ケーキを食べて、食後のコーヒーまで飲んで、私達は心地良い満腹感を抱えて別れた。その日のうちにラインの交換も済まし、私達はお友達になった。



「あ、みょうじさん。……なんや、今から昼メシか?」
「宮くん! そう。委員会活動が長引いてなぁ。もうお腹ペコペコや」
「みょうじさんも結構大食いやもんな」
「ええ? 宮くんには負けるわ」
「あー、なんか俺も腹減ってきた。みょうじさん、一緒に食堂でご飯食べへん?」
「え? 別に、ええけど……。宮くんもお昼まだやったん?」
「いいや。もう食べたで。せやけど、みょうじさんが持ってる弁当箱見たらまた腹減ってん」
「まじか。宮くんの胃、どないなってんの?」

 あの日から宮くんと学校で会うと立ち止まって話す事が増え、ラインでのやり取りもちまちまと続いていた。私達が話す事と言えば大抵がご飯の事。宮くんは基本的に食べれれば何でも良いというタイプで、私は美味しいモノを探して食べるのが好きなタイプ。せっかく食べるのならば美味しいモノを食べて欲しいという気持ちで、私はよく宮くんにオススメのお店をラインで送っている。そして宮くんがそのお店の感想を言う。そんな関係になっていた。私の中で宮くんは“食友”という位置づけになっている。そして、その食友とは今日もこうして食べ物の話で盛り上がっている。

「こないだみょうじさんが教えてくれた店、行ったで」
「ほんま? どないやった?」
「旨かったわ。カツ丼、ボリュームもあったし、満足やったわ。次はカレーいったろ思うてる」
「カレーな、あっこ、カレーも旨いで。是非食べてえや」
「おん。まぁ今食べてんねやけどな」
「あはは。せやな」

 宮くんと食堂でご飯をつつきながら、話していると「お、なんやサム。お前またメシ食うてんのか」宮くんの片割れである、侑くんが食堂に顔を出す。

「そういうお前かて食べモン求めてここに来てんねやろ」
「おん! プリン買うたで! てか、みょうじさん? なんでサムと一緒にメシ食うてんの?」
「さっきそこで会ってな。その流れで」
「そうなんや! ん? でも、サムとみょうじさんてそないに仲良かったか?」

 侑くんが首を傾げているので「前にちょっと話す事があって。そこからご飯の話で良く話すようになってん」と経緯を話すと侑くんの顔が閃く。

「サムが最近メシ屋の情報調べてんの、それでか! いっつもニヤニヤしやがってて思うてたけど、なんや。そういう事か。みょうじさん、サムの事よろしく頼むな!」
「えっ?」
「おい、ツム。変な事言うなや。早よどっか行け」
「はいはい、お邪魔虫は退散しますかね。じゃあな、みょうじさん」
「えっ、あっ」

 ニヤニヤした顔を浮かべて食堂を出て行った侑くんは宮くんが嫌がっていた勘違いをしてしまったようだ。

「どないしよ? あの感じ、勘違いされたよな?」
「まぁ、ええよ。アイツは放っておけば」
「え? でも、侑くん、他人に広めたりせぇへん? 大丈夫やろうか……」
「大丈夫やろ。勝手に空回りさせとけばええよ」
「そうなん……?」

 宮くんは懸念している事が起こりそうなこの事態を前に意外とあっけらかんとしていて。モグモグとカレーを食べ始めるから、私も自分の弁当に手を付ける。宮くんがええんやったら、いいんやけど…。なんか嫌な予感がする。侑くんのニヤニヤした顔を思い浮かべると、どうしても安心しきれない自分が居た。



「なー、みょうじさん。治くんと付き合ってるて、ほんま?」
「私も! こないだケーキ屋さんで2人で居んの見て気になっててん!」
「こないだ聞いた時治彼女居らんて言うてたんやけど、どうなん?」

 嫌な予感は的中した。数日後には私はこんな質問で埋もれてしまう事態に陥っていた。侑くんが“サムにも春が来た!”とかそんな事を言って、私の事をニヤニヤとあの時と同じ視線で見つめれば、それはもう言いふらしているのと同然で。結局、私と宮くんはあの時宮くんが嫌がっていた勘違いをされるハメになっていた。

「私と宮くんは付き合ってへんよ」
「え、ほんまに?」
「でもみょうじさん最近治と話す機会多くなってたよな?もしかして、好きなん?治の事」
「えっ、」

 その質問は以前宮くんにされたのと同じ質問で。あの時と同じように“恋愛感情は無い。ただの飯友や”と言えば良いだけだ。なのに、その言葉が口から出てこない。どないしたんや、自分の口。

「なぁ、どうなん? みょうじさんは治の事どう思ってるん?」

 責め立てる様に詰め寄ってくる女子生徒にうまく言葉を返せずに口篭っていると「みょうじさん、ちょっとええ?」とゆっくりとした話し方で名前を呼ばれる。

「宮くん!」

 その声の持ち主は丁度私達の話題に上がっていた人物で。助け舟の様に現れた第3者の声に縋りたい気持ちと、なんでこのタイミングで、という気持ちが混じり合う。第3者のようで、そうじゃない人物を見上げると、宮くんも同じように私を見ていて。

「こないだのお店、あのキャンペーン今日が最終日でな。良かったらまた一緒に行ってくれへん?」
「えっと……その」

 宮くんの頼み事に素直に頷けないのは、目の前に宮くんの言葉に目を剥いている女子生徒が居るからだ。そちらにチラリと視線を向けると女子生徒の1人が噛み付くように言葉を発する。

「なぁ、治。アンタ、今恋愛する気無いてこないだ言うてたよな?」
「おん。言うたな」

 女子生徒の確認に、あっけらかんとした表情で肯定を返す宮くんに何故か心がズキリと痛む。

「じゃあ今みょうじさんの事をそうやって誘ってるんは、“友達として”でええんよな?」

 その言葉にはハッキリとした痛みの様な動悸が体中を駆け巡った。まるで私の核心を衝かれている気分。

「んー、まぁ。はじめはそうやったんやけど、今はちゃうかなぁ」
「えっ!?」

 その言葉に誰よりも驚いたのは他でもない私で。宮くんたちの会話にはダンマリを決めていた私が思わず大きな声を出したせいで、宮くんの眠たそうな目が少しだけ開く。

「あ。ヤバ。口走ってしもうた」
「な、なにを……?」
「ん? そらぁここでは言いたないわ。こんな公衆の面前で告白なんか誰が出来るかい。ケーキ屋さんで2人きりの時に言わせてや」
「み、宮くん……そ、それはもう言ってるのと同じやで……」

 宮くんの爆弾発言にここに居る全員の口がポッカリと開いてしまう。そんな中、宮くん1人だけがゆったりとした時間を刻み続ける。「あ。ほんまやな」驚きが他の人よりワンテンポ遅いわ、宮くん。

「と、いうわけで。みょうじさん。これから大事な話したいから一緒にあのお店、行ってくれへん?」
「あ、えと……はい」
「ありがとう」

 宮くんの再びのお誘いに、肯定の意を返すと嬉しそうに笑ってくれる。それは多分、これから伝えてくれる宮くんの気持ちに、私が返す言葉を予測しての事なんだろう。

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