洗いたての素直でもてなす

 島に浮上する時、毎回とは言わないけれど定期的にポーラータング号の掃除をすることになっている。普段海に潜っているので、他の船に比べると汚れが多く付着するからだ。私たちハートの海賊団は医学に詳しい人間が他の船より多い。船長が医者だから、その手伝いをしているうちに叩き上げで詳しくなっていった。そうなると必然的に“清潔”であることがどれだけ大事なのかを学ぶ。その為、またすぐ海中生活が待っていようともポーラータング号の掃除を嫌がるクルーは誰ひとり居ない。ただ、甲板掃除だけは面積が多いのと力仕事になるのとで喜んで行う人も居ない。それでも“しない”という選択肢はないので、話し合いの結果“あみだクジ”が採択されたのは結成間もなくのこと。

「お、ペンギン。甲板掃除お疲れ」
「おう。いや〜疲れた疲れた」

 甲板掃除を終えたペンギンがキッチンにやって来る。普段被っている帽子の代わりにタオルが巻かれているので、汗も流してサッパリした所らしい。汚れをキッチンに持って来ない辺りさすがハートの海賊団員だ。にしてもペンギン、甲板掃除担当だったにしては終わるの早いな。それだけ数をこなしているということか。

「ペンギンさ、くじ弱すぎない?」
「つうかおれ、結成時から居るワケだし、甲板掃除の回数他のクルーより多くね? あみだから除外してくんねェかなァ」
「平等だから。そこに在籍歴は関係ありません」

 じとりと見つめられる気配。頭にタオルが巻かれているせいで目元は隠ているけれど、その目が“お前が言う?”と訴えている気がする。きっと前回のクジで甲板担当になった私が似たようなことを言ってゴネたのを覚えているからだ。そういえばあの時、ペンギンが「おれも手伝ってやるから」と宥め本当に手伝ってくれたんだったっけ。そう考えると確かにペンギンの甲板率は他の人よりも高い。……もういっそのこと担当にしたら良いのに。

「はいどーぞ」
「気が利くな、なまえちゃん」
「ちゃん付けキモい」

 ペンギンが好んで口にしている炭酸水を渡せば、ペンギンの口角が上がる。そうして手渡された瓶を開け口に運び「ぷはァ〜」と少しじじ臭い声を吐き出すペンギン。その声に笑ってから自分用の瓶を手にしてペンギンの横に座る。ピカピカになったポーラータング号はやっぱり見ていて気持ちが良い。キャプテンたちがお世話になった友人から譲り受けたと言うこの船は、今や私たちクルー全員にとっても大事な仲間だ。これからも末長くよろしくお願いしたい。

「明日にはまた潜水だとさ」
「そっか。海の中、落ち着くけどあまりにも長いと色々不便なんだよね」
「確かに。おれとしてはこんだけピカピカにしたし、せめてあと数日は陸に居たかったかな」
「ドンマイ」

 肩をぽんぽん、と叩いて慰めてやると「軽くね?」と苦笑いを浮かべるペンギン。じゃあハグでもすれば良いのか? と表情で訴えて腕を広げてみせる。そのノリには応じず再び瓶を傾け喉越しを味わうペンギンに、今度は私が不満を浮かばせる番。せっかく労ってやろうと思ったのに。おもしろくない、と溜息を吐いて同じように瓶を傾けていると、ペンギンが頭に巻いたタオルを外しガシガシと頭を拭く。その流れでふわりとシャンプーの良い匂いがして思わず2、3回空気を吸いこむ。なんだろう、このシャンプー。ムスクの香り? 香水みたいだけど、ドギツくない、石鹸にも思える匂い。「ペンギンのシャンプー、どこの?」ペンギンに擦り寄って匂いを無遠慮に嗅ぎながら問う。対するペンギンは視線を天井へと逸らし「さァ? こないだ上陸した島で適当に買った」となんとも当てのない返事を寄越す。

「今度貸して」
「いくらで?」
「私相手にたかるんだ? へえ〜?」
「嘘嘘。なまえサマにならいつでもお貸しします」
「ありがとうペンギンくん」

 にんまりと笑う私に、ペンギンが溜息がちに教えてくれたシャンプー。ペンギン曰く、ボトルにペンギンの絵を描いているらしい。ペンギンの絵が描いてあるボトルなんてバスルームにあったっけ? と思いつつも情報をインプットし、その日のお風呂タイムを心待ちに過ごした、その次の日。

「ペンギン〜」
「どうした?」
「この荷物なんだけど」
「んん? なまえ、ペンギンと同じ匂いしねェ?」
「分かる? シャチ。昨日シャワー終わりのペンギンから良い匂いがしたから、ペンギンにお願いしてシャンプー借りたんだ」
「へェ。なんかアレだな。な、ペンギン」
「……まァ、そうだな」
「え、何。何よ」

 2人から照れたように言い淀まれ、対する私は不可解に眉を寄せる。肝心なこと言わずに2人だけで意思疎通されるのは疎外感を覚えて嫌だ。ここにはペンギンとシャチ以外に私も居るのだ。私のことも仲間に入れて欲しい。

「言ってよ。じゃないとあのシャンプー使い切るからね」
「そうされると余計に……」
「ハァ? なんなの?」
「なんつーか、“おれの”って感じがするっつうか、」
「おれの?」

 ポッと染まるペンギンの頬。意味が分からないことを言い淀まれ、思わずペンギンに近付き見上げる。その流れで自身の髪が揺れふわっと香る匂い。まさしく昨日ペンギンから香った匂いと同じだ。

「だからさ、なまえ。ペンギンは今、なまえから自分と同じ匂いがすることに興奮してんの」
「興奮?」
「だって同じ匂いがするって、なんか、エロいじゃん」
「え、ろ……?」
「そうそう。エロいの、なんか」

 シャチの言葉に反論しないペンギン。シャチの言う通りってこと? ペンギンと私が同じ匂い……え、どうしよう。意識したらなんか私も恥ずかしくなってきた。

「今日は髪結ぼうかな」
「えっ、結ぶの」
「えっ、ダメなの」
「ダメじゃねェけど……残念というか」
「残念?」

 またしてもモゴモゴしだすペンギンを不思議に思っていると、シャチが再び「コイツ、なまえから自分と同じ匂いがするのをみんなに自慢したいんだよ。独占欲だよ、独占欲」と補足をしてみせた。その言葉にペンギンは「言い方ッ!」と慌てて制していた。いや私その前に“エロい”とか言われてますけどね? ともかく、ペンギンが嫌じゃないのならひとまずは良いのだろうか。この匂い結構気に入ってるし、動く度に香るとテンションが上がるから、出来るなら髪は結ばずにいたい。

「ペンギンが良いなら、私もしばらくこの匂い身に纏ってたいんですが」
「い、良いよ。おれは全然」
「ありがとう」
「なまえは良いのか? おれと同じ匂いで」
「恥ずかしさはあるけど、そこは別に。嫌じゃない」
「そ、うなんだ」

 そう答える私に、シャチとペンギンはまたしても「コレ、脈アリじゃん?」「イケんのかな、おれ」と訳の分からない会話を始めだした。これ以上は会話に参加するだけムダだと思い踵を返す。ペンギンへの用はまた後にしよう。

「あ、てかペンギン。ボトルにペンギン描いてるって言ってたけど、絵下手過ぎない?」
「そお? おれとしては渾身のペンギンなんだけど」
「ペンギンって料理めっちゃ上手なのに、絵心ないんだね」
「ガーーン。傷付いた」
「ふふっ。まァそういうペンギン、私は良いと思うけど」
「エッ」

 そう笑って今度こそ歩き出せば、再び後ろで女子みたいな黄色い声が上がるのが分かった。とりあえず今日の夜もあの下手くそなペンギンが描かれたシャンプーを使わせてもらおう。

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