きっと好きになる

※学パロ


 怖い人――ユースタスくんをひとことで表すなら、私はきっとそう言う。だって本当に怖いから。言葉も態度も悪い彼は、学校に遅れてくることなんてザラだし、遅刻の理由も“絡まれたから”と喧嘩のせいであることが多い。理由を口にするユースタスくんの顔はいつも傷だらけだったり腫れてたりするけれど、どこか誇らしげなので喧嘩は相当強いのだろう。
 そんな彼は学校行事や授業に積極的に取り組むタイプではない。が、学校生活を楽しんでいないわけでもない。現に体育祭などはルフィくんやトラくんが絡むと途端に誰よりも熱を上げる。体格も良く、顔立ちも端正、そして強い。女子の本能をくすぐるには充分過ぎる彼は、そういう話にも凪を見せることはない。今も彼はトラくんについ先日出来たと言っていた彼女について愚痴を言っている。

「なんでおれがアイツに合わせねェといけねェんだ」
「知るかアホ。つうか動くなバカ」
「おいトラファルガー。おれは患者だぞ」
「あァ? 患者だなんだ抜かすなら金払え」
「うるせェ。おれはテメェの練習台になってやってんだ」
「頼んでねェんだよそもそも!」

 ああだこうだ言いながらも進む手当て。ユースタスくんは喧嘩によって出来た傷をいつもトラくんに治療してもらっている。なんならその為に喧嘩終わりに学校に来ている節すらある。トラくんの隣の席にドカッと腰掛けるなり「やれ」と尊大な態度でトラくんに治療を頼むユースタスくん。言われたトラくんはトラくんで、舌打ちしつつもきちんと手当てをしてあげているので、一応彼らの間に友情はあるらしい。トラくんの前に座る私は、いつもそのやりとりをただ聞くだけだ。決して会話に入るようなことはしない。というか出来ない。怖いので。でもユースタスくんが来ると同時に席を立つのもあからさまかなとも思うので、結局どうしても2人の会話を聞く頻度が高くなる。その中身は大抵が女性関係だ。私と同じ高校生なはずなのに、ユースタスくんと私の恋愛遍歴は周回で差がついていそうなレベルである。

「で? 結局どうしたんだよ。謝ったのか」
「謝る? おれが? バカか」
「チッ」
「年上の女だからちったァマシかと思ったが。どいつもこいつも結局は同じだな」
「そういう女しか引っ掛けられねェってことだろ」
「あァ!?」
「終わったぞ。さっさと消えろ」
「おい、トラファルガー。これやるよ」
「……ヘェ」

 カン、と甲高い音がトラくんの机から鳴る。その音を手のひらで上から蓋をするように押さえたトラくんの声が少し高くなった。トラくんの趣味はコイン集めだ。それを知っているユースタスくんは時々こうしてトラくんにコインを投げて寄越す。それが彼なりの治療費なのだ。怖いけど、律儀な人でもあるんだよなあとぼんやりと思う。会話の切れ目を察知し、今日は一体どんなコインを貰ったのだろうと思わず顔を後ろに向けてしまった。するとユースタスくんはまだそこに居て、動作の中でバチッと視線が絡む。……しくじった。トラくんに話しかけるタイミングちょっと早かったか。

「おいトラファルガー。お前良い女知らねェか」
「お前に紹介出来る女は居ねェ。居ても教えてやんねえよ」
「クソが」

 振り向こうとしている動作をやめるわけにもいかず、半端な位置で止まったせいでユースタスくんの視線は私を捉えたまま。捕まった視線をどうしたものかと悩ませているうちに、ユースタスくんは舌打ちし席を立つ。ユースタスくん、もう彼女さんと別れたのか。短い期間といえども好きだと思った相手。そんな人との別れを経験したばかりだというのに、ああもあっけらかんとしているとは。こういうところが経験値の違いなのか。

「格好良い」
「アイツ、意外と趣味良いんだよな」
「意外かは分かんないけど。ユースタスくんがくれるコイン、私も結構好きだな」
「……それ、ユースタス屋が居る時に言ってやれよ」
「いやあ、私なんかが喋りかけて良い相手じゃないよ」
「へェ? そりゃ一体どういう意味だ」

 トラくんの視線が楽しげに緩む。私の親指と人差し指の間で飾られていたコインを抜き取り、器用にコイントスを行うトラくん。なんでそんなにうまいんだ。何度も見ているうちに羨ましくなってトラくんからコインを奪い返す。そうして私もコイントスを試みたけれど、結局1発目で早々に失敗しトラくんの机に先ほどと同じような甲高い音を鳴らしコインが横たわる。息絶えたコインをつまらないという様子で眺めているトラくんに「ユースタスくんってさ、」と独り言のように吐き出すとトラくんは返事はせずとも聞く耳を立ててみせた。

「なんか怖いよね」
「怖い?」
「同じクラスに居るし、同い年なハズなんだけど。それでも私なんかが声かけて良い存在じゃないっていうか」
「それはユースタス屋を上に見てるっつうハナシか? だとしたら気に喰わねェな」

 気に喰わないというのはきっと、“ならばどうしておれとは普通に喋るのか”という不満が潜んでいる。トラくんはユースタスくんやルフィくんが絡むと途端に精神年齢が下がる節がある。だからそういう部分でも“自分が下かもしれない”という優劣に反応を示す。けれど、私が言いたいのはそういうことではない。

「ユースタスくんって、言葉悪いかもだけど女を取っ替え引っ替えしてるイメージがあって……。下手に近付いたら、なんか、こう、簡単に手を出されそうっていうか」

 いやまあ私なんかに興味すらないんだろうけど。だって大学生を相手に“面倒臭い女”と吐き捨てるような人だし。私みたいなのは“女”のカテゴリーにも入らないんだろうけど。けど、そういう危険な感じがユースタスくんからはする。だから、怖くて近寄り難い。そういう点でいうとトラくんは落ち着いているし、普通に会話するのも普通に楽しい。友人度合いはトラくんの方が高い。

「アイツはアホだからな」
「アホ?」
「なまえがそういうタイプだってことくらい、ちょっと話せば分かるんだがな」
「別に私を意識して会話するなんてことしないでしょ、ユースタスくんは」
「まァアレだ。男っつうのは、自分の武勇伝を語りたくなるもんだ」
「武勇伝? ユースタスくんってそういう話してなくない?」
「だからアホなんだよ。女関係派手なことが自分のステータスを上げると思ってる辺り」

 ピンと跳ね上げたコイン。それを見事にキャッチし、席を立つトラくん。確かにトラくんも、ユースタスくんとの会話を聞く限り彼女遍歴は多い方だと思う。けどユースタスくんみたいに自分から話すというより、そういう話題になったら口を開くという感じだ。きっとトラくんはそこに自分のステータスを見いだしているわけではないのだろう。そういうところは大人だなと思うし、その落ち着いた考えが親しみ易さに繋がっている。私が勝手に判断することじゃないかもしれないけど、トラくんの方がユースタスくんより要領が良いのだろう。だから私みたいな面白みのない女とも仲良くしてくれるんだと思う。

「なんか、ありがとうねトラくん」
「あ?」
「私なんかと仲良くしてくれて」
「ンだそりゃ」

 トラくんは眉を歪めながらユースタスくんのもとへと歩き出す。そしてあっという間にルフィくんも含めた3人で騒がしい世界へと入ってゆく。その様子を遠巻きに眺めていたら、ユースタスくんと一瞬目が合った。……気のせいかもしれないけど、なんか私、ユースタスくんとよく目が合うような? いや、気のせいか。



「トラファルガーは」
「コラさんの手伝いに行ってる、ます」
「そうか」
「多分お昼休みは戻って来ないと思う……す」

 理科教員であるコラソン先生が手にたくさんの荷物を抱えて廊下を歩いているのを見つけるなり「あの人はまた……」と言いながら出て行ったトラくん。トラくんは他人と一定の距離をとる人だけど、その例外がコラソン先生ことコラさんだ。昔からの知り合いらしく、トラくんはコラさんにはかなり懐いている。なのできっとトラくんは荷物を運ぶだけでなく、その先の手伝いもするはず。その予測をもとに返す言葉は、かなり不自然な言葉遣いとなった。だって相手がユースタスくんだから。いつもトラくんにしか話しかけなった人が、一体どうして私に声をかけるのか。イレギュラーな事態に内心パニックに陥る。そのせいで敬語で話すべきか普通にタメ口で良いか分からなくなってしまった。そんなこっちの心情などまるで無視するかのように、ユースタスくんは何故か私の横の椅子にドカっと腰掛けてみせる。……何故に? ここには私しか居ませんが……?

「おれが怖いか」
「ええっと……」

 怖くないとは言えない。けど怖くて怖いとも言えない。どう返そうか迷っていると、ユースタスくんがハァっと溜息を吐く。ええ……無言もダメなのか。どうしよう、既に怖い。トラくん早く帰って来て……。

「なんで怖がる」
「人種が、違う……気がします」
「人種」

 陰と陽的なやつ。圧倒的陽の気を持つユースタスくんは、私から見れば眩しくてしょうがない。ルフィくんも陽のタイプだけど、彼はなんというか日溜まりみたいなポカポカした感じだし、トラくんは陰の気も持っている。だから怖くない。……けど、ユースタスくんは圧倒的過ぎる。ジリジリと灼かれそうな雰囲気。だから怖い。自分なりの言葉で表す“怖い”はこういうことになる。でもこんな抽象的な例えを言ってもきっと伝わらない。し、“怖い”と思っている相手にその中身を丁寧に伝えるのもちょっとどうかと思う。さてどうしたものか。トラくんはまだか。

「おいなまえ」
「名前知ってたんだ」
「はァ? あたりめーだろ。まさかお前、おれの名前知らねェのか……?」
「し、知ってます。ユースタス・キッドくんです」
「知ってるなら良い。……で、どうしたら怖くなくなる」
「はい?」
「だから! どうしたらおれのこと怖いと思わなくなる」

 だから! の時点で肩をビクゥッとさせると、後半の言葉は抑えめにしてくれた。そのせいで言葉をよく聞き取れなかったけど、訊き返す勇気もない。どうしたら、は聞こえた。ユースタスくんの言葉を推測するなら、“どうすれば良いか”という質問なのだろう、きっと。私にそんなことを訊いてどうするんだとは思うけれど。脈絡的にそう問われているとしか思えない。

「喧嘩をやめて欲しい、です」
「……なまえに気付かれねェようにうまくやる」
「大きい声というか、怒鳴るのもやめて欲しい」
「気を付ける」
「それくらい……かな?」

 思っていたよりそこまで怖い要素がなかった。きちんと“怖い”について考えてみたら、私はどうやらユースタスくんの雰囲気に怯えていただけだったのかもしれない。ユースタスくんに質問されて抽象的だった“怖い”の中身を具現化させてみたら、案外私の思い込みによる部分も強いのかもと思い直す。だとしたら、私はユースタスくんに失礼だったかもしれない。勝手に怖いと怯えて距離をとっていたのだから。それをユースタスくんが気にするとも思っていなかったけど。

「“女を取っ替え引っ替えしてて、下手に近付いたら簡単に手を出されそう”」
「い゛っ、言ったの!? トラくん」

 トラファルガァ〜!! アイツ〜!!!! 脳内で不敵な笑みを浮かべるトラくんを心の中で睨む。言うか? 普通。言わんだろ普通。まさか本人に告げ口されるとは思ってもみなかった。口は堅い方だと信頼してたのに。……わざとか。これはきっと、わざとだ。ユースタスくんを苛つかせる為に私の言葉を利用したのだ。アイツはそういう節ある。トラ男め。コラさんのドジに巻き込まれて大変な目に遭ってしまえ。

「ごめん違うくて。私なんかにユースタスくんが手を出すとか思ってるわけでもないし、出す価値もないって分かってるんだけどっ」
「今後、他の女には一切見向きもしねェ」
「はい?」

 しどろもどろの弁明を遮るようにして告げられる言葉。その意味合いがよく掴めず口をポカンと開けてみせる私に、ユースタスくんは苛立った様子で頭を掻く。これがトラくん相手だったら今頃怒声が飛んでいる。そうされない辺り、どうやらさっきの言葉を聞き入れているらしい。……なんでそこまでしてくれるんだ? 私とそんなに仲良くなりたいのか? 何故に……?

「まだ伝わんねェか」
「えっと……すみません」
「おれはなまえに手を出したい」
「手を、出したい。……手を出したい」
「おれはなまえのことを結構良い女だと思ってる」
「良い女……イイオンナ?」

 オウム返しで噛み締める言葉。それを噛み砕き、バラバラの単語に戻す。そうして自分なりにパズルを組み合わせて辿り着く答え。……いやいや、まさか。そんな――。瞬間的に熱を持った頬にヒリヒリとした痛みを覚える。思わずそこに手を当てる私に、ユースタスくんは溜息のような安堵の息を吐く。その反応、私の解釈で合ってるってこと……?

「でもユースタスくん、色んな女性とお付き合いしてるって……」
「おれはそれだけ価値のある男だってアピールのつもりだった」
「私に?」
「トラファルガーにしてどうするよ」
「張り合ってるのかなって」
「まァそれもあるが。肝心のなまえには響いてねェとトラファルガーに言われた」

 響くも何も。響くものがなかった。だって私を狙ってたなんて思いもしなかったから。まさかそんな裏があるとは。いやてか。正直それはアピールにはならなくないか? ――だからアホなんだよ。女関係派手なことが自分のステータスを上げると思ってる辺り――あ、なるほど。トラくんの言ってることが今やっと分かった。……うわ、あの人、ずっと全部分かってたんだ。うーわ趣味悪。ユースタスくんもちょっと可哀想に思えるな。

「で、どうなんだ」
「ごめん、どこまで話してたっけ」
「だから、今後一切他の女を見なけりゃおれと付き合うのかって訊いてんだ」
「つ、付き合うかはちょっと……」
「じゃァ2人で会うのは」
「それくらいなら……まあ」
「なら今週の日曜、空けとけ」
「分、かりました」

 私の返事を聞いて席を立つユースタスくん。その背中をぼんやりと見つめ、今更ながら極端な選択だったような? と我に返る。でもまあ、強制ではなかったし、“怖い”とも思わなかった。それに、ユースタスくんは自分の想いを誠実に告げてくれたとも思う。それくらい私のことを大事にしてくれてるんだなと思ったら、なんだかドキドキした。これは恐怖からくる高鳴りではないな。ぼんやりと自覚する想いは、そう遠くない未来で確信に変わるのだろう。

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