よい

 新世界、スフィンクス。ここは天上金を払えぬ非加盟国。普通、そういう場所は無法地帯となり争いの絶えぬ場所となる。けれどこの村は、誰もが心穏やかに日々を過ごす居心地の良い場所である。幼い子や老人ばかりの村だけど、誰も飢えを知らずに生きていられるのは“白ひげ”のおかげに他ならない。
 定期的に届けられていた“お金”と“物資”。それらの送り主の名前が明かされたことは生涯で1度もなかった。私は白ひげさんと会ったことはなかったし、どういう意図で自身の名を明かさなかったのかは分からないけれど。きっと、海賊である自分が届けるお金や物資は“汚れている”と思っていたのだろう。送り主を知ったら私たちが手をつけられなくなる――だからお金や物資を匿名で送り続けた。とはいえ、この村で長いこと生き続けある程度世間というものを知る年頃となった私には、それらの送り主が誰なのかはそれとなく見当が付いた。それと同時に白ひげさんの配慮にも気が付いたので、自ら進んで突くことはしなかった。
 ありがたく恩恵を受け、白ひげさんのおかげで生きてこれた。そうなると、たとえ相手が海賊であっても恩を感じるし尊敬すら抱くようになった。だから、一時的にお金や物資が届かなくなったあと、ふらりと現れたマルコさんがどういう人なのかもある程度は予測がついた。彼らはどこまでも優しい海賊だったのだ。
 マルコさんは自身の能力を私たち村人の為に使ってくれた。能力だけでなく、その身すらをも使って私たちの手助けをしてくれた。今や力仕事のほとんどをマルコさんが担ってくれている。そんな彼は、瞬く間に村人から愛される人になった。今では1日が始まるとマルコさんのもとへ皆が我先にと駆け出す程。老若男女に愛されるとは、こういうことを言うのかとマルコさんを見ていると思う。
 そんな彼は今、“ネコマムシ”と名乗った大きな猫と共に“ワノ国”という国の手助けに出ている。マルコさんがこの村に来てから初めての不在。当初はネコマムシさんのお願いを断ろうとしたようだけど、彼なりに思うところがあったのだろう。出掛ける準備をしているマルコさんと鉢合わせた私に、マルコさんは「ここを頼むよい」と少し固い笑みで告げた。マルコさんが居なくなることに不安を覚えないと言ったら嘘になる。けれど、マルコさんはそれら全てを分かった上で“そうしたい”と思ったのだ。ならばそれを邪魔する理由などないと、「いってらっしゃい」という言葉に込めて私は思いっきり笑い返してみせた。

「ねー、マルコいつかえってくるー?」
「んー、あとちょっとかなあ」
「あとちょっとっていつー?」

 海軍がここに押し寄せ、慌ただしい出来事が立て続けに起こった。ウィーブルが来てくれたおかげで全員命は無事だったことは良かった。けれど、あの出来事から皆マルコさんの帰りをより心待ちにするようになった。かくいう私も、いつマルコさんが帰って来ても良いように彼の家の管理は怠らない。今日も今日とてマルコさんの小屋に風を通そうと小屋まで足を運ぶと、既に子供たちが数人小屋の前にある丸太の辺りで遊び回っていた。そしてやって来た私を見るなり“マルコはまだか”と問うて来る。私はただマルコさんから家の管理を任されているだけで、鍵を預けられているのにも深い意味なんてない……はず。それでも子供たちは皆私とマルコさんが恋仲にあると思っているらしく、私にマルコさんのことを根掘り葉掘り訊いてくるのだ。どちらかというと知りたいのは私の方だ。

「なまえ姉ちゃん、マルコもういないんだろ?」
「居ないっていうか、ちょっとお出かけしてるんだよ」
「でもアイツ、だいじな時にいなかったじゃんか」
「それはマルコさんが悪いわけじゃないでしょ?」

 男の子の目線に合わせるようしゃがみ、頭に手を乗せる。そうされた男の子はその全てが不服だと言いたげに顔を逸らし「でも、」と唇を尖らせる。この子はいつも何かとマルコさんに敵対心を覗かせる。きっと憧れに近いライバル心のようなものだろう。

「おれが強くなって、なまえ姉ちゃんを守れるような男になる! ……よい!」
「ふはっ」

 むすっとした表情から一転、今度はキリッとした表情で力強く宣言する言葉。その言葉に思わず笑ってしまったのは、隠れていない憧れを見つけてしまったから。なんとも可愛らしい。この純粋無垢な心を、いつまでも持ち続けて欲しいし守ってあげたいとも思う。そしてその為にはやっぱりマルコさんの力も必要だ。

「それは頼もしいなあ」
「そしたらなまえ姉ちゃんは、マルコよりおれをえらんでくれる?」
「えっ?」

 どう答えたものか。子供とは、時に驚くべき慧眼を持つ。この言葉は果たして、私の心の内を読んだ言葉なのか。それともただマルコさんに対する対抗心からくる言葉なのか。……どちらにせよ、真正面から向き合うのは好手とはいえないだろう。

「んー、それも良いかもしれない。……よい」
「えっ! ほんと!?」
「よいよい」

 この子の夢を潰すような結果にならずホッとし思わずマルコさんの口癖を真似てしまう。よい、よい。そう口にする度蘇る不死鳥さん。頭の中のマルコさんは、いつだって優しくて思い出すだけで緩やかに口角が上がってしまう。

「よいよい」
「やくそく! やくそくだからね!」
「よい「ダメだよい」……えっ?」

 バサっと羽音が聞こえたかと思えば、体全体を優しい温度が包んだ。熱過ぎない温度に振り向くと、不死鳥姿のマルコさんが近距離に居て、私越しに男の子へと「なまえだけはダメだ」と言葉を重ねてみせる。い、いつの間に帰って来たんだ……。というか近い! ち、近過ぎるっ。心臓が熱に浮かされてバクバクと脈打ち出すのが分かる。この距離だと下手したらマルコさんにもバレてしまうかもしれない。

「ま、マルコさん」
「ちぇっ! もうかえって来たのかよ」
「ああ。お前たちのことが心配でな」
「べつに、マルコに心ぱいされなくてもだいじょうぶだったし」
「ハハッ。そうかそうか」

 ケラケラと笑うマルコさん。そうしているうちにマルコさんはあっという間に子供達に囲まれ腕を引っ張られている。その動作でマルコさんの腕から解放された私は、ただ茫然と立ち尽くすのみ。今の言葉は一体、どういう意味だっんだろう? 子供相手に返すにしては大人気ないし。かと言ってマルコさんはそれ以上の言葉をくれるわけでもない。どう解釈すれば良いのか。この1人で浮ついている心音はきちんと治療してもらえるんだろうか。……求めるだけ無駄か。彼はこの村にとって“みんなのマルコ”さんなのだから。

「にしても、急ぎ足で帰って来て良かった」
「お疲れ様でした」

 子供たちと共に丸太に腰掛けたマルコさんが、子供の相手をしながら私に言葉を向ける。帰って早々いつも通りの光景に馴染むマルコさんに、心の中でホッとするような気持ちと残念に思う気持ちとを混ぜながら返事をする。さっきのはきっと彼なりのジョークだったのだ。そう思おう。“そんなことを軽々しく言う人じゃない”という心の中からの反論には聞こえぬふりをする。

「危うくおれの好きな女が別の男に取られるところだった」
「へっ?」
「さっきの、おれの口癖真似するなまえ。可愛いかったよい」
「わっ、あっ、やっ、あの、」
「ハハハッ! よいよい」

 ……やはり見て見ぬフリなんて出来なかった。再びフル稼働し始めた心臓に胸を抑えると、マルコさんが丸太を叩いて隣に座るよう促してくる。それに従い隣に腰掛けると、マルコさんは子供たちに向かって「大事な話があるよい」と呼びかける。

「今回なまえと離れてみて分かったんだが、おれはどうやらなまえのことが好きらしい」
「っ!」
「そこで、おれは今からなまえに告白をしようと思う。なまえのことが好きだっつぅ人間はおれ以外にも居ると思う。だからこそ、おれは誰よりもなまえを幸せにするとお前らに誓う。許してくれるか?」

 良いよ〜! という声がそこらじゅうであがる。その最後、先ほどの男の子が「まあ……マルコなら……良い。……よい」と返事をしたことで満場一致となった。その結果を受けてマルコさんは私に向かって「そういうことだよい」と得意げに笑ってみせる。この人は私の心音を治療する気はないようだ。

「なまえが良ければ、おれの恋人になってくれないか?」
「良い、よい」
「ははっ。やっぱ可愛いな。なまえ、好きだよい」
「私も、好きだよい」

 2人で言い合う“よい”。いつの間にか子供たちにも広がり、その日は何故か村人全員で“よいよい”言いながら楽しい宴を開くことになった。

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