幸福宣言

 治はどうやら勘違いをしている。

「なぁ、今日もアイツ呼び出し喰らいよったで」
「へぇ、そうか」

 治の報告を興味無いという事を隠さずに返してみせるけど、治の顔は歪んでしまう。

「なまえはそれ聞いても揺らがへんのやな」
「揺らぐもなんも、変わるようなもんがないやん。聞いた所で“はい、そうですか”で終わりや」

 治との会話をこなしながらカリカリと日誌を書き進める。

「化学基礎の字、“科”になってんで」
「あ、ほんまや。ありがとう」

 私の席の前の椅子に座って、こちらを向いて私の机に肘付いている姿勢は崩れそうにない。今も治の視線が私の頭の上から注がれているのを感じている。あんまし見んで欲しいんやけどな。緊張するし。

「俺かてアイツに負けんくらい告られてんで?」
「……それこそ“はい、そうですか”としか言えへんわ」
「なまえは冷たいなぁ」
「冷たいもなんも……。せやったら告白してくれた女の子と付き合うの? て聞けばええんか?」
「そない投げやり感出されてもなぁ」
「ほんまめんどいわ。私日誌書いてるから邪魔せんといてや」

 そういって治との会話を強制終了しようとしても治は勝手に再起動させてしまう。

「ツムに告白して撃沈していく奴らぎょうさんおんで? なまえかてそのうちの1人になるんとちゃうか」

 コイツこういう所は侑に似てるんよな。この頑固者が。自分がそうと思ったら勝手にずんずん話進めて行きよるわ。当の本人置いてけぼりかい。

「なぁ、治、」
「大体アイツのどこがええんかよお分からんわ。アイツ、結構頭イかれとんで? 兄弟で、おんなじ遺伝子受け継いどっても理解出来へん事あるもん」
「あんなぁ、」

 日誌を書く手を止めて、目の前に居る治へと目線を移す。さっきまで視線を感じていたのに、いざ顔を上げると治の視線はふよふよと漂っていて。治は私の視線も、合いの手すらも無視して物語を進めていく。

「せやからさ、そんな奴に告白して撃沈するくらいやったら、俺にしとけばええやん」

 ここで初めて治と視線がかち合う。その瞳は真剣そのもので。冗談なんかで言っている言葉ではないと分かる。だからこそ、呆れ交じりの溜め息を吐いてしまう。

「なんか色々言うてるけど、私が好きなんは治、アンタやで?」
「は?」

 無気力そうな瞳が大きく開き、口もポカンとしている様子はまさに間抜けそのもので。

「なんやその顔。イケメンツインズの名が泣くで」
「いや……え、や……。え? 今なまえ……な、なんて?」

 口をパクパクとさせて言葉にならない単語を口から出した後、もう1度私の言った言葉を確かめてくる治。混乱しきった治にもちゃんと伝わる様に、改めてちゃんと言葉にする。

「せやから、治が勝手に勘違いしとるだけや。そない必死に片割れ貶さんでも、侑やなくて、治が好きなんやで? 私」
「いやいや。ちょお待て、なんで? 俺とアイツ顔一緒やで? やのになんでアイツやなくて俺なん?」
「その理屈で疑問に至るのおかしいやろ。アンタが今まで侑の事散々貶してまでしてきた、自分とは違うアピールなんになんねん」
「そやけど……。悪い、ちょお頭のパニックが収まらへん……」

 手を口に当てて「うそ?」「ほんまに?」「なまえが?」などという疑問を1人で浮かべだす治。その姿に思わず吹き出しそうになるが、どうにか口内に留めて変わりに疑問の答えを差し出す。

「1番好きなんは美味しそうに食べ物食べるとこかな。私が作ったモンめっちゃ美味しそうに食べてくれるやん。クッキーでもケーキでもおにぎりでも。その顔が幸せそうで、見てるとこっちまで幸せになんねん。後は授業中は眠そうにしてんのに、バレーの時間になったらめっちゃ楽しそうにしとるとこ。時々ほんまに侑と同じレベルで喧嘩してる時は危ないて思う時もあるけど、なんやかんや言うて手加減してるし、次の日にはちゃんと仲直りしてきてるし。口の横にバンドエイド貼ってな。そういう姿も可愛いなぁって思う。後は、侑よりも治のがちょっとだけ人に優しいよな。興味ない話でもとりあえず一通りちゃんと聞いたげてるし。それに、さっきみたいに人の間違いを教えてもくれる。侑はどっちかっていうと自分に関係の無い事には然程興味示さへんやん。バレー一直線な感じ? そこが侑のええとこでもあるけどな。そこが治と侑の違いやと思う。そういう侑には無い、治の魅力が私は好きやで」
「そんなんズルイって……」

 途端に私の机に突っ伏して顔を隠す治。ちょお、私の日誌。治の頭を叩こうとした手を空で止める。やって、治の耳真っ赤やねんもん。可愛い過ぎるやろ。

「私にかかれば治のええとこなんか何個でも出てきよんで?」
「俺、勝手に勘違いしてダサイやんけ……」
「ふふ、ほんまやな? せやけど侑に嫉妬しとる治も可愛かったで?」
「……格好良いて思う所無いんかい」
「は、そんなん毎日思うとるわ」
「……敵わんわぁ」
「当たり前や。私を誰や思てんねん」

 空で固まっていた手をゆっくりと治の髪の毛へと降ろす。ワックスで整えられた髪は少し固いけれど、構わずに撫でる。そして治は私にされるがまま。そんな姿がまた可愛いと思う。

「降伏って事でええ?」
「完全に、降伏ですなまえさん」
「はは、素直でよろしい」

 どうやら治の誤解は解けたようだ。

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