唇に贈るガルチュー

 「もう会えねェかもしれない」キャプテンが話があると言って甲板に船員を集めたあの日。みんなの視線を一身に集めたキャプテンが、静かにそう言った。その言葉にざわつく船員を制し、キャプテンが明かした身の上話。たとえそれが全容を話したというわけではなかったとしても、ハートの海賊団の船員は満場一致でキャプテンをパンクハザードへと送り届けることを決意した。
 あれから約2ヶ月。新聞でしか知ることの出来ないキャプテンの近況を嬉しく思ったり不安になったりする日々を重ね、その寂しさを紛らわせようとみんなでくじらの森で“キャプテンを語る会”を夜ごと開催していた、そんなある日。

「キャプテンだ……!」
「え、キャプテン?」

 居る。キャプテンがすぐそこに。この気配は間違いない。会いたいと願い続けた気配だ。間違えようのない気配を感じ、急いでリュックを背負い森を駆け出す。会いたい、早く、早く会いたい。待つだけなんてもう嫌だ。溢れ出る気持ちを背負って全速力で駆けていたら、いつの間にか足元に感じるぶにぶにとした感覚がなくなっていた。そのことを不思議に思って我に返ると同時、視界が一気に揺れ下から突き上げる風を体全身で浴びる。……もしかして私、ゾウから飛び降りた――?

「アーアァー……」

 落ちてしまったからにはどうしようもなく、せめてもの意味合いを込めてお決まりの言葉を口から吐く。大丈夫、キャプテンはもうきっとすぐそこに居る。あとはキャプテンがどうにかしてくれる。ダメだった時はダメだった時だ。死なないことを祈っておこう。

「アーアァア゛〜ッやっぱ怖いィ゛〜ッ!! きゃぷてェ〜ん!」
「エテテテテテテテテ〜!!」
「どへェ〜っ!!」
「エテテ? どへェ?」

 生理現象か、恐怖からくるものか。もしくはそのどちらともなのか。目尻から溢れる涙によって視界をぼかしていると、海の方から叫び声がやまびこのように聞こえてきた。私の声とは違った叫び声を不思議に思っていると、それまで浮遊感でいっぱいだった体に衝撃が走った。

「グヘッ」
「うわあ!? あっ、リュック!」

 何かに引っ掛かった私の体の動きについて行けなかったリュックが、肩から抜け落ち落下してゆく。その落下を止めようと伸ばす私の手は無常にも届かず、落ちてゆくリュックがスローモーションのように見える。せっかくキャプテンの為に持って来たのに――。こみ上げる絶望を感じていると、包帯まみれの腕がリュックの持ち手部分を掴み落下を防いでみせた。……ん? 人の手? ここにはゾウしか居ないはずでは……?

「あっ!! キャプテ〜〜ン!!!!」
「なまえ、お前どうして落ちて来た」
「えっと……落ちた、から?」
「ハァ」

 キャプテンの姿を見つけパァッとした笑みを浮かべてみせるも、キャプテンは溜息を吐くだけ。久しぶりの再会なのに、あまりにも感動が薄くないか? 久々のキャプテンは変わらずぞんざいだ。でも、そういうところも含めて我らのキャプテン、THE・トラファルガー・ロー! やっと会えた!! ……というか、キャプテンより前に居るこの緑のマリモさんと鼻のっぽさんと美人さんはもしかして……。

「ゾロさん、ロビンさん!?」
「おォい!! おれは!!」
「えーっと……すみません。どなたでしょうか?」
「ふざけんな! おれはキャプテ……いや、ゴッド・ウソップだ」
「えェ〜!?!? あのゴッド!?」
「ふふふっ。そうさ、おれは勇敢なる海の戦士、キャプテ〜〜ン「あ、フランキーさんも居る!」いや聞けよッ!!」
「おゥ! スーパーな登場かましてくれたな! 嬢ちゃん」
「よく分かんないですけど、スーパー! ……いやてかロビンさん、めっちゃお綺麗ですね!?」
「うふふ。ありがとう。あなたはトラ男君のところの船員さん?」
「はいっ! なまえって呼んでください! うわぁ……。ルフィと同盟結んだって新聞で読みはしてましたけど、本当に組んでるんですね。いや〜ロビンさんは実物の方がお綺麗だなあ」
「うふふ。ありがとう、なまえちゃん」
「おォい!! ゴッド・ウソップであるおれにももうちょい反応してくれよッ!」

 マリモさん越しにロビンさんと話をしていると、マリモさんから肩を押され無理矢理視線を合わされる。凄いなマリモさん。私の体を腕1本で持ち上げてみせた。というかマリモさん、綺麗な髪色してるなあ。羨ましい。私もこんな髪色だったらもうちょっと伸ばし靡かせて“良い女”感出せるかな。そしたらキャプテンも私にメロメロになって……うふふ。

「ッ!? なんだテメッ、」
「あっすみません。つい髪の毛に興味がいっちゃって。こんにちはマリモさん」
「マリモじゃねェ!」
「間違えました。ゾロさん。私ハートの海賊団のみょうじなまえです。どうぞよろしく」

 マリモさんもとい、ゾロさんに挨拶をするとゾロさんも「あァ」とぶっきらぼうながらに挨拶を返してくれた。この人たちがキャプテンとずっと一緒に行動してくれたのか。キャプテンは私たちと離れる時に“おれ個人の問題だから”と私たちを巻き込むことを良しとしなかった。その気持ちを私たちは無下には出来ず、キャプテンの意思を尊重することにしたけれど、内心はやっぱり不安で堪らなかった。だから、キャプテンの傍にルフィたちが居ると分かった時は本当に心強かった。……ルフィ、元気かな。今どこに居るんだろう?

「おいなまえ」
「はい」
「ウチの船長をそろそろ解放してやってくれ。窒息する」
「え? ……えェ!? ル、ルフィ!?」
「ぶはあっ! 死ぬかと思ったーッ!!」
「わー!! ルフィ〜ッ!!」
「おお! なまえじゃねェか!! 久しぶり!」

 なんと。私がぶつかった相手はルフィだったらしい。そして今の今までルフィに顔面キャッチしてもらった体勢でみんなと話をしていたようだ。慌てて体を退かしルフィの前に座る。……2年ぶりに会えた。良かった、元気そうだ。あの時必死の思いでルフィのことを助け出して良かった。…………強くなったなあ。

「ルフィ〜!! 会えて嬉しいィ〜! ガルチューッ!!」
「わっ」

 にしし、と笑うルフィを見つめ込み上げる感情のまま勢い良く抱き着く。いつもはガルチューされる側だけど、今日ばかりはガルチューしたい気分だ。2年ぶりに会えた喜びと、ここまでキャプテンと一緒に戦ってくれてありがとうという感謝の気持ちと。その意味を込めてより一層の力をこめてガルチューしていると、「“シャンブルズ”」という声が響き私の体はキャプテンの腕の中へと移動していた。

「どうしたんですかキャプテン?」
「……別に」
「あ、それより。リュックの中見ました? いつキャプテンがゾウに来ても良いようにって私毎日おにぎり作ってて。それを詰め込んできたんですけど」
「えッ! この中、メシなのか!? 食って良いか!?」
「うん! 良いよルフィ!」
「うんめェ〜!!」

 良いよ、とうまい、のスピードが明らかにおかしい気もしたけれども。ルフィが今こうして笑っているのならそれが1番だ。そんな思いで笑い声をあげると、私を捕獲しているキャプテンから“かかと落とし”ならぬ“顎落とし”を喰らってしまった。突然の攻撃に驚き見上げた先では、どこか不満げな表情を浮かべるキャプテンが居て私はハテナを浮かべ返す。久々の再会を薄い反応で迎えられるのは想定内だとして、こんな風に不機嫌になられるのは想定外だ。一体何が気に喰わないのだろうか。……あっ、分かった。

「おにぎり、1個も渡せなくてごめんなさい」
「…………」
「え、違う?」
「それもだアホ」
「それ“も”?」

 いつの間にかがっちりホールドされた状態になっていた私を見てロビンさんがにっこりと微笑む。その微笑みにうっとりした状態で何かに揺られ再び登象し、ようやく登攀に成功する頃。私はロビンさんたちと同じくらい私たちが乗っていた何か――りゅーのすけの活躍に、涙を流していた。ロビンさんと2人で絵に戻るりゅーのすけを見送っていると、りゅーのすけから確かに「ぼくは、本当に幸せだった」という声が聞こえた。……気がする。

「……!! りゅーのすけ〜!!」
「茶番だ」
「ただの下手な絵だろ」
「ちょっとそこ座れてめェら!! ここまで送って貰っておいて!!」

 ゴッド・ウソップの言葉に同意するようにぶぅぶぅと頬を膨らませてみせると、キャプテンからギロリと睨まれぐっと押し黙る。そうしてそのまま顎でクイッと意思表示をされるので大人しく隣へと駆け寄る。……バイバイ、りゅーのすけ。君のことは決して忘れないから。立ち止まって振り返った分だけキャプテンは私を置いてゆく。そのくせして追い付かないとまた睨んでくるのがローという男。今までの旅でそれを学んでいるので、そうされる前に早足にキャプテンのもとへと戻る。……てか、今の時間ってまだ“昼の王”の時間のはず。私、キャプテンに会えると思って無我夢中で森から飛び出しちゃったけど、これってルール違反なのでは……?

「キャプテン、私先に戻ってても良いですか?」
「あァ? 迎えに来たんじゃねェのか」
「そうなんですけど……私“ネコまむしの旦那”お預かりの身分なので、本当は森から出ちゃダメな人間なんです」
「約束破るほど会いたかったのか、おれに」
「……なんかその言い方意地悪くないですか?」
「……ふっ。もう今更だろ。大人しく道案内しやがれ」
「いや、やっぱ約束は約束なんで! じゃあキャプテン、会えて嬉しかったです!!」
「はァ!? ちょ、オイ!」

 キャプテンの顔も無事に見れたことだし。これで安心して森に帰れる。一仕事終えたような解放感を抱えながらキャプテンたちに手を振り再び駆け出す。町の住人達に見つからないように急いで帰ろう。
 そうして急ぎ足でくじらの森へと戻るとルフィが“侵入者”として侠客団と対峙しているところだった。…………アッ。もしかして私って、森を抜け出して迎えに行ったからにはこういう混乱を防ぐのが役目だったのでは? 目の前で繰り広げられる騒動によって自分の役割を理解するも、もはや後の祭りだ。こうなったらしれっとベポたちのもとに戻ってしまおう。

「そこまでそこまでー!! そいつは知り合いなんだー!!」
「そうだそうだー!! ルフィは良いヤツなんだー!!」
「えェ!? なまえっ!? どこ行ってたんだー!?」
「エェ? ズットイタヨォ?」
「嘘吐けーッ!!」

 ペンギンの突っ込みを視線を逸らして躱していると、ルフィと侠客団の戦いをワンダさんたちが間に入って止めてくれた。ひとまず事態が落ち着いたことに安堵しているとルフィさんが「おうなまえ! さっきぶりだな」とこちらに向かって手を振ってくる。……まずい、それだと私の完璧な嘘に陰りが見えてしまう。

「なななな何い言ってんのるひぃ。ににに年ぶりだってば」
「なまえのおにぎり、スッゲー美味かった! 他にねェのか?」
「え、ほんと? 私おにぎりは得意なんだ! 美味しかったなら良かった! ……ハッ」

 ルフィの言葉に思わず反応してしまった。そのやり取りをシャチのじとっとした視線が捕らえる。その視線すら気付かないフリをしてやり過ごすと、ベポが「おいおいそれより麦わら!! おれ達のこと覚えてねーのか!?」とルフィに声をかける。……良かった、会話が逸れた。

「トラ男はローだよ」
「そうなの!? 知らなかった!! じゃあキャプテン来てくれたんだな!! やったー!!」
「キャプテン早く会いてェよ〜うおーん」
「ふっふっふっ。私は既に会ったもんね」
「……やっぱ会ってるんじゃんかなまえ」
「ハッ! ……あ、ヤバい! 噴火雨だ! 逃げろーッ!」

 会話から逃げるようにジャンバールの肩に乗せてもらい、今度こそ本当に逃げ切れただろうと安心したのもほんの僅かな時間。突然視界が変わり、ゾウから飛び降りた時ぶりの浮遊感が一瞬体を包んだ。しかし今度はその浮遊感は数秒と続かず、あっという間にガッシリとした感覚に体を掴まれる。このホールド感、身に覚えが……。

「わっ、キャプテン!」
「てめェ。迎えに来たくせにおれを置いていきやがったな」
「ご、ごめんなさい。でももうみんなすぐそこに居ますよ!」
「あァ」
「……あ、もしかしてキャプテン。シャンブルズ使うほど会いたかったんですかァ? 私にィ〜うふふ」
「……」
「置いて行って本当にすみませんでした」
「……それより」
「アッハイなんでしょう」

 ゾロさんたちと別れたのか、瞬間移動させられた先にはキャプテンが1人で佇んでいた。再び舞い戻ったキャプテンの腕の中でキャプテンの顔を見上げる。今まで会えなかった分を埋め合わせるように互いを見つめ続けると、段々恥ずかしさがこみ上げてきてふっと視線を逸らしてしまう。キャプテンはそれが気に喰わなかったようで、すぐさまグイっと顎を掴まれ無理矢理視線を絡まさせられた。

「きゃ、キャプテン……?」
「“ガルチュー”とはなんだ」
「え、あえっと、ミンク族の挨拶で、相手の頬に自分の頬を摺り寄せるんです」
「どうやって」
「どうやってって……だから、例えば私の頬をキャプテンの頬に摺り寄せて「実践してみろ」……えっ」

 実践しなくても言葉の説明だけで充分なのでは……? 思わぬキャプテンの命令に困惑してみせても、キャプテンは微動だにしない。「麦わら屋にはしてたじゃねェか」という言葉と共にギュッと皺を作るキャプテンの眉。ああヤバい。不機嫌キャプテンだ。このままだと後が大変になる。せっかくハートの海賊団のみんなとの再会が待っているのに、不機嫌な状態のままはよろしくない。とにかく、キャプテンの希望通りここはガルチューしてしまおう。

「じゃあ……ガルチュ、う!?」

 踵を持ち上げキャプテンの顔に自身の顔を近付けた瞬間。頬を掴まれ唇を奪われた。突然のことに驚き体を揺らしてもキャプテンはお構いなし。その状態で数秒拘束されようやく解放された時、キャプテンは「よく分かった」と満足そうに笑ってみせた。……キャプテン、これはガルチューではありません。

「あとはなまえの握り飯食うだけだな」
「……や、みんなとの再会があります。そっちのが大事です」
「その話とこの話は別モンだ」
「……どゆこと?」
「握り飯は麦わら屋に渡した数の倍食うからな」
「エッまじですか? 私腱鞘炎になっちゃいます」
「安心しろ。医者ならここに居る」
「ふふっ。そっか。もうずっと一緒に居られるのか。じゃあ腕によりを……いや、手首にスナップをきかせておにぎり握りますね!」

 おかえり、キャプテン。戻って来てくれてありがとう。話したいこと、聞きたいことがたくさんあります。だから早く、みんなのもとに一緒に帰りましょう。

BACK
- ナノ -