煙沁

 頂上決戦が終わって間もなく。麦わらの一味の船長であるモンキー・D・ルフィが突如として海軍本部に現れ、オックスベルを16回鳴らした行為で世間だけでなく海軍も大わらわな頃。スモーカーさんは“海軍グランドライン第5支部”への異動を願い出た。異動願いを告げた正しいタイミングでいうと、麦わらのルフィが消息不明になっている最中だ。こんなこと言うと絶対に怒られるけど、スモーカーさんは海兵の中でガープ中将の次くらいに麦わらのルフィのことを高く買っていると思う。……まあ、口が裂けても本人には面と向かって言えないけれども。

 とにかく。忙しい日々が流れながらもスモーカーさんたちは無事にG−5への配属が決定し、新世界へ足を踏み入れることとなった。自分たちが願ったとはいえ、新しい勤務地は“新世界”と名がつくような場所だ。今までとはがらりと変わる環境で、作れる繋がりは作っておいた方が良いだろうという青キジさんの計らいにより、スモーカーさんは海軍専用の客船で開かれる慰労・決起会に呼ばれることになった。

「良いじゃないのなまえちゃん。そのドレス、似合ってるよォ」
「青キジさん」
「それに比べて君の男はなんだってんだ。もうちょい愛想良く出来ないモンかね」
「す、すみませんっ。スモーカーさんはこういう場はどうも苦手で」
「んまァ知ってるからこそなまえちゃんにも同行をお願いしたんだけどね」
「お気遣い感謝します」

 青キジさんも自身のことで色々と忙しいのに。この会にスモーカーさんだけでなく私も行けるように手配をしてくれたことに感謝すると、青キジさんは「良いの良いの。これくらいは上司の仕事としてやっとかないとね」と微笑んでくれた。
 ここで人脈を作っておけば、スモーカーさんがこの荒くれた海を少しでも過ごし易く出来るかもしれない。そんな思いで意気込む私に、青キジさんは優しく声をかけてフォローしてくれるというのに。肝心のスモーカーさんは会場の端っこでしかめっ面を浮かべている。

「悪いけどなまえちゃん。アイツのこと引っ張り出してくんない? なまえちゃん以上に顔を広めておきゃなきゃいけねェのはアイツだから」
「そ、うですよね。ちょっと行って来ます」

 青キジさんに溜息がちに頼まれスモーカーさんのもとへと駆け寄る。そうすればスモーカーさんはぎゅっと眉根を寄せて不満そうに私のことを出迎えた。……彼女がおめかししてるっていうのに。ちょっとくらい目を見張るとかしないのだろうか。まったくつれない人だ。

「スモーカーさん。青キジさんがせっかく呼んでくださったんです。もう少し馴染む努力をしましょうよ」
「そういうのはたしぎに任せてる」
「今日はたしぎちゃん居ないです」

 本来なら私じゃなく右腕として働くたしぎちゃんに声がかかるところだけど、たしぎちゃんを呼んだらこの会場中のグラスが割られかねない。そんな不安が青キジさんにもあったのか、同行者として私の名前が挙げられた。私を指名した理由は“スモーカーさんの恋人”という点による。それを聞いた時、私は“良いのだろうか”とちょっと不安になった。

「私で良かったんですかね」
「あ?」
「スモーカーさんの彼女って理由でここに居ますけど、それってスモーカーさんからしたら“おれの彼女はコイツ”ってみんなに言うようなものじゃないですか」
「それがどうした」
「他の海兵さんは連れて来たとしても部下か奥さんかだし。“彼女”の私が居るのは場違いな気がしないでもないというか……烏滸がましいというか……」
「そりゃお前、おれにプロポーズしろって言ってんのか?」
「えっ!? いや、そういうつもりはなく、」

 慌ててぶんぶんと両手を振ってみせると、スモーカーさんはふうっと溜息を吐く。そうしてじっと私の顔を見つめ「分かってるよ」と呆れ気味に言う。組んでいた腕を崩し、ふわっと手を挙げる。かと思えばその手を一瞬彷徨わせ、最終的に私の肩に落ち着かせて「一服してくる」と言いながら立ち去ってゆく。……今、私のセットした髪の毛が崩れないように配慮してくれた? こちらのことなどお構いなしで手荒に撫でられるいつもの行為を知っているので、こういうちょっとした変化に思わず照れ笑いを浮かべてしまう。頑張ってセットした甲斐あったなあ。
 ゆるゆるとにやける口角を隠すように唇に手を添え、無意味な咳払いと共に気持ちをリセットさせる。今日はスモーカーさんの為に来たのだ。こんなことで浮かれている場合ではない。



「こんにちは」
「あ、こ、こんにちは」
「おひとりですか?」
「え、ええ。まあ……はい」

 スモーカーさん、煙草休憩長くないか? これ絶対サボってるでしょ。声をかけてきた若い海兵は「おれも上司に連れられて来たんですけど、周りが偉い人ばっかで緊張しちゃって」と頬を掻きながら笑う。見た感じ、確かに彼は入隊してそこまで日が経っていないように見える。それでも新世界に配属されているのだから、彼もきっと有能な海兵なのだろう。

「お名前を伺っても……?」
「あ、みょうじなまえです」
「なまえさん。素敵な名前ですね。配属先はどちらですか?」
「えっと……厳密にいうと私ではないんですけど……G−5に」
「ジッ」

 どこの支部代表として来てるのかと問われ、スモーカーさんの配属先を告げると目の前の爽やかな面差しに陰りが見えた。ピシリと固まった笑顔を不思議に思い見つめていると、「あ、あー……G−5なんです、ね……アハハ……た、大変だあ」と言葉を引きつらせながら若い海兵はふらりと姿を消してしまった。G−5支部というとかなりの確率でああいう反応をされる。スモーカーさんが選んだ配属先はどうやら新世界でも結構な難所のようだ。だからこそ、余計こういう場で繋がりを築いておきたいというのに。肝心のスモーカーさんは一体どこに消えたのだ。

「あ、居た!」
「声かけられてたじゃねェか。アイツについて行かなったのか」
「行きませんよ。いくら人脈を作りたいからって、ナンパには乗りません」

 出入り口にポツンと佇んでいたスモーカーさんを見つけ駆け寄るなり、心外な言葉を投げつけられた。私のことを煙みたいに軽い女とでも思ってるんだろうか。だとしたら恋人の為にここまで来ないだろう。
 私の労力などまるで分かろうともしないスモーカーさんにむっとし、「ついて行けば良かったですか?」と睨め上げる。そうしたらスモーカーさんから負けないくらいの眼力で睨み返されてしまい、思わず怯んでしまった。……そんな怒らなくても。

「大体、おれたちG−5と仲良くやろうなんざ思う変わりモンが居るとしたら、わざわざこんな会で顔を合わせることもねェだろ」
「でも参加しておくに越したことはないです。せっかく青キジさんが忙しい中手配してくれたんですし」
「だとしても、何が面白くてテメェの女を他所の野郎共に見せつけなきゃいけねェんだ」
「……やっぱり私じゃダメですか?」

 スモーカーさんの隣に並ぶ人として、私は不釣り合いだったかもしれない。再び湧き起こる不安を口にすれば、スモーカーさんは先程と同じように呆れたような深い溜息を零す。

「なんでお前はそう卑屈になるんだ」
「だって……」
「綺麗に着飾ったお前を誰にも見られたくねェって意味だアホ」
「えっ」

 おれには勿体ねェくらいだと口早に言うスモーカーさん。その言葉が嘘でもお世辞でもないことくらい、スモーカーさんの彼女だから分かる。青キジさんに話しを持ちかけられた時からずっと不安だったけど、今の言葉だけで“ここに来て良かった”と思える。

「じゃあ、もっと頑張りますね!」
「はァ? なんでそうなんだよ」
「だって私、スモーカーさんの彼女ですから。綺麗だって思ってもらえる姿でみんなと接したら、その分スモーカーさんへの印象が良くなるかもしれません」
「どういう理屈だそりゃ」
「えへへ。私今、もしかしたらこの世で1番可愛いかもです」
「大袈裟なヤツだ」

 大袈裟でもなんでもない。スモーカーさんの言葉にはそれくらいの力があるのだ。にっこりと笑い、再び会場に足を踏み出そうとした瞬間、腰にがっちりとした腕がまわされた。

「スモーカーさん?」
「なまえの理屈で言うと、“おれの恋人”とししてなまえを自慢してまわれば良いってことだろ?」
「ん? え?」
「おれの評価も上がる。んで、なまえはおれのモンだっつう宣伝も出来る。一石二鳥だな」
「えっと……?」
「それなら、参加する意味があるな」
「どういう意味ですか??」

 そう言われた瞬間はよく分からなかったけど、その後ずっと腰を抱かれた状態で会話をする人全員に「大切な人の為にも頑張ります」なんて言葉を言ってのけるスモーカーさんによって、充分過ぎるくらいに分からされるのだった。

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