自由を愛する

「なまえ、付き合え」

 ポーラータング号が浮上し辿り着いた島。そこは今まで通過した島の中でも栄えている方で、こういう場所には食料や日用品を求めて上陸するようにしている。キャプテンは潜水艦に残って船番をすることも多いけど、ここには大きな本屋さんもあるみたいなのでキャプテンも上陸組になることにしたらしい。キャプテンが居残り組になろうが、上陸組になろうが私は構わない。いつだって私は居残り組を選ぶのだから。――そういう気持ちでいられたら気楽なのになぁと思ってしまうのは、贅沢なことなんだろうか。

「おい」
「い、今行きますっ!」
「着替えねェのか」
「す、すみません……」
「まァ良い。さっさと行くぞ」
「は、はい」

 手を差し出され、その手を恐る恐る握るとぐいっと引き寄せられ私の遠慮などないものとされる。そうして手のひらを絡めるようにして握られると私は体をガッチガチにして、歩みもぎこちないものになってしまう。そんな私の反応をキャプテンは気付いていないのか、それとも気付いているのに知らんぷりをしているのか、手を離すことなく街中へと歩みを進めてみせる。ここで僅かばかりの抵抗としてキャプテンから距離を取ろうとしようものなら、腰に手を回され逃げ場を失うことは既に学んでいるので、大人しく恋人繋ぎをするしかない。



「なんか良いモン見つかったか」
「良い匂いのハンドソープがあったので、それを買いました」
「そんだけか」
「はい。みんなで使うのが楽しみです」

 色んなお店を見て周り一息つこうと立ち寄ったカフェ。案内されたカフェテラスで紅茶を飲むキャプテンは、本当に絵になる。本人はティーカップを眺めながら「湯呑みのが飲みやすいな」なんて少しじじくさいことを言ってるというのに。私はティーカップを持つ姿も中々様になってると思うけど。
 向かい合って座るキャプテンの姿をバレないように見つめていたつもりだったけど、キャプテンにはバレバレだったらしい。ティーカップに向けていた視線をゆるりと上げて私の瞳を捉えるキャプテン。その視線から逃げるように食していたサラダにフォークを持っていけば、キャプテンの視線もその動作を追う気配を感じミニトマトを刺し損ねてしまった。

「なァ、たまには違う服着ろよ」
「っ、や、あの……それは、」
「ここ夏島だぞ」

 キャプテンの言う通り。ここは夏島の夏で、1番暑い気候だ。そんな島で長袖のつなぎを着ているのは辺りを見渡しても私だけ。ペンギンやシャチたちも上陸前に服は着替えていた。私は寒がりでもないし、今だって結構暑いと思っている。だけど、そう簡単につなぎを脱げるわけでもない。

「もう治ってんだろ」
「それは……そうなんですけど、」
「じゃあ自信持て。お前は綺麗だ」
「っ!」

 この人はなんで恥ずかしげもなくこんな威力の高いワードを放てるんだろうか。隠せない耳に熱が集まるのが分かって思わず耳に手を当てた私に「顔も赤ェぞ」とニヤリと笑うキャプテン。肌が白いことよりかはマシだけど、赤くなりやすい体質なのも困りものだと思う。というかキャプテンはそれを分かってわざとに言ってるの、本当に悪趣味だ。私が顔を真っ赤にして恥ずかしがる姿を見たいがために意地悪を言ってみせるところ、正に海賊って感じだ。……やられてる私も海賊なんだけれども。

「珀鉛病はおれが治してやっただろ」
「ありがとうございます」
「礼はいい。もうもらってる」

 フレバンス――白い町。私がそこに居たのはほんの数ヶ月だけだったけど、珀鉛病は私のことも襲った。周囲の人がどれだけ「この子は軽症だから」と訴えてくれても政府の人間は誰も聞く耳なんて持ってくれなかった。そうして無差別という名の差別によってフレバンスは焼かれ、そこに居た住人は皆等しく殺された……はずだった。
 私は、あの町の生き残りだ。あの時「私だけでも」と決死の思いで町の人たちが逃してくれたおかげで私は逃げることが出来た。

 だけど。本当はあの時、私に生きる気力なんて残っていなかった。家族も友達も、全員を失った世界を私独りでこれからどうやって生きていったら良いかなんて分からなかった。私だけを生かすなんて。世界はどこまでも不平等だと死体の山を前に嘆き立ち止まっていた時、その陰でうごめく何かを見つけ視線を向けた。そこには死体に隠れて必死に逃げる私と同じくらいの男の子が居て、生きているのか死んでいるのかよく分からない瞳を浮かべていた。その子を見た瞬間、私は決して独りではないのだと思うことが出来た。そして、私にもあれくらいのことをしてでも生きないといけない理由があると思い直した。

 それから必死にフレバンスを離れ国境を越え、人目を避けて生き続けた先でキャプテンに出会った。キャプテンは私の体を見るなりROOMを展開し、「生きろ」と言ってオペを施してくれた。
 私は、キャプテンに救われた。だからキャプテンと共に生きることを決めた。そこからベポやペンギン、シャチたちと過ごしていくうちにキャプテンもフレバンスの生き残りで、あの時の少年であったことを知った時は思わずキャプテンに抱き着いて泣いてしまったのを覚えている。この人に私は2度も命を救われているのだと恩義を感じ「何かお礼を」と尋ねた私にキャプテンは「じゃあおれの女になれ」と、そう言ったのだ。

「キャプテンの恋人が、私なんかで良いんでしょうか」
「くだらねェこと言うな」
「でもこの町にも美人な人はたくさん居るし、スタイル抜群な人だって多いし……」
「なんだ、なまえはおれに目移りして欲しいのか?」
「い、やっ……それは嫌です、けど」
「じゃあもう変なこと言うな」

 そうは言うけど。でも気にはなってしまうものだ。病気を患っていた頃からずっと、私は色んなことを気にするのがクセになってしまっている。キャプテンのおかげで白かった肌も綺麗に元通りにはなった。それでも肌を出すことに抵抗が残る私を見て、ベポたちが「おれらのユニフォームはコレにしよう」とつなぎを着ながら笑いかけてくれた。彼らのそういう優しさは本当にありがたいし、今でもハートの海賊団の一員になったこと後悔はしていない。ただ、キャプテンの態度だけが未だに私を戸惑わせる。
 今日だって色んなお店を見てまわったり、本屋に行ってゆったりとした時間を過ごしたり、雑貨屋さんでピアスを贈ってもらったり。仕上げにカフェで一息だなんて。まさしくカップルそのものじゃないか。しかもずっと手は恋人繋ぎでがっちりホールドされていた。

「キャプテンは、恥ずかしくないんですか?」
「何が」
「こんな化粧っ気のない、服だってつなぎを着てる女が隣を歩いてるなんて」
「相手はなまえだからな」
「っ、」
「おれがおれの意志で選んだ女だ。誰になんと言われようが関係ねェ……が、いつまでもしみったれた顔されんのは癪だな」
「えっ」
「おれがエスコート下手なクソ野郎みてェじゃねェか」
「ち、違っ! す、すっごく楽しいです!」

 キャプテンの言葉に喰い気味に言葉を重ねると、キャプテンの瞳が再び私を捉える。……あぁ、やっぱり。キャプテンは私の密かにはしゃぐ気持ちだって見抜いてた。だけどあえてこうして私の口から言わせるんだから、やっぱりキャプテンは意地悪だ。

「また赤くなった」
「わ、私だって……キャプテンと一緒に居るの、た、楽しいです」
「じゃあもっと楽しそうにしろよ」
「す、すみません……」

 お互いの気持ちは等しく同じ大きさで想いあっていると、私自身は思う。だけど、私の性格がこうなせいで他のカップルよりスムーズに愛情表現が出来ない。そのことが申し訳なくて項垂れていると、キャプテンが椅子から立ち上がる。その姿に慌てて私も席を立てば「荒療治しかねェな」とキャプテンは不敵に笑う。……こうなったキャプテンはもうどうにもならない。



「キャ、キャプテン〜……」
「良いじゃねェか」
「なんかスースーします」

 カフェを出た足で向かったお店。そこでキャプテンは「コイツに似合いそうな服を見繕ってくれ」と店員さんに声をかけ、あっという間に始まったファッションショー。初めはキャプテンの前に出るのさえ躊躇っていたけれど、キャプテンが“ROOM”と言いかけたのを聞いて観念した。あのままだったら“シャンブルズ”で問答無用に移動させられていただろう。それなら自分のタイミングで出て行った方が幾分はマシだ。
 そんな思いでキャプテン相手のファッションショーをこなし、最後の1着となった時。中々フィッティングルームから出て来ない私に痺れを切らしたキャプテンが近付いて「開けるぞ」と言いながらフィッティングルームのドアを開けた。

「キャ、キャプテン〜……」
「良いじゃねェか」
「なんかスースーします」

 人生で初めてではないだろうか。こんなに丈の短いスカートを履いたのは。足元の開放感が慣れなくて思わず太ももに手を這わせる。可愛いけど……なんかちょっとムズムズするっていうか……。恥ずかしいっていうか……。

「今試着したやつ全部くれ。そんでコレはこのまま着て帰る」
「エッ!?」

 キャプテンの言葉にバッと顔をあげるも、キャプテンは既に会計作業に入っていて、その行動の早さに呆気に取られているうちに服のタグも切られてしまった。そのままキャプテンに腰を引かれながら退店し、再び出歩く街中。……なんか気のせいかもだけど突き刺さる視線の数が増えたような……。

「キャプテン……」
「どうせなら呼び方ももっとそれっぽいものにしろ」
「それっぽい、とは?」
「恋人同士ならではってことだ」

 腰にまわされた手を引き寄せられぐっと近付くキャプテンの顔。……この人完全に楽しんでるな。証拠にキャプテンの目線は私の赤く染まった頬に向いている。これはもう大人しく要求を呑むのが1番手っ取り早い。

「ロー、さん」
「ロー“さん”ねェ」
「呼び捨ては、ご、ご勘弁を……!」
「いや。“さん”付けも悪かねェ」

 “ローさん”と呼ばれることに満足感を覚えたのか、その後も何度か「おれの名を呼べ」と要求をされた。その要求に応えることにもほんの少し慣れを覚えた頃。ローさんの顔が不機嫌なものへと変わり始めた。

「ローさん?」
「やっぱ気に喰わねェ」
「へっ?」
「おい、なまえ。お前やっぱ着替えろ」
「え? や、やっぱり似合いませんか……?」

 ローさんの言葉に狼狽する私に、ローさんは「違う、そうじゃねェ」と舌打ち混じりで言葉を返す。よく意味の分からない言葉に首を捻っていると、ローさんは自身が羽織っていたシャツを私の肩に被せてきた。

「おれ以外の男がなまえのことを見るのが気に喰わねェ」
「見……てますか?」
「お前自身がはっきりと分かんねェ視線ってことだろ。そんなの、邪な目線以外の何ものでもねェ」
「そう、ですかね?」

 そんな対象で私のことを見るのはローさんくらいでは? 思わず溢れ出た言葉に「お前は一生その認識でいろ」と悪戯に笑うローさん。そして私の肩にかけたシャツを引き寄せた後、私にお金を渡し「この金で下着屋に行ってこい」と爆弾発言を投下してみせた。

「えぇっ!? な、なんでですかッ!?」
「その後ホテルに行くぞ」
「〜ッ! な、なんっ、ちょっ、なっ」
「なまえの肌をもっと見てェと思って荒療治に出たが。別にそれは街中を出歩かなくても出来るってことに気が付いた」

 彼氏のおれなら――と囁かれた言葉に、私は頬だけじゃなく耳まで真っ赤に染め上げてしまう。なんなら首やら鎖骨まで赤くなっていると思う。そんな私の反応を満足そうに見つめて「なまえがおれに見られたい下着姿は、一体どんなモンなんだろうなァ?」なんて追い討ちをかけてくるローさん。

「ほら、早く。行けよ」
「……コレは、決定事項ですか?」
「あぁ。全部計画通りだ」
「絶対嘘ですよね?」
「計画通りだ。計画通りにお前を抱く」
「う、嘘だ。ローさんはいっつも突発的じゃないですかっ」
「うるせェ。早く行かねェとROOM張るぞ」
「い、行きますっ! 〜もうっ!」

 ローさんはいつだって意地悪だ。だけど、最後にはいつも優しく抱き締めて「愛してる」って言ってくれるのを知っているから。だから私は、ローさんの彼女で居ることを辞められない。どれだけ自信が持てなくても、過去に患っていた病気に引っ張られても、そんな私ごとローさんは私を愛してくれるから。私はそんな自分が生きていることに理由なんて要らないと思えるのだ。
 生きたいように生きる。居たい人たちの傍に居る。愛したい人を愛する。愛されたい人に愛される。そこに、理由なんて要らない。だって私たちは、自由な海賊だから。

BACK
- ナノ -