ONE PIECE for me

「おい。なんでこんなとこに居るんだ」
「……キャプテンに会いたくなかったから」
「……ハァ。それが船長に対する態度か?」

 “シャンブルズ”という声が聞こえたかと思ったら、私の体はキャプテンの隣に移動させられていた。……キャプテンじゃなく、私のことを動かすのもなんか癪だ。キャプテンが私に近寄りたいのだろう。ならばキャプテンが移動するべきだ。本当に、自分勝手な男だ。

「おいなまえ」
「放っておいてください。今までみたいに」
「何を怒ってる」
「絶対心当たりありますよね!?」

 私には瞬間移動なんて技はないので、動かされた分の距離を埋め合わせるように大股で歩いたというのに。今度はシャンブルズを使うまでもなく腕を掴まれ呆気なく捕らわれてしまう。それでも抵抗の意思を示そうと顔を背ける私に、キャプテンは舌打ち混じりで「なまえ」と私の名を呼ぶ。……そんな声で呼ばないで欲しい。私を置いていったのはキャプテンじゃないか。

「言え。何が気に喰わねェんだ」
「私たちを放っておいたこと」
「別に放ってねェだろ。こうして来たじゃねェか」
「なんの相談もなくドフラミンゴを討ったこと」
「……言う必要がなかった」
「死ぬつもりだったこと」
「…………。死んでねェだろ」
「そのくせして、私に指輪を嵌めたこと」
「…………悪かった」

 ようやく引き出した小さな小さな謝罪。それを聞いてキャプテンに捕まれた腕にぐっと力をこめる。やっと謝ったかと思ったら。よりにもよってどうしてそこを謝るのか。……やっぱり腹立つ。どんだけ自分勝手なの。死ぬ覚悟を持ってドフラミンゴと戦うつもりだったくせに、どうして船を離れる前に私の指にこんな鎖を巻き付けたのか。こんなの、勝手以外の何ものでもない。

「しかも趣味悪過ぎです」
「あ? なんだ、デザインが気に入らねェのか?」
「違う! 嵌める場所!! なんで左小指なんですか!」

 キャプテンが“所用で船を離れるので、ゾウで待っておくように”と指示を下したあの日。キャプテンは私たちにまともな挨拶もなく夜のうちにひっそりと船を離れた。みんなが「寂しいィ〜!」「キャプテン会いてェよ〜!!」と騒ぐ朝を迎えながら伸びをした瞬間、私の指に指輪が嵌められているのに気が付いた。そして、指輪と交換するかのようにキャプテンのビブルカードがなくなっていたことにも。
 キャプテンが抱える過去は知っている。だからこそキャプテンの行く先を知った時、私は初めて自分の指に嵌められた指輪の意味を悟った。

「まだお嫁に行ってすらないのにウィドウリングを嵌めるだなんて。趣味悪過ぎ!」

 薬指に嵌めてくれなかった理由――。その意志に思い至った時から今日まで。私がどれだけ心をめちゃくちゃにされたと思っているのか。もしかしたらキャプテンとはもう会えないかもしれないと思って気が気じゃなかった日々を、キャプテンはちゃんと知っているのか。それに気付いた上で私たちのもとに戻って来たのか。
 そういう部分にモヤがかかった状態で、キャプテンとの再会を喜べる気がしなかった。だからルフィとくじらの森で再会してからすぐ森の奥へ逃げたというのに。キャプテンはそんな距離なんて容易く埋めてみせる。私の、“会いたい”と願う気持ちさえも。簡単に叶えてみせる。……とことん腹立たしい男だ。

「グチグチ言うくせに嵌めてんじゃねェか。それは一体どういう腹積もりだ」
「それは……っ! キャプテンがせっかくくれた物だし……」
「腹が立つなら、外して捨てちまえば良かっただろ。別に海楼石でもあるめェし」
「……っ! 分かりましたッ! 外します! 良いですか!? 見ててくださいよっ!?」

 ついさっきまでしょぼくれた謝罪をしていた男とは思えない。私の言葉をニヤニヤとした表情で聞き、更には“やってみろ”と挑発せんばかりの表情に変えてみせるキャプテン。ああ腹立つ。本当に腹が立つ。腹が立つから、私もカウンターを喰らわせてやろう。
 ……指輪を外し、振りかざしたものの。その腕を振り切ることが出来ない。どれだけ挑発されようとも、この指輪を手放すことなんて、私には出来ない。だってこの指輪は、私の宝物だから。

「どうした。投げねェのか」
「……もし私が指輪を嵌めてなかったら。キャプテンはどうするつもりだったんですか?」
「生きてなまえのもとに戻った今、それは許さねェ」
「死んだとしても許してくれなかったですよね?」

 じゃないと小指に指輪なんて嵌めないだろう。その意味を含ませた質問には「まァな」という声を返された。「キャプテンって意外と執着するタイプなんですね」と零した感想には、舌打ちを返された。いやだってそうじゃん。

「コラさんのことを想い続けてドフラミンゴを討つなんて。よっぽどの意志がないと出来ないですよ」
「当たり前だ」
「それだけ一途ってことじゃないですか」
「初めからそう言え」
「痛っ」

 ぎゅむっと鼻を摘ままれ思わず顔をしかめる。そうして「ごめんなさい」という謝罪を引っ張り出され、私の負けだと認めればキャプテンの指がぱっと離された。……んもう。結局いっつもキャプテンのペースだ。あの謝罪は幻だったのか? 結局投げられないままの指輪をさてどうしたものかと眺めていると、“DEATH”と彫られた指がその指輪を攫っていった。

「あっ」
「要らねェんだろ?」
「い、要るッ」
「ああ? 散々文句言っといて、結局要るのか?」
「だって……。これはキャプテンの気持ちそのものですよね?」
「…………まァ。そうだが」
「私も、同じ気持ちだから。例えキャプテンが死んじゃったとしても、私はずっとキャプテンが好きだから。……だから。だから……」

 “キャプテンの死”――そのことを口にした途端、瞳からボロボロと涙が溢れだした。ずっと我慢していた。そのことを考えないように、意識しないように。必死に誤魔化して過ごした日々は、本当に辛かった。その我慢を越えた先で、こうしてキャプテンに会えた。……会いに来てくれた。
 キャプテンは存外思いやりのある人だ。めちゃくちゃ分かりにくいけど、きちんと自分の想いは形や行動にして表してくれる。それがこの指輪であり、生きて戻って来てくれたキャプテン自身だ。

「ちゃんと戻って来てくれて……私を迎えに来てくれて……ありがとう」
「あァ」
「キャプテン……私、私も……ずっとキャプテンのことが好き……大好き……」

 キャプテンの顔を見上げた拍子に零れた涙。それをキャプテンの指が拭い、そのまま口付けを落とされた。塩っ気のあるキスに思わず目を閉じれば、1度離された唇がすぐに降ってくる。3回目は私から口付けると、キャプテンは私の腰を支えてそれに応じてくれた。そうして何度かキスを交わしたあと、どちらからともなく顔を離す。

「左手、出せ」
「え?」

 少し息が上がる私とは対照的に、息切れすら起こしていないキャプテンは突然“手を出せ”と言ってきた。その意図が汲めぬまま言われた通り手を差し出すと、キャプテンはその手をとって指輪を2つ嵌めてみせる。1つは小指に。そしてもう1つは薬指に。それぞれピッタリのサイズで嵌る指輪を見つめていると「これで文句ねェだろ」と低い声でぶっきらぼうに言ってのけるキャプテン。

「文句ならあります」
「あ゛あ!?」
「プロポーズはきちんとしてください」
「……チッ」

 盛大な舌打ちのあと。駆け抜けるかのような言葉で「おれとけっこんしろ」と言った言葉を、私は一言一句聞き漏らさなかった。
 生きている間も、例え死が私たちを分かつとも。いつまでも傍に居て欲しいと願ってくれる想いに。私は私の人生を懸けて応えようと思う。

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