世界一の場所

 ゲッコー・モリアをようやくの思いで倒したところに突如現れた七武海。バーソロミュー・くまと呼ばれるそのくまは、「“海賊狩りのゾロ”お前から始めようか……」とゾロを指名してみせた。
 バーソロミュー・くまの言う通り、確かに私たちは出来る側の人間だ。そんな素直に褒められて照れないわけがない。とはいえゲッコー・モリアとの闘いが終わったばかりの今ではさすがに分が悪い。どうしたものかと考えているうちにも2人は戦闘を始めてしまい、バーソロミュー・くまは続け様にフランキーやサンジくんにダメージを与えてみせた。

「“麦わらのルフィ”の首1つおれに差し出せ」

 その代わり、私たちの命は助けてやる。
 バーソロミュー・くまの出した条件。それを私たちがおいそれと飲むわけがない。「断る!!!!」全員の意志が言葉となり表に出た瞬間、バーソロミュー・くまの手から大きな衝撃波が放たれた。私の記憶は、そこで途絶えてしまった。



 目が覚めた時、私たちは何故か全員無事に生き延びていて、ルフィなんかは元気いっぱいになっていた。あんなに強いくまを前にして、全員の命があることが不思議でしょうがない。疑問で脳内を満たし、記憶が途切れる前に言っていたくまの言葉を思い出す。……ゾロ。

「なまえちゃん!」
「サンジくん! ゾロはどこ!?」
「アイツ1人で格好付けやがって……! 一緒に来るか!?」
「うん……!」

 バーソロミュー・くまは戦闘が始まる前にゾロを指名していた。そのゾロだけが見当たらない。そのことにひどい胸騒ぎを覚え、サンジくんと一緒に広場から駆け出す。ただの迷子なら良いけど……という希望は、「あの野郎……なまえちゃん遺してどうするつもりだったんだ……!」と隣で歯噛みするサンジくんの言葉によって噛み砕かれた。この世界はそんなに甘いものじゃないと覚悟はしている。だけど、ひどく揺れる心は仲間として、恋人としてしょうがない。ここで揺れない心を持ち合わせるほど私は冷たい人間にはなりたくもない。……どうか、無事でいて。

「ゾロ……!」
「いた……!!」

 駆け寄った先には大量の血を流しどうにか立つゾロの姿。サンジくんがここで何が起こったのかを問い詰めても、ゾロは「…………なにもな゛かった……!!!!」と言葉を吐くだけ。そうして私の姿を見るなりふっと意識を飛ばし私に体を預けた。……ゾロがこんなになるなんて。絶対に何かあった。荒い呼吸を繰り返すゾロを抱き締め、ぎゅっと目を瞑る。ゾロが死ぬかもしれない。その思いから体を震わせていると、サンジくんが肩に手を置き「なまえちゃん遺して死ぬようなタマじゃねェさ。急いでチョッパーに診てもらおう」と微笑みかけてくる。その言葉の優しさに鼻を啜りしっかりと頷く。私が……私たちが絶対に助けるから。だから死なないで、ゾロ。



「頼まれたものも持ってきたぞ」
「チョッパー!!」
「お!! ありがとう!!」
「具合どうだ?」

 1日が経ち、ゾロ以外の全員が回復し宴の準備が行われる中。ゾロだけは未だに目を覚まさない。寝ずの看病をチョッパーと共に行ったおかげでどうにか持ち直しているけれど、今も絶対安静の状態だ。

「なまえも寝た方が良いぞ?」
「ありがとう、チョッパー。でも私、段々腹立ってきちゃって」
「え?」
「だって恋人の私がここまで献身的に看病してやってんのよ!? なのに全然起きないとか!! ありえなくない!?」
「あ、相手は患者だぞ……?」
「患者の前に恋人よ! こんなに心配させてるんだから、早く目覚めるべきでしょ! ねえチョッパー!!」
「お、おれは……人間の恋愛事は分かんないから……」
「まあでも。ドクターチョッパーに診てもらってるんだから。絶対大丈夫。だよねチョッパー」
「そ、そんなに褒められても……嬉しくねーぞ、コノヤロー」

 チョッパーの喜びダンスを見つめてふっと笑っていると外に出ていたサンジくんが戻ってきた。そして私に近付き「このバカが何したか。なまえちゃんには知る権利があるとおれは思う。知りたいか?」と耳打ちしてきた。その言葉にそっと首を振り「ゾロは知って欲しくないだろうから。大丈夫、ありがとう」と言葉を返す。
 きっと、ゾロは私たち一味の為に命を張ったのだろう。そうまでして私たちを守ってくれたその行為を、ゾロは“何もなかった”と言ってみせた。そこにゾロのプライドがある気がしてならない。だったら私は、そのプライドを尊重したい。ゾロが何をしたのか、その真実は私じゃない別の仲間がきちんと知ってくれているからそれで良い。その気持ちをサンジくんも汲み取ってくれたらしく、「お見逸れしました。レディ」と笑ってくれた。

「なまえはゾロのこと、本当に大事なんだなァ」
「でもねチョッパー。それとこれとは別に起きたら1発喰らわせるから」
「エェ〜〜!? 女心って難しいなァ……!」



「ん、」
「ゾロ……!」

 ゾロが眠り続けて更に1日が経った日の夜。皆が寝静まった部屋にゾロの呻き声が響いた。うつらうつらしていた意識を慌てて覚醒させると、ゾロも意識を取り戻し瞬きを数回繰り返す。そうして何度か私を見つめながら瞼を瞬かせ、「天国に来たのか?」と掠れた声で言葉を吐き出す。

「こんな可愛い天使、空島に居た?」
「……さァ。覚えてねェ」
「ちょっと!!」
「う゛ッ」
「あ、ごめん」

 本当に1発かましちゃった。サッと手を引こうとすると、その手を掴まれゾロの胸元に持って行かれた。行動の意図が読めずにいると「動いてるか? おれの心臓は」とゾロが問う。

「うん。ちゃんと動いてる」
「そうか」

 ふっと笑みを溢すゾロにぎゅっと抱きつくと、ゾロは「おいおい。病み上がりの人間だぞ。ちったァ手加減しやがれ」なんて言いつつも、しっかりと受け止めてくれた。心配かけさせたんだから、これくらいは我慢しないよ。そう口にする代わりに腕にこめる力を増やすとゾロも何も言わずに抱き締め返してくれる。その力はいつもより優しいので、きっとゾロ自身も申し訳ないとは思っているのだろう。

「私、強い女だから。だから、この旅で何が起こっても覚悟はしてる」
「あァ」
「でも。それでも、みんなに、ゾロに。何かあったらすっっごく怖いんだからね……!」
「悪ィ。少し寝過ぎた」
「ほんとよ……!! 寝過ぎてそのまま死んじゃったら、とんだ笑い者だったんだからね……!」

 笑い者の彼女とかどんだけ恥ずかしいの……! そう続ける声は震えてしまっていて、ゾロに泣いていることがバレてしまったかもしれない。それでもゾロは笑わず優しく背中を撫でてくれた。それがまともに睡眠をとっていない私の体には落ち着くもので、まるでぐずりながら甘える赤ん坊のようになってしまう。ゾロにあやされて寝るなんて、私こそとんだ笑い者だ。

「死ぬ覚悟はあった」
「……うん」
「だが、そう易々と死ぬつもりはねェ」
「うん、」
「おれは世界一の剣豪になる男だ」
「そうだね」
「そんでルフィは海賊王になる男だ。その姿を見届けるまで、おれは簡単には死なねェ」
「そうじゃないと、私が困る」
「ハッ。言うじゃねェか」

 ゾロの笑う声が耳元で聞こえる。その声を聞きながら私は、再び意識を手放してゆく。けれど今度はバーソロミュー・くまと対峙した時とは違って、心の底から安心して手放すことが出来る。だってここは、私が世界一安心出来る場所だから。

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