Grow up

 菅原孝支。通称スガ。彼は私にとって高校時代からの友達だ。今は飲み友達と言った方がしっくりくる。スガは基本的に優しいし、なんだかんだ言いつつも相談にも乗ってくれる良き人間だ。……けれど。

―ごめん☆今日の飲み、ブッキングしてた☆

 これがやらかした人間の態度か。昼休みに届けられた吹き出しを見て思わずスマホを握る手に力が入る。スガはちゃんとしてるようでちゃんとしてない。決定的なミスとかはしないけど、どこかしらでやらかすことが多々ある。思えば高校時代からスガの机やロッカーはぐちゃっとしていたし、そのせいで貸していた教科書を返してもらうのに私まで捜索させられるはめにもよくなったものだ。
 スガは、そういうヤツだ。諦めにも似た気持ちを抱きながら“向こう優先して良いよ”と返すと“いや、さすがにそれは申し訳ない”というメッセージと共になんともいえない表情をした犬のスタンプが届く。なんだこの犬。どこで手に入れたんだ。

―でもブッキングしてるんでしょ?
―してる☆テヘッ
―おい
―すいません
―別にスガと今日飲まないと死ぬとかじゃないし。いつでも良いよ私は。飲みたくて仕方ないとかでもないし
―そこまで言われんのもちょっとフクザツ
―めんどい彼女ムーブやめて。めんどい

 ぽこぽこと続くラリー。次くらいで既読スルーしようかなとか思っていたら“解決策として、そんまま3人で飲まねぇ?”と話を前に進める内容が届けられた。おっと? これは予想外の進路だな。3人で、って。相手にもよるな。

―ブッキングの相手誰?
―ナイショ。場所と時間は決めてた通りで良いから
―シークレットゲストみたいな扱いやめて? 良いから教えてよ

 数分経っても返事は来ず。なんでこのタイミングで既読スルーなの。ムッとする気持ちを手のひらでぎゅっと握りしめてスマホの画面をオフにする。こうなったらもう行くしかない。……相手、まじで誰なんだろう。



「みょうじ、こっちこっち」

 スガに手招かれ座敷に向かうと、スガの隣に1人の男性が座っていた。確かこの人……「澤村、だよね?」ぼんやりと浮かぶ顔と名前。合ってるか尋ねるように名前を口にすると男性は「おう。みょうじ、だよな? 久しぶり」と爽やかな声色で返事を返す。良かった、合ってた。

「スガのせいでこんなことになっちまって……ごめんな」
「ううん。スガだもん。しょうがないよ」
「ちょっとみょうじ〜〜“俺だから”って何よ」
「みょうじはスガのことよく知ってるんだな」
「大地までっ! 何もうちょっと」
「自分がやらかした側の人間って分かってる?」
「テヘッ」

 テヘッを真顔で言うスガ。顔と言葉のギャップにやられてしまった私と澤村が笑い声をあげる。笑ってしまったらもうスガのやらかしは許したも同然だ。まぁそもそもそんなに怒ってないし良いんだけど。

「みんなビールで良いべ?」
「ありがとう」

 一応スガも悪いと思っているのか、率先して注文をしてくれる姿に溜息を混ぜつつお礼を言う。オーダーの間、広げられたメニュー表をぼんやり眺めながら視線を散らすと、目の前に座っている澤村に辿り着いた。ちらりと見上げてみると澤村も同じようにメニュー表を眺めていて視線が合うことはない。その隙にまじまじと見つめる澤村。……なんか。

「なんか澤村、デカくなったね」

 “大きくなった”というよりかは“デカく”なった。その違いがなんなのだと訊かれるとうまく答えられる自信はないけれど。なんとなく、記憶の中に居る高校時代の澤村に比べるとそう思える。まぁ高校時代澤村とはまともに喋ったこともなかったけれども。

「よ、横にか?」
「ふふっ。横といえば横だけど。太ったとかじゃないよ」
「そうか。なら良かった」

 居酒屋で再会した時からどっしりとした雰囲気を感じていたのに、“太ったか”と訊く時だけは分かりやすく狼狽えてみせた澤村がおかしくてつい吹き出してしまった。その反応を見て澤村は困ったように頭を掻いている。

「適当につまみ系頼んだけど。他になんか食べたいのある?」
「じゃあ俺からあげと串焼きのコレとコレとコレと……あと……」
「ふふっ」
「ん?」

 再び吹き出した私を見つめて今度はきょとん、とする澤村。その様子に詫びを入れながら「ごめん。気にするのにガッツリ食べはするんだと思って」と笑いの原因を白状すると澤村は恥ずかしそうに口元をまごつかせてみせる。その様子を見て3度目の笑い声をあげてしまうのはどうしようもない。澤村とこうやってちゃんと話すのは今日が初めてだけど、なんか楽しいかも。

「大地は体力勝負だもんな」
「体力勝負?」

 追加注文のオーダーを終えたスガが会話に参加してくる。体力勝負ってなんだろう。職業柄ってことだろうし……。澤村って今なんの仕事してるんだ?

「大地は「待って。当てたい」

 スガの言葉を手で遮って澤村の顔をじっと見つめる。じっと見つめたらピンと来るかは分からないけども。ひたすらまじまじと見つめ続けると澤村の表情が再び少し赤らむ。赤……分かった。

「消防士だ!」
「ブッブー。大地検定不合格!」

 唇を尖らせてブッブーと言い続けるスガを見て「大地検定ってなんだ」と今度は呆れたような表情を浮かべる澤村。結構良い線行ってたと思ったんだけどなぁ。違ったかぁ。

「でも惜しくはあるよな」
「そうなんだ?」
「俺と同じ公務員だし」
「……待って? ポリス?」

 静かにそっと口にしたカタカナ3文字。その言葉から数秒の間を置いたのち、スガが「……すうぇいかい!!」と私を指差しながら叫ぶ。ポリスなのか。ポリス澤村。……合ってるな。

「っぽい」
「ぽい、のか? なら嬉しいです」
「ふふっ。澤村検定合格だ」

 そう言うと澤村は少し笑い、けれどすぐにしたり顔になって「俺検定に合格するにはたった1問じゃダメだな」と返してくる。確かに。たった1問じゃダメか。

「いやてか“澤村検定”って何?」
「俺も知らん」
「俺も〜」

 まさかの言い出しっぺすらも丸投げ。スガの無責任な言い方に思わず笑っていると頼んでいた食べ物が続々と運ばれて来たので、みんなでジョッキを持ち上げ乾杯する。そうして本格的に始まった飲み会はそこから先も盛り上がり続け、私は澤村とほぼ初対面であることも忘れてお開きになるまでケラケラ笑い合った。



―すまん! 職員会議が長引いてる! 先に始めといてください

 意外にも盛り上がりを見せたあの日の飲み会。ならば今回は初めから3人で飲みに行こうとなり迎えた当日。居酒屋に向かう途中でスガから送られてきたメッセージを見て足を止める。おふざけナシなところを見る感じ、会議の間を縫ってメッセージを打ったのだろう。こればかりは仕方がない。仕事が長引いてしまうことはスガのやらかしではないので“了解。会議頑張って”とこちらも素直に労いの言葉を送る。
 そうして再び歩みを進めた先にはこの前も利用した居酒屋があって、戸を開いて従業員に席まで案内してもらう。今日は私が1番乗りなようだ。

「お疲れ」
「あ、お疲れ」

 手持ち無沙汰なのをスマホをいじって紛らわせていると数分程度で澤村が現れた。私が待った時間はほんの少しだけど、「すまん。待たせた」と詫びを入れるあたりに澤村の律儀さを知る。

「スガ、会議が長引いてるっぽい」
「あぁ。俺のところにも連絡来てた。スガも大変だよな」
「だね。教師やれって言われても私絶対無理だと思う。人に教えるとか上手く出来ない」
「スガはその点昔から上手かったもんなぁ」
「ね。悔しいけど何回か勉強教えてもらったことある」
「ははっ。悔しいのか」

 なんか癪じゃない? と返したところで店員さんがオーダーを取りに来る。前回と同じようなメニューを頼み終えた後「仲良しだなぁ、スガとみょうじは」と澤村が笑う。その笑みがどこか誇らしげで、それでいて嬉しそうに見えたので私も同じ感想を澤村に返す。

「私と澤村、どっちがスガと仲良いんだろうね?」
「ん〜〜マブダチの称号、みょうじ要る?」
「ん〜〜澤村欲しいならあげるよ」
「……いや、俺は良いかな」
「私も別に」

 どうぞどうぞと譲り合うこと数回。「スガが可哀想過ぎる」と吹き出し笑い合ったタイミングで食べ物が届けられる。そうしてこの前みたいに乾杯してからも、私たちの会話が尽きることはなかった。





「スガ結局来れなかったね」
「だな。次は来れると良いけど」
「だね」

 2時間程度でお開きとなったサシ飲み。スガが来れなかったのは残念だけど、澤村と2人でも気まずさを感じることはなかった。私だけが思ってることかもしれないけど、澤村とは気が合うみたいだ。

「みょうじこっちだったよな」
「うん。え? 送ってくれるの?」
「おう」
「ありがとう」

 澤村の厚意を素直に受け取り礼を告げると「市民の安全を守るのが役目ですので」とドヤ顔で返す澤村。澤村が言うと説得力半端ないな。

「酔っ払いに絡まれたら澤村を盾にして良い?」
「おう。任せろ」
「その姿ムービー撮ってスガにも見せてあげないと」
「盾にした上で楽しもうとする度胸はあるんだな」
「アハハッ。人間逞しく生きないとだから」

 居酒屋の延長線で続く会話。それを楽しんでいるとあっという間に家の近くまで来てしまっていた。ガッツリ送り届けてもらったことに改めてお礼を言うと、もう何度も見た笑みを返してくれる澤村。彼はとても良い警察官なんだろうな。

「あ、そうだ。澤村、良かったら連絡先教えて」
「おう。そういや交換してなかったな」
「ね。グループ作っておけばスガも個別に連絡しなくて済んだよね」
「確かに」

 会話しながら互いの連絡先が登録されたのを確認して今度こそ澤村と別れる。家に帰ってからすぐ“送ってくれてありがとう。今日は楽しかった。また飲みに行こうね”とメッセージを飛ばす。それにはすぐ“おう! また”と返ってきて、そのメッセージを目にして今日話した会話を頭に思い浮かべる。……楽しかったな、今日。

「ふふっ」

 零れ落ちた笑みにハッとしたのは自分自身だ。私、めっちゃ浮かれてないか? よくよく考えてみたらスガと飲みに行ったあとにメッセージ送るなんてことしたことなかった。なのに澤村にはこうしてメッセージまで送って、更には“次”と言われたことにこんなにも嬉しい気持ちになっている。……これって……。



「恋だべ」

 ズバッと言い切るのは目の前に座るスガだ。前回のリベンジで開かれた飲み会。今回は澤村が仕事の都合上遅れての参加となっている。社会人ともなると中々スムーズに集まるのも難しいものだ。

「いやぁ、みょうじから3人で飲みたいって言われた時は意外だったけど。そういうことかぁ。……え、俺ダシに使われてる??」
「そういうわけじゃないよ」

 冗談と分かっていても慌てる私をスガが笑う。そして「そっかぁ。みょうじと大地かぁ」としみじみ呟く。その表情が前に見た澤村の表情と同じで、私はつい微笑ましさを感じてしまう。やっぱりマブダチの称号は澤村にあげようかな。

「もし付き合うことになったら俺に遠慮せず2人で会ってくれて良いからな」
「飛躍し過ぎてない? まだ私だけの段階だよ」
「でも俺、みょうじと大地には上手くいって欲しい」
「……ありがと、」
「そんで友人代表スピーチで会場を沸かせたい」
「沸かせるんだ? 泣かせるんじゃなくて」
「フロアは沸かしてこそだろ」
「へぇ」

 もはや話の飛躍加減について突っ込む気持ちも沸かない。結婚に至ってはマジで先走り過ぎだって思うけど、決して不愉快なものではない。……澤村には聞かれたらマズイけど。

「すまん、遅れた」
「あ、お疲れ」

 数十分遅れで顔を覗かせた澤村に労いの言葉をかける私に「おう、お疲れ」と微笑む澤村。その笑みを見ただけでポッと染まってしまう頬を誤魔化すように手を当てれば、それを見ていたスガがにやりと笑って「大地は今日みょうじの横」と澤村の背中を押す。

「別に良いけど……?」
「大地のこと、まじまじと見つめたいなぁと思って」
「ほぉ? じゃあ気が済むまで見つめ合うか」
「数秒でギブだな」
「気が合うな。俺もだ」

 早速息の合ったやり取りを見せる2人を笑い、「やっぱスガのマブダチは澤村だ」と言うと「ええ?」と困惑してみせる澤村。

「この前みょうじに決まったんじゃなかったっけ?」
「いやいや。澤村に譲ります」
「や、別に俺も」
「ねぇ、俺泣いて良い?」

 泣き真似をするスガに笑い声をあげ“3人ともマブダチ”と結論付いたところで乾杯をし、またしても高校時代の思い出話などに花を咲かせ時を忘れて笑い合った。確かに、今の私たちは3人でマブダチなのかもしれない。

「じゃ、大地。みょうじのことよろしく」

 “澤村と私”はマブダチという関係性を望んでいるわけではないのだろう? と言いたげな表情を浮かべるスガ。イタズラに笑う姿はまるで小学生だ。前に3人で飲んだ時は帰る方向が一緒だからとスガが送ってくれたのに。その疑問を澤村も浮かべているらしい。澤村の表情からそれを汲み取ったスガが「寄って帰りたい場所があってさ」と言葉で繕う。けれどそれが方便だってことを、事情を知っている私は簡単に見抜くことが出来る。……スガめ。

「なるほど。じゃあスガ、気を付けて帰れよ」
「ん。警察の厄介にならないよう気を付けます」
「ご協力感謝します。じゃあみょうじ、行くか」
「うん。ごめんね、ありがとう」
「いえいえ」
「スガもバイバイ」
「おー! 頑張れ」
「スガが帰り道にガム踏んづけますように」
「地味に嫌なやつ!」

 私の唐突な意地悪に事情を知らない澤村だけがギョッとする。「気にしないで」と誤魔化してから歩みを進めると、澤村もすぐに追いついて隣を歩く。……やっぱり澤村の隣は、心地の良いドキドキがある。





「スガちゃんと帰れたかな」
「大丈夫でしょ。今日そんな飲んでなかったし」
「なら良いけど」
「市民の安全が気になりますか?」
「まぁな。それに、一応マブダチだからな」
「ふふっ。そうだね」
「お? 噂をすれば」

 ピコンと鳴る通知音。私と澤村どちらとものスマホが鳴ったので2人してスマホを取り出すと、“そういえばさっきの店でクーポン貰ったからまた飲みに行こう”と3人のグループ宛にスガからメッセージが届けられていた。

「もう次の飲み会のアポイントが来たね」
「スパン短いな」
「ほんとにね。毎週レベルじゃない?」
「まぁ良いけど」
「確かに。楽しいし」
「あぁ」

 ふっと笑う澤村の表情にきゅんと心臓が高鳴るのが分かった。バレないように胸を鎮めているともう1度スマホが鳴り通知を知らせる。どうやら今度は私だけのようだ。

―宿題です。次の3人の飲み会より前に大地と2人で飲みに行くこと

 スガ先生から宿題を出されてしまった。そのメッセージを読んでふぅっと息を吐く。宿題ならば、こなさなければ。頑張れ私。

「あの、さ」
「ん?」
「また飲みに行かない?」
「おう。行こう」
「よ、良かったら……ふ、たりで、とか」
「2人?」

 2人の意味、ちゃんと伝わってるかな。私と、澤村、2人きりって意味なんだけど。澤村の言葉を待つ間。きっと数秒程度だったと思うけど、私の心臓は最速をマークしたんじゃないかというレベルで早鐘を打っていた。「じゃあ、」と言われた瞬間、仕上げだと言うように一際大きい鼓動が体内に響く。

「次は、俺御用達の店に行かないか」
「い、良いの?」
「高校時代から行ってる居酒屋なんだけど、みょうじにも紹介したい」

 何よりもまず“高校時代から”というワードに気をとられてしまった。誘いを受けてくれたことに喜ぶよりも先、「え? 高校って未成年だよね?」と訊く私に澤村がハハッと笑う。

「その話はまた今度。2人で飲む時に話すよ」

 今度こそ澤村の言葉を噛み締める。そうして「うん!」と頷けば、澤村も同じくらい大きな頷きを返してくれた。やっぱり私は、澤村とはマブダチにはなれない。だけど、その関係性に負けないくらいの感情が間違いなく私の中で急成長を遂げている。……いつか、澤村にも同じ感情が芽生えてくれますように。

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