色めくブーケを持って

 地味で、目立たなくて、日陰のような。私の人生は、ずっと黒子みたいだった。だから全身を黒に染め上げる今の服装は、私にお似合いだともいえる。

「わぁ、」

 誰に目をかけられるでもなく歩く道端。その道の端で、マネキンは堂々と佇んでいた。その姿に思わず目線を奪われショーウィンドウの前で立ち止まる。私と同じ色で全身を染めているのに、私とは全然違う。……どうして。どうしてこんなにも私とは違うのだろう。どうしてこのマネキンはこんなにも格好良いのだろう。
 その答えはやはり服だ。黒一色という色合いを、力強さにしてみせる素材やデザイン。何もかもが私と違う。その答えに幾分の時間を要したところでこの店が“ZealDence”というアパレルのお店であることに気が付いた。ZealDence――。私はどこかでこの羅列を見た気がする。気がするけど、分からない。もしかすると勘違いかもしれない。こんな高級そうなお店、私に縁なんてないはず。

「こんばんは」

 きっとそうだと自分自身を説得していたら、唐突に店のドアが開かれ中から声をかけられた。その人にぎょっとしてしまったのは、大柄な男の人だったからということもあったけど、何より。私でさえも知っている人だったから。
 勘違いなんかじゃなかった。この人、SNSでめちゃくちゃ話題の人だ。そうだ、ZealDenceはこの人……東峰旭さんのアカウント名に入っている文字だ。東峰さんはSNSで自身の記録用としてその日のコーディネートをアップしている。その着こなしが世間の目を引き、彼は瞬く間にインフルエンサーとして全国に名を馳せた。お洒落な世界とは程遠い私のアカウントにすらおすすめとして流れてくるほどに。そんな人がいるお店。私なんかが立ち止まって眺めて良い場所ではない。

「ご、ごめんなさいっ、すぐ立ち去ります」
「あっ、こ、こちらこそすみません。こんな大男にいきなり声かけられて、ご迷惑でしたよね」
「い、いえっ! 私の方こそ、買いもしないのにいつまでもお店の前でぼーっと突っ立ってしまって……その、あまりにもこちらの服が素敵で」

 写真以外で初めて見る東峰さんは、思っていたよりも柔らかい人だった。ともすれば気弱な人とさえ思えてしまうほど。けれど私がショーウィンドウの服の感想を口走ると、東峰さんは途端に自信を漲らせて笑ってみせた。

「ありがとうございます。俺の、自信作です」
「そうなんですね」

 自信作――そんな言葉、私の口からは一生出そうにもない。その言葉をしっかりとした意思で放つ東峰さんを羨望の眼差しで見つめていると、東峰さんは瞳を服に向けたまま「黒は烏」と呟く。その言葉の意味を図りかねる私に視線を1度動かし、東峰さんは再びゆるりと笑う。

「昔、恩師が言ったんです。“黒はどの色にも負けない”って。それを聞いた時、俺とは正反対だなぁって思いました」
「え、正反対ですか? 東峰さんが?」
「はい。俺、昔から色々悩んで悩んで惑わされてばっかりでした」
「う、そ……うなんです、か」

 嘘ですよね? と言いそうになったけれど、そう言えるほど私は東峰さんを知らない。慌てて別の相槌に中身を変え返事をする。そんな私の逡巡に構わず「でも、今俺が自分の作り出す物を肯定することが出来るのは、そういう日々があったからだって思うんです」と会話を続けてみせる東峰さん。確かに、自身がデザインした服を見つめる東峰さんの視線に気弱さは感じられない。

「そうやって悩んで、惑わされて出来た揺るぎない一着です。だから俺は、この真っ黒な服を“格好良い”と思います」
「……すごく。すごく素敵だと思います」
「あ、あっ! すみません! 俺めっちゃ喋っちゃいましたね!? すみませんっ、急に現れたかと思ったら熱く語ってしまって……!」

 途端に気弱な男性の姿を見せる東峰さんの姿がおかしくて、思わずふふっと漏れ出る笑い。その笑みを見て恐縮する東峰さんに、不思議と私の中にあった畏れがなくなってゆく。
 黒は地味で、目立たなくて、日陰のような。私みたいな色だと思っていた。けれど、見方を変えればその色は途端にどの色にも惑わされない強くて格好良い色なのだと思える。そう思えたら、なんだか今の服が私を支えてくれているように感じて心強くなった。……すごいなぁ、東峰さんは。

「あの」
「はい」
「東峰さんには、黒色以外の色はどう見えていますか?」
「黒色以外、ですか」
「私、東峰さんから見える他の色のことも知りたいです」

 きっと、彼の瞳を通して見る世界は彩り豊かなのだろう。そのフィルターから覗く世界を私も見てみたくなった。その思いを意を決して告げると、東峰さんは顎に手を当てて少し考えた後、「じゃあ」と言葉を継ぐ。

「お店の中を案内します」
「え、良いんですか? ……あ、でも私今、というかこれから先、こちらのお洋服を買えるだけのお金を持ち合わせられるかどうか……」
「ふふっ。“買え”なんて言いません。見てくれたらそれで。俺は充分嬉しいです」
「ありがとうございます。すみません、こんな時間に突然」
「いえいえ。そもそも話しかけたのは俺ですし」

 ニコニコと笑って店のドアを開けてくれる東峰さん。「今日だけじゃなくて明日も明後日も。いつでも来たい時に来てください」と優しい口調で告げる言葉に笑みを返せば、東峰さんは柔らかく受け止めてくれた。





 きっかけはきっと、いや絶対にあの日だ。
 あの日から私は様々な色の美しさに触れ、1日1日の彩りが華やかになっていった。そして今、彼は“人生最大の自信作”を以って純白の美しさを私に教えてくれている。このドレスを身に纏う私の今日という日は、私の人生において1番鮮やかな日になることだろう。だって彼の自信作に身を包む私は、誰がなんと言おうと絶対に美しいのだから。
 美しいと肯定出来る私で、彼に会いに行こう。そして、彼に彼が生み出した色の素晴らしさを肯定してもらおう。彼はきっと、自信に満ち溢れた顔で受け止めてくれるはずだ。

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