心をつつくと何が出る

 なんとなく、他の男士とは違うなぁとは思っていた。例えば遠征や出陣から戻って来た部隊を出迎える時やたら私のことを見つめてくるなぁとか、ご飯を食べる時もぼーっとした表情のまま私を見つめてくるなぁとか、本丸で何か作業に打ち込んでいると感じる視線のその先にいつも居るなぁとか。……そう。御手杵はとにかく私のことを見てくる。他の男士以上に。

「肉付き良くなってねぇか?」
「ンンンッ! 同田貫さん。私前にも言いましたよね?」
「あー? あー、」

 私のことをじっと見てくる男士は他にも居る。けれどそれは今みたいに出会い頭に太ったかと訊いてくる失礼野郎であったり、逆に「大将、ちーっと顔色が悪いな。体調良くねぇんじゃねぇか?」と咄嗟に健康診断をしてくれる薬研兄貴であったりと何かしらの理由がある。御手杵にはそれがない。だから私の中で御手杵は違和感として捉えられている。……そういえば同田貫って、確か御手杵と仲良いんだったよな。

「あのさ同田貫」
「だーから、悪かったって。近侍当番だけは勘弁してくれ」
「はいはい。あのさ、なんの用もないのに私を見ることってある?」
「ねぇ」
「だよねぇ」

 分かってはいるけどこうも即答されるとちょっと複雑な気持ちにもなる。まぁそこは別に良い。一応私の考えとイコールではあるし。用がないのに私を見たってなんにもならない。もしかして修行に行きたいとかだろうかと考えもしたけど、御手杵は顕現してからまだ日が浅いのでそれはちょっと考えにくい。ならば他に何か言いにくいことでもあるのだろうか。

「私、そんなに太ってる……?」
「あ? あぁ、アレだろ? “そんなきみも魅力的だよ”だろ」
「今はお世辞なんて求めてない」
「ハァ!? なんだよ難し過ぎんだろ」
「御手杵って優しいじゃん? だから、私があんまりブクブク太ってても“太ったな”って言いにくいとか……」
「別にそんな言う程変わってねぇよ」
「ほんと?」
「あぁ。まぁそりゃ肉付き良くなったのは事実だけどよ。それくらいで丁度良いんじゃねーの?」
「……近侍当番は免除してあげる」
「おっ? 今の何が及第点だったかは知らねーが、ありがとサンクスっと」

 近侍当番を免除されたことに気を良くした同田貫は、鼻歌混じりに鍛錬所へと向かっていく。その姿を溜息と共に見送り、自身の足も執務室へと向ける。同田貫は表裏がない。だからきっと、さっきの言葉は全て真実だ。だとすれば私の体重はまだ目を引くほどのレベルではない。ならば何故――問題解決には至れず、結局堂々巡りになってしまった。

「私も御手杵のこと見つめ続けてみるとか?」
「俺か?」
「うわぁ!?」

 執務室からぬっと飛び出した影。その大きさに驚きバランスを崩すと、御手杵が慌てて腕を掴んで支えてくれた。そのことに礼を言う為に見上げると、御手杵はまたしてもじっと私のことを見つめてくる。……この、突き刺すような視線は一体なんなんだろうか。しかも腕離してくれないし。

「あの、御手杵……?」
「あ、あぁ悪い。遠征結果の報告しようと思ってさ」
「なるほど。ごめん、ちょっと席外してた。良かったら今から聞かせてもらえるかな」
「あぁ」

 執務室で遠征結果の報告を受ける間も御手杵の視線は私を刺すように向けられていた。そのせいで話があまり入ってこなかったけれど、どうにか報告を受け「ありがとう」と会話を締める。もうこの際だから御手杵に直接訊いてみよう。そう意を決し御手杵を見つめた瞬間、御手杵から耳を疑う言葉が放たれた。

「俺、多分あんたが好きだ」
「……は?」

 呼吸を刺された。
 零れ出た言葉は、私の意思によるものではない。刺された際の吐息だ。あまりに突飛な言葉に、呼吸の仕方を忘れてしまい数秒息を吸うことが出来なかった。金魚のように口を何度かパクパクさせて、そこでようやく思い切り息を吸う。案の定喉がつっかえて咳き込む私を、御手杵が心配そうにオロオロと見つめている。こうしたのは御手杵だというのに。

「えっとごめん。御手杵の言う好きって……」
「多分、恋愛的なヤツだ」
「な、なんで?」
「なんでって言われても……。そう思っちまうんだよな、あんた見てると」

 これはどれだけ自問自答しても答えは見つけ切らなかっただろう。まさか御手杵から好意を寄せられているとは露にも思わなかった。だって、好きだったらもうちょっと分かり易い態度になると思う。露骨に話しかける回数が増えるとか、私と話す時嬉しそうにしてるとか。私だってそこまで鈍感じゃない。“もしかしてこの人……?”レベルでならなんとなく察知出来る。だけど御手杵は分からなかった。と、いうことは。

「御手杵」
「ん?」
「同田貫のこと、どう思う?」
「良いヤツだって思うよ」
「じゃあ蜻蛉切とか日本号は?」
「すげぇヤツらだ、俺も負けてらんねぇって思う」
「みんな好き?」
「まぁ、嫌いじゃねぇな」
「その中に私も居ない?」
「ん? どういう意味だ?」

 つまり。御手杵が私に向ける“好き”というのは、“仲間として好き”と同意義なのではないだろうか。この本丸に居る女性は私だけだし、御手杵にとって1番接する機会が多い異性も私だ。だから御手杵は友情と恋慕を勘違いしてしまっているのではないだろうか。私はどちらであっても嬉しい。だけどもし御手杵が前者と後者を勘違いしてしまっているのならば、きちんと教えてあげないと御手杵が可哀想だ。

「仲間に向ける好きと、私に向ける好きは何か違う?」
「他のヤツと、あんたに向ける好きに違い……んん?」
「んーっと、分かり易く言うなら接吻したいって思う?」
「接吻って言ったら、口吸いのことだよな? ……え! く、口吸いをか!?」

 ブンブンと手を左右に勢い良く振る御手杵。どうやら考えられないらしい。ならばきっと、私に対する気持ちは他の男士と同じ好意だろう。脱力するように笑い、顔を真っ赤に染め上げる御手杵の肩をポンポンと叩く。無事に誤解が解けて良かったね――微笑みの中にその気持ちを混ぜ御手杵に退室を促す。御手杵は尚も表情の中に戸惑いを浮かべていたけれど、特に何を言うでもなく大人しく引き下がっていった。……好き、かぁ。

「もうずっと言われてないなぁ」

 だからだろう。こんなにも胸がドキドキしているのは。勘違だったとしても久々に好意を寄せてもらったせいだろう。ほんのちょっとガッカリした気持ちになってしまうのは。私の揺れ動くこの気持ちも全部、勘違いだ。



 勘違いだ、そうに違いない。そう思っているのに。分かっているはずなのに。あれから数日が経つというのに、私の中にある違和感が消えてくれない。それどころか強くなっている。一体どうしたことか。予想外のことが起こっているせいで御手杵のことを変に意識してしまう。御手杵と会話する度にドキドキしてしまうし、上手く顔は見れないしでだいぶ参っている。
 私の態度が変わったことに御手杵も違和感を抱いているらしい。勘違いが解けてからも御手杵は変わらず私のことを見つめてくる。でもそれは私の態度がぎこちないからって分かってるので、私は申し訳ない気持ちも抱いている。

 ……本当は、分かっている。久しぶりに向けられた好意に心が弾んでしまったんだってことを。それが例え偽りの好意であっても、私の乾いた心はときめいてしまったのだ。そしてそのことに勝手に恥ずかしくなって、気まずさから御手杵のことを避けてしまっているってことも。全部ちゃんと分かっている。だから余計申し訳なくて、御手杵に合わせる顔がない。

「入っても良いか?」

 執務室に届けられた声を聞いた時、“遂に来たか”と思った。御手杵という男士は、他人に向ける態度は柔らかいけれど、自分の気持ちに対しては槍のように真っ直ぐだ。だから“好きだ”と思えば捻りなく素直に伝えるし、“嫌だ”と思うことも同じように伝える。今回は後者を伝える為に来たのだろう。ふぅっと意を決し、「どうぞ」と入室を許可する。

「ごめんな、夜遅くに」
「ううん、大丈夫」
「前あんたに訊かれた“感情の違い”についてなんだが」
「……うん」
「俺なりに考えた」
「うん」
「考えてもよく分からなかった。だから俺、花街に行ってみることにする」
「うん……えっ、は、花街っ!?」

 時の政府が運営する花街――そこは、一般的な意味合い通りの街だ。花街には女性である私も会合などで行ったことはあるし、芸妓さんに楽しませてもらったことだってある。もし補足することがあるとすれば“身体を買うことが出来る”という点だろうか。私もよくは知らないけれど、戦闘で昂った身体を鎮める為に利用するらしい。そういう場所に、御手杵は向かうのだという。もしかしたら私の本丸に居る男士もそういう目的で行ったことがあるかもしれない。別に違法じゃないし、咎めることもしない。……しないけど、御手杵に面と向かって言われると複雑な気分だ。

「ちなみに、花街に行って何するの?」
「女を買う」
「おっ、……おお」

 ほんの少しの希望さえも見事に刺され粉々になる。……ん? というか、なんで御手杵は花街に行くんだ? 感情の違いが分からないから花街で女性を買う? 買ったら何が学べるというのだろうか。分からない。とはいえ、花街とは理由がなくても行って良い場所なのだ。だから御手杵を咎める理由もない。……ないけど。でも、なんかムカムカする。だって御手杵って私のこと好きかもなんだよね? え、それなのに別の女の人抱こうとしてるってこと……? 何それ、ちょっとムカツク。

「御手杵は、別の女の人でも抱けるんだ?」
「どうだろうなぁ」
「ふーーん? へぇ?」
「ダメか?」
「は? ダメじゃないし」

 ダメじゃない。ダメじゃないのになんでこんなにもイライラするんだろう。まるで彼氏からそこに行くと言われた時みたいな気持ちだ。……彼氏? 彼氏ってつまり、私の好きな人って意味だ。…………私、御手杵のこと好きなの?

「いやいやいや」
「嫌?」
「や、違うくて。え、待って」
「待った方が良いか?」
「こっちの話だから御手杵一旦黙ってて」
「わ、分かった」

 待ての合図をすると目の前で正座をして大人しく黙る御手杵。その姿を視界の端に捉えながら必死に脳を回転させる。
 思考を整理しよう。
 私は、御手杵に告白された。それに対して“仲間に向ける好意と同じなのではないか”と訊いた。御手杵はよく分からないらしい。だから花街に行って女性を抱いてみるらしい。私はそのことを嫌だと思っている。……はぁ? やっぱどう考えても花街に行く意味が分からないですけど? え、なんで私のことが好きかもなのに別の女の人を抱こうとしてんの? 意味不明だわ。ダメだ、腹立つ。

「でも行って欲しくないまでは思わないよね……?」

 ムカつきはするだろう。だけどこんなにも行って欲しくないって思うのは変じゃないか? 客観的に考えることは多分きっと出来ているはず。それなのにここまで嫌と思うのは、話の過程うんぬんじゃなく私個人の感情によるものなんじゃないだろうか。ということはやっぱり私は、御手杵のことが好きなのだろうか。……もう1度冷静に考えてみよう。
 久々に言われた「好き」という言葉を言ってくれた相手ってことで特別視してしまっている可能性はある。だとしたら私の抱く好きは、偽りの好きなのかもしれない。もしそうなのだとしたら、偽りの好きで良いからほんのひと時でも誰かに「好き」とうそぶいてもらえたら、それでこの違和感は治まるのかもしれない。

「分かった。御手杵」

 名前を呼ぶと、肩を跳ね上げこちらを見つめる御手杵。その瞳が珍しく不安げに揺らいでいるのを新鮮に思いつつ「私も花街に行く」と告げれば、今度は大きく見開かれた。

「女性向けの場所もあるって、御手杵も知ってるでしょ?」
「そっ、れは……」

 花街は男の為だけに在る場所じゃない。女の為にも存在する。それはどういうことか――つまり、女性も男性を買えるということ。私の言葉を真意を遠回しに伝えると、御手杵の眉がぎゅっと寄った。

「あんたのこと、好きだって言ってる相手になんでそんなこと言うんだよ」
「は? 好きかどうか分かんないって言ったじゃん」
「そうだけどさ、そうだけど……嫌に決まってるだろ。あんたが別の男に抱かれるとか」
「え、それワガママ過ぎない? 自分は女の人抱くくせに、私にはダメって言うの?」

 御手杵のあまりの言い分に、私の眉にも皺が寄る。私だって嫌だよ。嫌だけどダメって言ってないじゃん。なのになんでそっちばっかり――。

「抱くとは言ってないだろ」
「はぁ? 言ったじゃん。“女を買う”って! さっき言ったじゃん!」
「買うとは言ったけど、抱くとは言ってない」
「で、でも! 女を買うってそういうことでしょ? 酒飲んではい終わりじゃないでしょ?」
「まぁ、意味合いとしては」

 はーー?? ちょ、まじで意味分かんない。蜻蛉切呼ぶ? 通訳してもらう? いややめておこう。こんな痴話喧嘩に他の男士を巻き込むのは申し訳なさ過ぎる。大体、夜更けに何を揉めてるんだ私たちは。女を買うだの男を買うだの。何がどうしてこんな話になったんだ。……なんかもう、情けない。

「なんなの、まじで……もうっ、」
「え、な、泣いて……」
「なんなのっ! 御手杵はっ、私のこと好きかもなんでしょ!? なのにっ、なんでっ……うぅ〜っ!」

 分かんない。目の前の刀剣男士が分からない。なんでこんな風に振り回されないといけないんだろう。御手杵がふるうのは槍だけで良い。私の気持ちを弄ばないで欲しい。こんな惨めな姿を見ないで欲しい。こんな風に感情を乱して泣くだなんて。情けないし、恥ずかしくて堪らない。

「見ないで……もう良いから。花街に行って」
「出来ねぇよ。泣いてるあんた放って行くとか」
「なんでよ。私なんか放っておいてよ。抱ければ誰でも良いんでしょ」
「良くない」

 顔を覆っていた手を退かされる。涙に濡れる私の顔を見ようとする御手杵に反抗するように顔を逸らしても、容易く覗き込まれてしまう。私に残された最後の手段は精々目をぎゅっと瞑ることくらいだ。それでも力強い視線は突き刺すように感じるので、「なんなのもう……」と負けの言葉を弱々しく吐くしかない。

「こんなややこしい女じゃなくっても良いじゃん」
「ダメだ。やっぱあんたじゃないと」

 なんでこの期に及んでそんな力強く言い切ってみせるんだろう。これまで散々どっちつかずなこと言ってたから今こんなことになってるって言うのに。御手杵ってほんと分かんない。

「あんたに泣かれてまで別の女を抱きたいとは思わない」
「べ、別に御手杵がそういう場所に行くのが嫌で泣いてるわけじゃ……、」
「ん? 違うのか?」
「ち、がわ……ないけど、」

 もう誤魔化せない。ボロボロみっともなく泣いてしまったんだし、もはや強がりを言う気力もない。私は、御手杵が別の人を抱こうとしてるのが嫌だ。御手杵から“好きかも”と言われてから、御手杵のことをそういう意味で意識してしまっている。もう、隠せない。私は、御手杵のことを好きだと思っている。

「そっか。良かった」
「……でも御手杵は私のこと、好きか分からないんでしょ?」
「あんたに泣かれて分かった。俺、あんたじゃないと使い物にならねぇ」
「つ、使い物って……」
「刺せるもんも刺せねぇ「わー! わーわーわー!」

 まさかの下ネタぶっこんできた……! 何この子怖い。てか、私じゃないとって……いやいやいや。御手杵のこと言えたクチじゃないけど、さっきの今でなんでそこまで言い切れんの。ちょっと理解が追い付かない。

「あんたが泣いてる姿が正直……その、すっげー可愛くて。あんたの口吸いてぇなぁって思った」
「く、口吸い……」
「コレって、そういうことだろ?」
「え、ま、まぁ……うん。そういうことにな、るの、かな……」
「だよな。じゃあ、良いか?」
「えぇ!?」

 もう!? え、や、もう!? っていう驚きで合ってるのか? それすら分かんない……けど、御手杵の顔はもうすぐ目の前まで迫ってきてる。どうしたら……あ、ヤバい。もう避けられない。
 ぎゅっと目を閉じた数秒後、唇に自分とは違う熱を持った感触がぶつかる。思ったよりも柔らかいソレは数秒押し付けられたのち、ふっと離れてゆく。その熱を追うように目を開くと、いつもののんびりとした顔つきとは程遠い表情を浮かべる御手杵が居た。あ、マズい――本能がそう感じるのを脳が一瞬捉えたけれど、それよりも先に御手杵の唇が私の思考を奪う。
 気が付けば押し倒され、何度か抵抗してみたけれどそれが形だけであることは御手杵に早々に見抜かれた。展開が早すぎるだとか、段階をきちんと踏まなければだとか。頭では色々と思うのに。

「あんたのこと好きだ。あんたは俺のこと、好きか?」
「んっ、……私も、好きっ」
「ははっ。そっか。良かった」

 御手杵は私の理性や思考を何度も何度もキスで刺し、そうしてひっそり怯えるように隠れていた確かな恋心を見つけ、手を差し伸べてみせる。御手杵を好きになったらきっと――。

「好きってもっと言って」
「好き……好き……御手杵……っ、御手杵、好きっ」
「うん。俺も好き」

 何度もこうして“好き”という感情で刺されて、その度に胸いっぱいになってしまうのだろう。それが少し恐ろしく、それでいて幸せなことだと御手杵にキスをされながらぼんやりと思った。

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