コツコツと恋を育む

 昔からコツコツした作業は好きだった。だから、政府が主催する催しの中でも連隊戦は割と好きなイベントだ。審神者仲間の中には「確定報酬までの道のりが長い」とか「小判消費が痛い」と言う人も居て、後者の方は私も納得だったけど、前者の方にはいつも心の中で首を捻っていた。私にとっては、その道のりをコツコツこなすことが楽しいことだったから。

「戻った」
「お帰りなさい。鶯丸さん」

 連隊戦に出陣してくれていた鶯丸さんが執務室に顔を覗かせる。私の本丸はきっと、他の本丸に比べて出陣数が多い。それを許し、受け入れ、嫌な顔1つ見せず出陣してくれる男士たちには感謝しかない。その気持ちを伝えるためにお茶の準備をしていると、「連れて来たぞ」と鶯丸さんが告げる。その言葉の意味を問おうと顔を見つめると、鶯丸さんの顔はどこか嬉しそうで、私にも思わず微笑みが感染する。

「連れて来たって?」
「前に、主と似ていると言っただろう?」
「……あっ」

 鶯丸さんに言われたことがある。コツコツと作業をこなしていると「なんだか大包平を見ているみたいだ」と。その言葉を指しているのだと思い至り、ハッとした表情を浮かべると同時。「邪魔するぞ!」とハツラツとした声が廊下から轟いた。

「場を選ばない声量。正に大包平だな」
「なんだそれは。馬鹿にしているのか」

 鶯丸さんの隣にドカっと座るなり、大きめの声で会話を交わし続ける男士。なるほど、彼がいつもいつも鶯丸さんが会話に出す男士、大包平さんか。なんか、なんというか……。「噂通り……」だけど、鶯丸さんの言っていたような“どこか抜けている感じ”はしないかも……?

「噂……? おい、鶯丸。一体何を吹き込んだ」
「さぁ? それは大包平が直接確認すれば良い」

 じゃあ俺はこれで――そう言って湯呑みを持って執務室から立ち去っていく鶯丸さん。……えっ、これってなんかアレみたいじゃない? “あとは若い人同士で”みたいな。いや、大包平さんは若くはないか? ……というか、鶯丸さんは知ってるはずなのに――。

「おい」
「は、ハイッ」
「さっきから何故俺の顔を見ないんだ」
「エッ! あ、や、あの……その……ヒッ」

 悲鳴染みた声が喉奥から零れ落ち、思わず口を手で塞ぐ。それは悲鳴を聞かせない為でもあったけど、それよりも突然眼前に現れた赤髪に驚いたから。目線が合わないからってそんなぐっと近寄らないで欲しい……。心臓に悪いから。
 どう伝えようかと必死に頭をフル回転させる私を他所に、大包平さんは尚も距離感を変えずにまじまじと私のことを観察し続けてくる。……観察されるのは大包平さんの仕事のはずなのに。

「おい」
「はひっ」
「何故いじけている」
「い、いじけているわけでは……」

 じゃあ何故だ――口にされずともぐっと寄せられた眉間の皺で伝わる。何故かと聞かれると“人見知りな性格だから”という単純な理由だけなんだけれども。だけど、今はこの近すぎる距離感が原因でもある。大包平さんもきっと冷静に考えたらこれだけ密着した距離で向き合うことの不自然さに気が付いてくれるハズだけど……。あぁ、駄目だ。気付いてなさそう。

「お、かねひらさん……あの、」
「……俺では不満か」
「えっ?」
「俺は……こんなにも美しいというのに」
「へっ?」

 会話の飛躍に思わず顔を見上げてしまった。そこでバチっと絡んだ視線を、大包平さんが離してくれるはずもなく。これ以上近付けるわけもないのに、あろうことか大包平さんは顔を近付けて来た。そのせいで私の体勢は崩れ、どうにかそれを右腕1本で支えるような状態に陥る。審神者人生最大のピンチだ……。

「俺の真価が分からないのはおかしい。もっと俺をよく見ろ!」
「〜っ! あの、その……し、失礼しますっ!!」
「あっ、おい!!」

 執務室とは、いわば審神者である私の部屋だ。なのにどうして部屋の主が退室しなくてはいけないのか。そんなことを思うけれど、今はそれよりも大包平さんから逃げることを優先しなくては。あの様子だときっと……いや絶対私のあとを追って来る。鬼気迫る様子が容易く想像出来て、思わず身震いした時「こっちだ」とのんびりとした声に呼び止められた。

「鶯丸さん……。連隊戦は……」
「休み休みやる方が俺には向いている。それに茶をくれただろう? つまりは休めということだ」
「はあ。まぁ……そうですね」

 鶯丸さん、連隊戦の時はいつもより出陣数多いし。ちょっとくらいのズル休みは許してあげよう。鶯丸さんに招かれた部屋は本丸の構造上見つけにくい場所にあるから、ここなら来たばかりの大包平さんに見つかりにくいだろう。……というかこの部屋、いかにも誰かが入り浸ってる感じがするな? 空き部屋のはずなのに。
 隣で勝手知ったる様子で茶を啜っている鶯丸さんをじとりと見つめ「どうして私を置いて行った……いえ、大包平さんを置いて行ったんですか」と詰め寄る。返答次第ではこの部屋を利用禁止にしてやる。

「主は人見知りだろう?」
「そうです。それを鶯丸さんも知っているはずですよね?」
「だからさ」
「だから、ですか?」
「大包平はああいうヤツだ。きっと主は怯えるだろう」
「まぁ……それは、」

 だろうっていうか、怯えました。言い詰まった言葉を気取ったのか、鶯丸さんがふっと笑う。鶯丸さん、今日はずっとご機嫌だな。きっと大包平さんがこの本丸に来たことを、誰よりも喜んでいるのだろう。

「だから、いち早く慣れて欲しかったんだ。大包平に」
「鶯丸さん……」

 自分と親しい男士を、私にも受け入れて欲しい。その思いを感じとり、胸がじんわりと温かくなる。鶯丸さんなりにどうしたら大包平さんという男士を私が受け入れられるかを考え、それがあの執務室放り込みに繋がったのだ。……鶯丸さん……。

「やり方が下手くそです」
「ん?」
「せめて鶯丸さんも一緒に居て欲しかったです」
「はっはっ。俺は観察専門だからな」
「もしかして面白がってます?」
「大包平観察とは、そういうものだ」
「〜もうっ! 押し倒されそうになって大変だったんですから!」
「見ていた。万が一の時は首根に手刀を入れるつもりだった」
「もしかして、大包平さんだけじゃなくって私のことも観察してます?」
「……ん? どうだろうな」
「この部屋、1週間利用禁止にしますよ」
「それは…………許してくれ」

 鶯丸さんは私と大包平さんを似てるって言ってたけど、私よりも鶯丸さんの方が似てる気がする。なんか、なんとなく。2振りと接することで抱いた感想。これを伝えたら鶯丸さんは一体、どんな顔をするのだろうか。

「まぁ、大包平のこと、よろしく頼む」
「はい。もちろん」

 きっと、今みたいな嬉しそうな顔をするんだろうな。



「今日から当面の間、近侍を任された。よろしく頼む!」
「えっと……誰に……?」

 翌朝。執務室に足を向けながら今日1日の段取りを思い描いていたら、それを大きな声に掻き消された。今日の近侍は確か三日月さんのはず。それなのにどうして目の前に居るのは大包平さんなのだろうか。

「主を守るという大事な役目。俺にぴったりだ」
「守る……や、うーん……」

 それは大変にありがたい意識ではあるけれども。本丸には結界が張られてるし、敵が攻めてくるとかない限りそこまでの危険は及ばない。だから近侍仕事はどちらかというと書類整理とかの方が主になるんだけど……三日月さんめ。それらしい理由付けて大包平さんに押し付けたな。

「それで。俺は何をすれば良い。指示を出せ」
「えっと、じゃじゃあ……この書類を」
「分かった」

 ふむ、と頷き手渡した書類と向き合い始める大包平さん。“主を守る!”という名目からは遠く離れた書類仕事なのに、文句1つ言わないんだなぁ。大包平さんの様子を少しだけ眺め、私自身も仕事に取り掛かる。……あ、そうだ。連隊戦の編成の中に三日月さんをぶち込むの、忘れないようにしないと。





「主、俺が悪かった」
「お帰りなさい。疲労具合を見る感じ、まだ大丈夫そうですね」

 三日月さんの謝罪を慇懃無礼な笑みで一蹴し、編成を変えるつもりはないと暗に伝える。いつもだったらお茶を淹れて招くところだけど、今回三日月さんは既に1度サボリを使っている。なので今回は引き続き連隊戦へと出向いてもらおう。

「期待しています。三日月さん」
「はっはっ。手強いな。主の期待には応えるとするか」
「行ってらっしゃい」
「……すごいな」
「え?」

 三日月さんとの勝負に勝ち、再び執務に戻ろうとすると感嘆した声が耳に届いた。思わず手を止めて見つめると、「あのじじいをやり込めるとは」と続く大包平さんの言葉。じじい……じじいって……。

「ふふっ。じじい……あはは! 確かに、じじいではある」

 大包平さんって、仕事ぶりを見る感じ“生真面目”って感じだったのに。三日月さんのことを“じじい”呼ばわりする大胆さに思わず笑い声をあげてしまう。急に笑いだした私を見て大包平さんが「おい……? どうした、大丈夫か」と心配そうな顔で見つめてくるので、慌てて居住まいを正し「すみません」と謝罪を口にする。……あぁ、駄目だ。“じじい三日月”が頭から離れない。

「ふふっ。大包平さんは、三日月さんが苦手ですか?」
「別に……ただ、あのじじいより俺が劣っているとは思わん」
「……?」

 受け答えの方向が私の思っていた方向とは違う気がして、思わず首を捻る。それに構わず大包平さんは「天下五剣なんて……」と独りごちる。なんか……昨日の雰囲気に似ている。あの暴走する前の雰囲気に。

「お、大包平さん」
「なんだ」
「仕事に戻りましょう……?」
「あぁ」

 どうにか暴走を未然に防げたことに安堵していると、再び訪れる沈黙。三日月さんや鶯丸さんのように、雑務をきらう男士は居る。けれど大包平さんはどちらかというと得意な方らしい。今も彼の視線は真っ直ぐに書類へと向けられている。初めてちゃんと顔を見るけど、大包平さんって自分で言っていたように美しい顔立ちをしているな。吸い込まれそうになるほどだ。

「昨日は散々逸らしたくせに。一体どういう風の吹き回しだ」
「……あっ、ご、ごめんなさい……!」
「別に構わん。見たいだけ見ろ」
「は、はぁ」

 今の彼は自信満々に見えるのに。昨日の様子からは自信がないようにも見えた。なんだか不思議な男士だなぁと思っていると、大包平さんからも「お前は不思議なヤツだ」と同じ言葉を紡がれた。

「え、私ですか?」
「鶯丸やあのじじい相手だと堂々としているのに。何故俺の前ではそんなに委縮するんだ」
「えっと……それは……」

 人見知りだって言ったら、大包平さんは“主なのだからしっかりしろ!”と怒るだろうか。それとも“審神者なのに情けない”と呆れるだろうか。私は、まだ大包平さんがどういう男士なのかをよくは知らない。だから、私の一挙手一投足をどう捉えるだろうかと不安になって、色々考え込んでしまう。それが私の人見知りの原因だ。……でも。鶯丸さんが願ってくれたように、私も大包平さんに私を受け入れて欲しい。

「私、初めましての人や男士と接するのが苦手で……」
「そうか」
「なるべく人見知りしないように頑張ります。……すみません、」
「何故謝る」
「え?」

 大包平さんの真っ直ぐとした声は揺らがない。その声の力強さにつられて下げていた顔をあげると、目の前には背筋をピンと伸ばした状態で机に向かい続ける大包平さんの姿。

「それでもお前は、この本丸の主なのだろう?」
「それは……はい」
「そして、そういうお前のことをこの本丸に居る男士は主と慕っている。それがこの本丸の在り方じゃないか」
「大包平さん……」

 大包平さんって、真っ直ぐでたわむことを知らなさそうだって思ってたけど。彼はその真っ直ぐさで、包みこむことだって出来る男士なのだ。それを知れたことが嬉しくて、私はもっとたくさん大包平さんと触れ合いと思った。だから明日の近侍もお願い出来ないかと意を決して伝えると、大包平さんは「俺の美しさをもっと堪能したくなったのか」と嬉しそうに笑って、それを快諾してくれた。……大包平さんって、面白い男士なんだな。



 大包平さんが近侍として数日傍に居る日々が続いたある日。1振りの男士が執務室に顔を覗かせ「話がある」と神妙な面持ちで会話を切り出した。
 執務室にやって来る男士は結構居る。そのほとんどが、もっと緩やかな雰囲気でどちらかといえば“遊びに来る”といった様子ばかりだけれど、その男士の持つ雰囲気は明らかに違った。だから私も手を止め男士と向き合う。
 告げられた願いはやはり修行の申し出で、私はそれを許可した。旅に出る男士を玄関で見送り、その身を案じていると、隣に立つ大包平さんの眉間に皺が寄っていることに気が付いた。

「大包平さん?」
「なんだ」
「なんだって、私が訊き返しても良いですか?」
「別に。軟弱な剣だと思っていただけだ」
「軟弱、ですか?」
「弱いから旅に出たいなどと願うんだ」

 まぁ、大包平さんの言い方はちょっと険があるけれど。修行を願う男士の心は、それに通ずるところがあるのかもしれない。

「だからこそ、もっと強くなりたいと願うんじゃないでしょうか」
「何?」
「何度も何度も打たれて、時には打ちのめされて。その度に強く、逞しく。そして美しくなってゆく。私は、そういう彼らが大好きです」
「……、」

 色んな逸話を持つ男士も、逸話を持たない男士も。過去の出来事を誇りに思う男士も、そうでない男士も。みんな、私にとってはそこを含めて大好きで、大事な男士たちだ。だから彼らが“もっと強くなりたい”と願うのならば、私はそれを全力で応援するし、笑うことだってしない。

「弱いと受け入れ、それでも強くなろうとする姿は既に充分強いって、私は思います」
「…………俺は、」

 いつも大きな声でハキハキと喋る大包平さん。その彼が聞き取れるかどうかくらいの声量で何かを呟いたかと思えば、ぐっと力強い視線で私を見つめてきた。この数日でだいぶ慣れたと思ったけれど、ここまで真っ直ぐ見つめられたのは初めて会った時以来だ。思わずその目力に固唾を呑むと、大包平さんは体ごと私に意識を向ける。

「お前のことを、美しいと思う」
「……え? わ、私をですか……?」
「お前は美しい」
「え、な、きゅ、急にどうしたんですか……?」

 自分自身を“美しい”と称することは多々あれど。私に向かって言う言葉ではないはずだ。突飛な言葉にたじろぐ私など構わず、大包平さんは自身の考えを口にし続ける。

「だが、俺を前に見せる弱々しさも未だにある」
「はぁ……、」
「弱く、美しい。そんな生き物は初めてだ」
「い、いきもの……」

 なんだか話のスケールが大きくないか……? 大包平さんの思考があまり読み取れず、混乱し続ける脳を他所に会話はずんずんと前へ進んでゆく。この感じ、やっぱり鶯丸さんと似てるかもしれない。速度が違うってだけで。

「お前は、自分自身のことになると自信がないくせに。自身の剣のこととなると堂々としている」
「ありがとう、ございます……?」
「そうさせているのは、お前に“自身の剣だ”と想われている男士たちなのだろうな」
「そう、かもしれません」
「俺もいずれは…………」
「ん?」
「…………まぁ、そういうことだ」
「えっ?」

 必死に理解しようと脳内で言葉を噛み砕いている途中だったのに。大包平さんの会話は終了してしまい、その足を執務室へと向けて歩きだしてしまった。その背中に「ちょ、ちょっと待ってください。どういうことですか?」と声をかけ慌ててあとを追っても、大包平さんは答えようとはしてくれなかった。






「これって、どういう意味だったと思います?」
「その答えを俺から教えてしまうのは、勿体ない気がするな」
「えっ。鶯丸さんは分かるんですか?」
「まぁ……大包平と俺は兄弟みたいなものだからな」
「そっかぁ……。良いなぁ」
「ふっ。まぁいずれ、主にも分かるだろう」
「どうして言い切れるんですか?」
「主も大包平も、コツコツ積み重ねることが得意だろう?」
「はぁ……」
「だからいずれ分かるだろう。あとそれに、俺も、主のことが大好きだからな」
「えっ?」

 俺も……俺も? そりゃ私だって鶯丸さんのこと大好きだけれども……。なんか、今のはちょっとはぐらかされた気がする。そう不満を口にしても、鶯丸さんはただ笑って穏やかに茶を啜るだけだった。

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