いつまでだって大好き

 三之助は日々苛々している。そんなに総合格闘技の世界が気になるのなら、自分も逃げずにその世界で戦えば良いのに。ほんと、そういうところはいつまで経ってもダサいなと思う。だけど私が何度も言うと三之助は余計に拗ねる。アイツは変に面倒臭いヤツだから。

「おはよう鈴木くん。三之助報告良い?」
「みょうじさん。ありがとう」
「いえいえ。こんなことしか出来なくてゴメンね?」
「ううん。助かるよ」

 教室の隅っこ。誰も見てない場所で、こっそり交わす密談。内容は私の幼馴染である三之助について。三之助が鈴木くんに目を付け、事あるごとに呼び出しているのは知っている。何度か三之助と2人きりの時にやめるように言ったけど、三之助は変わらなかった。だから今、私と三之助は絶交中。となると、私が味方に付くのは鈴木くん側。
 鈴木くんに「三之助がゴメンね」とひっそりと謝りを入れた時、鈴木くんがきょとんとした顔で「何が?」なんて答えるものだから、私は思わず固まってしまった。そんな私に構いなく「岩瀬くんと僕は仲良しだよ?」と続ける鈴木くんを見て、私は堪らず吹きだしてしまった。どうやら鈴木くんはただの苛められっ子というわけではなかったらしい。それを知った私はその日から鈴木くんに三之助の情報をリークし、鈴木くんの力になっている。

「てか今更だけどさ、鈴木くんの名前“青葉”っていうんだね」
「うん、そうだよ」
「良い名前だよね。ね、良かったら“青葉くん”って呼んでも良い?」

 鈴木くんの目線が是非を言う前に宙を這った。その緩やかな移動を追った先に、教室に戻って来た三之助の姿が映る。バチっと絡んだ視線をすぐに逸らし、鈴木くんの几帳面な文字でびっしりと埋まったノートに移す。鈴木くん、結構三之助の技見切れるようになりだしたって言ってたな。素人相手に見切られる三之助もどうなんだ。ざまぁみろ。三之助なんて、素人でも相手出来るくらいちっぽけなんだから。それくらい、今の三之助はダサいんだから。

「あ、僕ロッカーに辞書置いたままだ」
「次の授業で使うよね?」
「うん。取ってくるよ」
「行ってらっしゃい」

 鈴木くんが廊下に出て行くのを見送り、ぽつんと自席に取り残される。こうしてみると自覚するけど、私も鈴木くんと同じで独りぼっちだ。三之助と同じクラスだって分かって安心しきっていた。友達が出来なくても、三之助が居れば独りにはならないって思ってた。でも、それは言い換えてしまえば三之助が居ないと今みたいに独りになるってこと。……もしかしたら私も、鈴木くんのこと利用してるだけなのかもしれない。
 途端に自覚する自身の意地汚さ。その瞬間、三之助のことを悪く言える立場じゃないと羞恥心が襲ってきた。私たちは、そういう所まで似てしまっているのか。

「なぁ」
「え、赤沢くん?」
「岩瀬ってこのクラスだよな?」
「う、うん」

 自分の机と睨めっこをしていると、その机を骨ばった人差し指がノックした。突然現れた人差し指にハッとし見上げれば、廊下にどっしりと根を張る金髪の少年が居た。この男子高校生を、知らない人なんて居るのだろうか。というか、私が知らないわけがない。何せ彼は、三之助のみみっちさの原因なのだから。

「さっきひょろっこい男子連れて行ってるの見たけど。あれっていつも?」
「え? ……え!? 鈴木くん!? 嘘、いつの間に……」

 ひょろっこい男子――赤沢くんの言う男子が誰なのかはすぐ見当が付いた。そして慌てて窓から身を乗り出してロッカーを見ても、やっぱりそこに鈴木くんの姿はない。三之助いつの間に……。ていうか「また……」思わず口から出た溜息。それを聞いた赤沢くんの体に力がこもるのが雰囲気で分かった。

「分かった。サンキュー」
「え?」

 三之助より背は高くないけれど、それ以上の大きさを感じさせる背中。その背中は三之助たちの後を追って小さくなっているはずなのに、どうしてかいつまでも小さくはならない。……きっと、彼の強さは本物なんだろう。彼の体にこもった正義感は、三之助という悪に向かう。これから三之助は、正義のヒーローに退治される。いい気味。散々弱いもの苛めをしてきた罰だ。せいぜい赤沢くんに懲らしめられれば良い。

「……もう〜っ!」

 そう思えたら楽なのに。清々した気持ちで終われたら気持ち良いのに。そう思うだけで終われない。だって三之助は、私の幼馴染だから。どうしたって嫌いになれない。三之助が本当に悪いヤツじゃないって、知ってるから。助けに行くとかじゃないけど、放っておくわけにはいかない。

「三之助のバカ……!」



「三之助!」
「……告げ口したのなまえかよ」
「別に告げ口したわけじゃ、」

 鈴木くんから聞いていた情報通り、三之助はやっぱり体育館裏に居た。倉庫にもたれ掛かるようにしてうなだれている三之助に駆け寄れば、三之助はバツが悪そうに舌打ちを鳴らす。その舌打ちが体内に響いたのか、すぐに顔をしかめ右わき腹を押さえる三之助。これは手痛い一発を喰らったな。

「明日にはクラス中のみんなにとって三之助は、ダサいヤツって認識だね」
「はぁ?」
「一緒に居た友達、逃げてるじゃん。こういう美味しい話はすぐ広まるんだから」
「テメェ……」

 低く唸ってるけど全然怖くない。体は大きくても器は小さい男だ。生憎私には小型犬が一生懸命威嚇してるようにしか見えない。まったく、そんな怯えなくても良いのに。何年一緒に居ると思ってんの。

「ダサいよねぇ。三之助」
「あ?」
「自分のちっぽけなプライド守る為に、格好悪いことしてるって気付かない所とか」
「はぁ?」

 チクチクと刺す攻撃すら効くのか、段々三之助の声に力がなくなってきている。……ここら辺で手を止めてやるか。私が喰らわせたかったパンチは、赤沢くんが打ち込んでくれたみたいだし。ちょっとくらいお釣りをあげても過不足はないだろう。

「明日から独りぼっちになったとしても。私は一緒に居てあげるから。安心しな」
「別にそれくらい……。自分がやったことの結果だし」
「へぇ。そういう所はちゃんと男っぽいままなんだ」
「あ? そういう所はってなんだよ」
「格闘技で正々堂々戦う三之助は、ちゃんと格好良いなぁって思ってるんだよ。私」
「……は?」

 だから、三之助にちゃんとそういう正々堂々とした部分が残ってて安心したって話。それが分かったから、私はまだ三之助と幼馴染で居てあげよう。仲直りの意味をこめて笑いかけると、三之助は意味が分からないのか困惑の表情を浮かべている。

「だからさ、赤沢くんのことライバル視するんなら、ちゃんと格闘技の世界でやりなよ」
「べ、別に俺は……」
「まぁ負けるんだろうけど」
「おい」

 三之助が力なく笑う。そのすぐ後に続く呻き声に笑うと、三之助のじとっとした視線を頬に感じた。久々だなぁ、この感じ。……やっぱ落ち着くな、三之助の隣は。ダサいし格好良くない所も多い男だけど、居心地が良い。

「私はどうしたって三之助の味方だから」
「……じゃあなんでアイツの味方だったんだよ」
「アイツ?」
「いっつも教室でも一緒だしよ」
「あ、鈴木くん?」

 まさか。もしかして……「三之助、鈴木くんのこともライバル視してるの?」だとしたら闘争心強すぎでしょ。いや、良いことだけど。さすがに素人相手にそれは大人気なさすぎかも。ちょっと引くわ。

「んなワケねーだろ! アホかお前は!」
「は? 今なんつった?」
「いやっ……なんでもねー」
「ああん?」
「だー! クソッ! つーか! アイツのこと下の名前で呼ぶんじゃねーのかよ!」

 ……あっ。そうだ。私結局鈴木くんのこと下の名前で呼んで良いかどうか訊けてないままだ。話途切れちゃってた。まぁでも、鈴木くんのことは“鈴木くん”のままでも呼べるし。

「別に鈴木くんのままで良いや」
「……それで良いのか?」
「なんで? 別にそんなすぐお近づきになりたいわけじゃないけど。なって欲しいの?」
「いや別に……そんなんじゃねーけど」
「何それ。意味不明」

 意味が分からない。けど、三之助の表情からちょっぴり痛みが抜けた気がするから、私もちょっとだけ安心した。

 明日から三之助は、居心地の悪い思いをするのだろう。しばらくはそのままにしておこう。それが三之助の罰だし、三之助自身もそれは受けるべきだと分かってるはずだから。だけど、その後は私が三之助の傍に居てあげよう。例え、他のみんなが三之助を嫌ったとしても。私だけは三之助のこと、好きで居てあげる。

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