導火線に火を点けて

 時間遡行軍と繋がっている審神者が居る――そのリークを受けた時の政府は、それを無視するわけにもいかず臨時の会議を開くことになった。そしてその会議で出された対応策が“時の政府主催の夏祭りを開催すること”だった。人の多い場所なら時間遡行軍も現れやすく、そこで屋台でも出せば資金も潤うと考えたようだ。そして名目は“審神者と刀剣男士への慰労”と謳えば聞こえも良い。つまり、色々な勘定の結果、夏祭りを開催するのは政府にとって“得”と判断されたらしい。そして政府職員である私も、その夏祭りに潜入捜査として参加することを命じられた。

「……へぇ」
「何よ」
「いや、別に」
「馬子にも衣裳って言いたいんでしょ」
「そんなことは一言も言ってないよ」
「顔が言ってる。特にその片方だけ上がった口角が言ってる!」
「はいはい。まったく。喋るといつも通りだな、君は」
「……悪かったわね。中身はどうせいつもの私ですよ」

 潜入捜査というだけあって、夏祭りに1人で参加することは否まれた。別に良いじゃないかとも思ったけれど、確かに慰労会という名目も含めている夏祭りに1人で参加するのは少しばかり肩身が狭い。結局、政府の指示通り普段からペアとして動いている山姥切長義と参加することになった……のは良いけれど。
 普段の動き易い洋装とは違い、浴衣は少し着心地が悪い。髪の毛もいつもは邪魔にならなければそれで良いと適当に縛るだけだけど、今日はそういうわけにもいかず。友人の力を借りておしゃれなまとめ髪にしてもらった。自分自身の身なりに力を入れるなんてことは随分と久しぶりのことだったので、こうして張り切った姿を誰かに見せている状況がちょっぴり気恥ずかしい。しかもその相手が普段から仕事を共にしている山姥切ともなれば尚更恥ずかしい。……よくよく考えれば山姥切と参加するの、全然良くない。
 だって相手は山姥切だ。私の隣を歩くのはあの見目麗しい山姥切長義だ。なんだコイツ、軽装姿までイケメンかよ。隣歩くの恥ずかしいったらありゃしないよまったく。これならいっそのこと慰労会なのに自分自身だけを労う為にやって来た図太い審神者にでも扮せば良かった。……あれか? なんだったらこの人混みに乗じてわざとはぐれるか? それなら行けるのでは?

「君は放っておくといつも悪い方向に突っ走って行くね」
「まだどこにも行ってませんが」
「思考の話だよ。ほら、行くよ」
「うわぁ、逃げられない」
「ふふっ。君はこの俺の姿をまじまじと見れる特等席に居るんだよ。堪能するべきだと俺は思うね」
「はぁい」

 私の腕をがしっと掴み、そのすぐ近くでにっこりと笑いながら気障なセリフを放つ山姥切。対する私はこれくらいのことではもう頬を染めるなんてことはしない。これでも山姥切との付き合いは長いのだ。確か、私が政府職員になってからすぐのタイミングで山姥切とペアを組むことになった。いわば私の初期刀とでもいうべきか。

「まぁ私は審神者じゃないんですけど」
「今日ばかりは審神者だ。そして俺は君の近侍。それを頭に叩き込んでおくように」
「分かってますぅ。仕事なのできちんとやりますぅ」
「……本当に分かっているのか?」
「分かってるよ。分かってるから、山姥切……」
「なんだ?」
「アレ、食べたい!」
「早速食べ物に喰いつくのか、君は」

 今度は逆に山姥切の腕を引っ張るようにして屋台へと足を向ける。審神者に扮せよと言うのなら、今日はいっそのことはしゃぐべきだ。まだちょっと自分の着飾った浴衣姿と山姥切の軽装姿に慣れないけど、私たちはいつも一緒に居る2人だ。こうやっていつも通りを装えばいつの間にかいつも通りになっているだろう。その思いで「気になったヤツ全部やりたい! 良いよね?」と山姥切に笑いかけると「……しょうがないな」と頷く山姥切。その笑みがいつもよりも優し気な気がしたけど、きっと軽装姿のせいだ。



「さすがに疲れた……」
「些かはしゃぎ過ぎな気がするんだが」
「そう? 周りの審神者さんたちもこれくらい楽しそうだよ?」
「君は群を抜いていた」
「そういう山姥切だって、輪投げ何回やってた? 最後なんて“俺のだけ輪が小さいんじゃないか”とか言い出すし」
「……その可能性だってなくはないだろう」
「ふはっ! 山姥切って本当にそういうところ負けず嫌いだよね。ていうか子供っぽい」
「なっ……君にだけは言われたくないな」

 山姥切の言う通りかもしれない。私と山姥切は同じくらい負けず嫌いだ。だからはじめの頃は結構衝突もしたし、もう山姥切とはやっていけないと何度も思った。だけど、それを自分から言うのは負けになると思って“コンビ解消”の申し出は絶対口にしなかった。そしたらいつの間にかその考えがなくなっていて、気が付いたら何かある度1番に頭に浮かぶ相手になっていた。つまるところ、似た者同士でうまくやれている……んだと私は思っている。山姥切にとってもそうだと嬉しいけど――そこまで考え、思考をスパっと切り上げる。

「……山姥切」
「あぁ」

 緩めていた気持ちをピンと張る。山姥切も私が見つめている審神者とその近侍から視線を逸らさない。今日はこのままただの夏祭りで終わるかもしれないと思っていたのに。やはりあのリークは本当だったのだろうか。
 脳内のスイッチを切り替え、視線を尖らせ2人をマークする。周囲をチラチラと見つめている様子は明らかに怪しい。その警戒を掻い潜りながら山姥切と共に注視していると、2人はスッと茂みの中に姿を消した。

「あーあ、今日は単純に楽しんで終われると思ってたのに」
「狙っていた人物が現れたんだ。本望だろう」
「……はぁい」

 さすがは監査官を任されるだけの刀剣男士だ。言うことがご立派で。……まぁその顔はまったく本望じゃなさそうですがね。さすがは私たち、どこまでも気が合うんですね。溜息交じりで顔を見合わせ、私たちもあとを追うように茂みへと足を進める。そうして進んだ先で、ひと気のない神社に辿り着いた。人で賑わう大通りから隠れるようにして佇む神社は、見るからに密談場所に打ってつけの場所だ。もしかすると政府がわざと用意した場所なのかもしれない。
 そこにかかってくれた獲物を捕らえる為、2人で手分けして審神者と近侍を探す。時間遡行軍と落ち合っている場面だったら話は早い――そう思いつつ息を殺し歩いていた時。カサっと葉音が鳴り、そちらへと視線を向けた先で捉えたもの。思わず自身の口から漏れ出そうになった声を慌てて手で塞いだけれど、気を張っていた山姥切の耳には届いてしまったらしい。

「どうした」
「な、なんでもないっ」
「なんでもないわけ……っ!?」

 後ろから聞こえてきた声に咄嗟に言葉を返すも、状況が状況なだけに山姥切は引き下がってはくれない。尚も歩みを進める山姥切にタックルし、その体を神社の壁に押し付ける。私の唐突な突進を受けた山姥切は「ちょっ、な、なんなんだ一体!」と言いながらも顔だけは私が居た場所へと覗かせる。それをどうにか阻止しようと思っても、体を抱き締めるように抑えられてしまってはそれも叶わず。結局山姥切も私が見た光景を目にするはめになり、その口から溜息が漏れ出た。

「どうやら漏洩は偽物だったようだ」
「……ですね」
「ただの逢瀬にここまで振り回されるとは。俺たちの仕事も楽じゃない」
「ほんとに」

 今もチュッチュチュッチュしている審神者と近侍。別に審神者と刀剣男士が恋愛をすることは悪いことではない。想い合っているのならばキスだってしたくなるだろう。好きな人が着飾った姿を見て、その人と共に楽しいひと時を過ごしていたら尚のこと。あの2人はちゃんと人目を盗んでイチャコラしているし、政府職員として咎めることもない。なんなら逆にこちらが甘いひと時を勝手に盗み見て申し訳ないくらいだ。

「帰ろうか、山姥切」
「あぁ、そうだな」
「てか突進してごめん。大丈夫だった?」
「おかげで自身の尾てい骨の存在を感じられたよ」
「まじごめぇん」

 目の前で両手をパンッと合わせる。その瞬間、向こうから漂っていた甘い雰囲気が消し飛ぶのが分かった。そしてその気配の変化を受けた私の顔からもサァッと血の気が引いた。……やってしまった。今の今まで必死に物音を立てないようにしていたのに。向こうだってダテに審神者をやっているわけじゃない。途端に感じた人の気配に警戒度はマックスだ。

「うわぁ〜……どうしよ山姥切。人の甘い時間を台無しにしちゃった」
「まったく、君は本当に詰めが甘いな」
「参拝の体で誤魔化せないかな?」
「無理だろうね」
「ああぁぁあ……どうしよう。私のせいであの2人が別れることになったら……そしたら私末代まで呪われて、私はこの先一生甘い思いなんて味わうことのない仕事尽くしの人生で「待て待て。1人で突っ走るな」……山姥切ぃ」
「……まったく。しょうがないな」
「っ!?」

 溜息を吐いたかと思えば山姥切からふわっと抱き締められた。突然のことに驚いていると「……ようやく2人きりになれた」と切実な声を発する山姥切。……これは一体? 今までで1度も聞いたことのない甘い声に肩を竦めている私に、尚も「好きなんだ、主のことが。だからどうか俺を受け入れて欲しい」なんて言葉を吐き続ける山姥切。……あー、なるほど。なるほどなるほど。

「ま、まってやまんばぎり。わたしはみんなのさにわなのー」
「……ふっ。……そう言わず。どうか俺だけを見てくれないか」
「わ、わたしもやまんばぎりのことがじつはすきだった、のよー」
「主……っ!」

 ひと際強まる山姥切の抱擁。その背中に腕をまわせば向こうに居る審神者たちと同じ状況の出来上がりだ。ただ違うのは、山姥切の体がプルプルと震えていることだけ。咄嗟の演技にしては上出来だと思うんですが。その思いを山姥切の背中に回す腕にこめて伝えてやれば、傍から見れば愛する者同士が結ばれた尊い瞬間に見えるだろう。どうか頼むと願いながら向こうの気配を汲み取れば、気を遣ってくれたのか2人がそそくさと立ち去るのが分かった。

「ぷはっ! ちょ、山姥切力強過ぎ! 窒息するかと思った!」
「仕方ないだろう。君の言葉があまりにも……ふふっ」
「仕方ないじゃん! ああいう時、なんて言えば良いか分かんないんだもん!」
「アレで良かったんじゃないか? あちらの2人も気を利かせてくれたようだ」
「……私たちが追い払ったらだめなのでは?」
「仕方ないだろう」
「うんまぁ、はい。バレたら分が悪いのはこっちだもんね」
「そういうことだ」
「ありがとう、山姥切」

 素直に礼を述べると「こちらこそ。おかげで面白い茶番が見れたよ」なんて皮肉を返された。……くっそう。山姥切も棒演技だったら笑い返せるのに。思わずこっちが言葉に詰まるくらい迫真の演技だったから何も言い返せない。…………あぁ、ちょっとでもドキっとした自分が恥ずかしい。別に本当に言い寄られたわけじゃないのに。

「私たちも戻ろっか」
「そろそろかな」
「ん? 何が?」

 時の流れを察知することにおいては刀剣男士の方が何倍も上だ。時計も何も確認していない私とは違って、山姥切はするりと空を見上げてみせる。その視線を追うように空を見上げた瞬間、真っ暗だった空に大きな花火が打ち上げられた。

「わぁ……!」
「去年の余りがあったらしい」
「そうなんだ。すごい、まさか花火まで見られるとは」

 臨時で決まった夏祭りだったけど、これはとんだ収穫だったな。周辺から不穏な気配も感じられないし、嬉しいというか喜ばしい誤算だ。もしかしたらこれを狙って誰かがわざと嘘の情報をリークしたのかもしれない。……それはさすがにないか。

「もっと見てたいけど。念の為潜入捜査は続けないとだね」
「事前に場所を潰しておくというのも、有効な手だと思わないか?」
「……思う〜!!」

 山姥切の言いたいことを理解し、にんまりと上がる口角。このままこの場所に居続けるのも立派な仕事の1つだ。文句は言われまい。まさかそんな提案が山姥切の方から出るとは思わなくて、ついニヤニヤとした顔を浮かべていると「俺は別に歩きまわっても構わないよ」と言われ瞬時にそのニヤニヤを引っ込めるはめになった。



「こうして花火をゆっくり眺めるなんて、いつぶりだろ」

 石段に腰掛け花火を眺め、しみじみと声を発する。政府職員になってからイベントは全て主催者側だったから、こうやってゆっくりとした時間を味わうのも本当に久しい。その実感を口にすると、同じように花火を見ていた山姥切が「俺は初めてかもしれない」と呟いた。

「そっか。山姥切は顕現してからずっと政府で働いてるんだもんね」
「それが俺に求められていることだから。全うするべきだろう」
「すごいなぁ、山姥切は。今だから認められるけど、私なんかよりずっとすごいよ」
「それが俺の果たすべき責任だからね」
「はぁ〜」
 
 山姥切は高慢な男士だと評される。その評価自体は私もおおむね賛同する。けれど、それだけの実力を兼ね備えているからこそだということを私は知っている。今の会話にもそれが滲み出ている気がして、思わず視線を山姥切に落としじっとその横顔を見つめていると「ふふっ。どうしたのかな、そんなにじっと見つめて」と頬を緩ませる山姥切。……悔しいけど。

「綺麗……」
「俺を見て言う言葉として間違いではないけれど。今は花火を見てはどうかな」
「み、見るよ! 花火も!」

 視線を空に移せば隣でクスクスと笑う声が響く。私はいつだってからかわれてばかりだ。さっきのハグだって山姥切は面白がってただけ。互いにいつもと違う装いなことにドギマギするなんてこともないのだろう。私だけがいつまで経ってもいつもと違う山姥切に慣れないだけだ。というか思えば山姥切は最初から普段通りだった。どうせ私なんて山姥切の心を揺さぶれるだけの人間なんかじゃない。……知ってるよそれくらい。それくらい知ってるよ!

「君は本当に放っておけないな」
「え?」

 ポツリと吐き出された言葉。その言葉をうまく拾うことが出来ず、山姥切の方を向こうとした瞬間、ふっと眼前に山姥切の顔が現れた。そのことに息を呑めばそれを追うように山姥切の顔がぐっと近付く。初めての距離感に思わず「山姥切……?」とか細い声で名を呼べば、山姥切の視線により一層熱がこもる。……何これ。こんな顔知らないんですけど……!?
 左耳にそっと山姥切の手が触れる。そのことに思わず目を瞑るのと、自身の髪が山姥切によって耳にかけられるのは同時。その動作に思わず「ひゃっ」と甲高い声を零せば山姥切の口からは「ふっ」と緩やかな笑みが落ちた。

「俺が唇に印を与えないと、その目は開かない仕組みなのかな」
「〜っ! なんなのもうっ!」

 反射的にカッと目を見開き、怒りに任せて山姥切を殴ろうと掌を振り上げるとそれを予測していたかのようにその手を握りしめられた。そしてそのまま顔を近付けられ視界を山姥切の整った顔が独占する。あぁ、伏せた睫毛が長くて綺麗だなぁ――なんて。一瞬そんなことに思考を飛ばし、すぐさまそれどころじゃないと慌てだす脳内。
 突然の口付けで少し開いていた唇にギュッと力がこもる。それを自身の唇で感じ取ったのか、山姥切はその唇の動きに合わせて少しだけ離し、すぐに下唇を食むようにして口付けてきた。突然のことに私はどうすれば良いかが分からなくて、全身に力をこめてカチコチになるしかなった。そういう戸惑いも全部山姥切は分かっていたようで、山姥切の唇はほんの数秒で離れていった。……こういうの初めてだから分かんないけど……山姥切のキス、めっちゃ優しかった……。

「これだけ伝えれば俺の気持ち、分かってくれたかな」
「へっ……?」
「まさか、これでも伝わらないのか?」
「い、いや……っあの、その……充分伝わりはします……はい。えっ、私のこと好きなの?」
「はぁ……まったく。じゃないと君の傍にいつまでも居ないだろう」
「えっ、あ、うん。……え? そうなの?」
「もしかして君、俺が聚楽第の監査官として出向かないことになんの疑問も抱かなかったのか?」
「いやー……まぁその……ね? アハハ」
「むかつく」
「えっ? やまん――ンッ」

 さっきよりも少し乱暴で強引なキスを長めに落とされる。いつの間にか自身の指に絡ませられていた山姥切の指。その指をきゅっと握り返すと、それで良いというように山姥切の指にも力がこめられる。そうして2回目のキスから解放された時にはもはや花火どころではなくなってしまっていた。

「ふふ。どうやら君もようやく自分の気持ちに気付いたみたいだね」
「……ここまで大きくされるとは思ってもなかったけど」
「そうか。ならその責任は俺がとるべきかな」
「そうだね。山姥切の責任だよ、これは」

 ゆっくりと見上げた先。そこには空に打ち上がる花火に負けないくらい綺麗な顔が、愛おしい者を見つめる眼差しを浮かべて待っていた。

BACK
- ナノ -