動機とは?

 誰も話さない教室で、皆がそれぞれの机に向かってひたすらにシャーペンを走らせる音が木霊する。それは例に漏れず、俺自身もそうだ。まぁ他の皆と違う事とすれば他の人よりちょっとだけ空欄が多いってとこくらいかな。だって国語って数学とかと違って適当に埋めときゃ、まさかの! みたいな正解の確率低いし。それなら潔く空欄だ! これぞ男らしさってやつ?赤葦あたりにはぜってぇ言えないけどな。赤葦のジト目が浮かんできてすぐにそれを削除する。さ、テストに戻るか。

 机の上に鎮座する問題用紙を適当に流し見のように辿っていき、ある1つの問題文にぶつかる。

嫌いになるには十分な動機だ。 問1、動機の意味を答えよ

 その問いに対応する欄を解答用紙から見つけ出し、長めに取られた欄をじっと見つめてみる。

 動機って要は理由みたいなもんだろ? この問題文でいうならこの紀男って男がろくでもない男で、そんな紀男に愛想を尽かした花子さんが嫌いになったっていう話みたいだし。まぁ、でも嫌いになるのは色んな理由があるよな。花子さんも紀男に色々苦労させられてるみたいだし。花子さん、相当苦労してきたんだなぁ。次はもっと良い男に出会えると良いな!

……でも嫌いになる理由って沢山あるかもだけどよ、それって好きになるのにも言えんじゃねぇか? ろくでなしの紀男にも何かしらの魅力があって、花子さんはそこを好きになったんだろうし。人が人を好きになる動機……動機かぁ。

 赤葦……は俺より先輩っぽいし、主将っぽい所があって怖い時もあるけど、そこが赤葦の良い所だし、好きだ。木葉も小見やんもバカばっかり言ってるけどアイツ等と居ると楽しいし、好きだ。

 いろんな人を頭の中で思い浮かべてみるけど、全員好きにカテゴライズできる。

 そんな時、俺の横に居るみょうじの姿が視界に入る。

 みょうじかぁ……。俺あんまし話した事ないんだよなぁ。まぁでも、いっつも真面目に授業聞いてるし、成績もいい感じっぽいし、友達と話す時よく笑ってるし、まぁ好きな方に入るか。

 そんな風になんとなくみょうじを“好き”へとカテゴライズして、次の人物へと移ろうとした時。

 俺の視線を感じ取ったのか、問題用紙に注がれていたみょうじの視線が俺へと移る。

「……」

 テスト時間なのに誰かと目が合う事にソワリとする。なんだかイケナイ事をしている気分だ。いや別にカンニングしてるワケじゃねぇし、イケナイ事は何もしてないんだけど。そんな言い訳が頭をよぎりつつ、目を泳がせた後、もう1度みょうじの方へと視線を向けてみる。

「テスト中だよ」
「……!」

 みょうじに口パクともとれる小声でそんな事を囁かれて、俺は堪らずみょうじと反対側の方へと顔を向けて机に突っ伏す。問題はあと少し残ってるけど、もういい。どうせ今の頭じゃ理解できねぇ。目線が合わさった時、みょうじは少しだけ口角を上げて悪戯な表情を浮かべてみせた。そんな表情であんな風に囁かれた俺の心臓がバクバクいってるのが分かる。あれは、やばい。反則だ。あんな表情、見たことねぇ。

 打ちのめされた脳みそでもう1度仕分けしてみる。

 みょうじなまえは? 好きか、嫌いか?

 その結果はもちろん“好き”で変わらない。だけど、他の皆とは違うもう1個別のカテゴリーの“好き”だ。

 そう考えて、もう1度あの問題文へと戻る。


嫌いになるには十分な動機だ。 問1、動機の意味を答えよ

 答、の横に続く言葉をガリガリと欄を大幅にはみだしながらペンを走らせる。

答、そんなのはこの欄じゃ足りません!

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