ワガママでいなさい

 生まれてからずっと長男という立場だった彼は、人に甘えるということに不慣れだ。長男であるが故に自分の希望や願望、欲望を人知れず抑え込む節があるように思える。そしてそれを持ち前の理性でうまく隠す。そういう大地だからこそ、心配だったし目が離せなかった。
 私の感情が“好き”というふた文字で表せることに気付いた時には、もう既に口にしていた。我慢ばかりする人の傍に居ると、私は反対に我慢が下手くそになっていた。吐いて出るように、大地からしてみたら押し付けられたと言っても過言ではない告白だったにも関わらず、大地はその「好き」をとても嬉しそうに受け入れてくれた。

 我慢ばかりする大地だからこそ。私の気持ちを我慢して受け入れたんじゃないだろうかという不安もあった。あったけど、それはすぐに目の前で消えた。大地の顔が、本当に嬉しそうだったから。「ありがとう」という言葉は決して我慢でもなく、本心から言ってくれたものだと数年経った今でも信じ揺らぐことはない。

 けれど人間の性格とはそう容易く変わるものでもない。我慢という行為は、大地にとって無意識に選ぶ選択肢だ。記念日やクリスマス、大地の誕生日。そういう特別な日に何か特別な贈り物をしたいと告げても、大地はいつも「そんなの良いよ」と笑う。“私が傍に居てくれたらそれで良い”恥ずかしそうに付け加える言葉は、あの日のありがとうと同じ声色で紡がれる。だからこの言葉たちも決して嘘や我慢ではなく、本心だということも分かっている。分かってはいるけれど、納得することは出来ない。

「今年も本当にクリスマスプレゼントだけで良いの?」
「あぁ。毎年ありがとな」
「こちらこそ。毎年ありがとう」

 何も要らないと言う大地だけど、だからといって本当にあげないわけじゃない。毎年互いに何かしらの贈り物を贈りあってはいる。だけど、誕生日プレゼントはクリスマスプレゼントと一緒で良いといつも断られる。それだと私の方がプレゼントを貰う回数が多いじゃないかと抗議してみても、大地は些事だと笑う。

「俺は物以上のものをなまえから貰ってるから」
「……あげてる実感がないんだよなぁ」
「ははっ。大丈夫、俺が実感してる」
「ん〜〜……」

 不満を隠そうとしない私に、大地は少し困ったように笑う。ちょっとくらい困れば良い。そうやって困りでもしないと、大地は自分自身を出そうとしてくれないのだから。

「……じゃあ、」
「何々。なんでも言って」
「実は、ずっと欲しいと思ってることがあって」
「えー! 知りたい知りたい!」

 パァッと顔を輝かせる私とは裏腹に、その顔に緊張を混ぜる大地。自分の欲しいものを口にすることにここまで緊張するというのもおかしな話だと思うけれど、それが澤村大地という人間なのだ。
 
「なまえが欲しい」
「……えっ?」

 言葉を理解するのに数秒かかった。まさか大地がそういう類のお願いをしてくるとは、ちょっと予想外だった。……いやでも。この願いこそ、彼女である私にしか贈れないものだろう。一肌脱ごうじゃないか。愛する彼氏の為に。

「その前にお風呂だけ……」
「ち、違うくて! いや違わねぇんだけど、」
「ん? 私が欲しいわけじゃないの?」
「欲しいは欲しい」
「おお、即答とか珍しい」

 それはそれとして、とゴニョゴニョ口をもごつかせる大地。ひとまず話を聞こうとすれば、大地は深呼吸をしたあと「なまえの旦那枠が欲しい」という言葉で言い直す。枠が欲しいって……。いや正しいんだけども。

「ふ、ふふっ。アハハ! 枠かぁ。……ふはっ」
「笑うなよ。緊張して冷静じゃねえんだ、こっちは」
「今度はキレてる」
「俺今格好悪すぎて恥ずかしい」
「そういうところも好きだから大丈夫だよ」

 ぎゅうっと抱き着くと、腕を広げ優しく捕まえてくれる大地。そのまま数秒を過ごし、返事の為に体を離そうとすれば、大地の腕が締まってそれを防がれた。これは大地なりのワガママだと思い、再び戻る心地の良い居場所。

「返事は俺の誕生日にして欲しい。俺への誕生日プレゼントとして」
「ふふっ。すっごい自信満々なプロポーズだね」
「あぁ。正直、自信しかない」

 その言葉には我慢も理性も感じない。心の底からの本心だって分かる。だから私は、喜んで大地の要望に応えようと思う。

「今年は今までで1番良い贈り物が出来そうだから。期待してて」
「おう。楽しみにしてる」

 大地に我慢なんてさせないんだから。

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