2人きりの祝福

現代設定


 誕生日パーティーの招待状を白石自身から受け取った時は心の底から呆れた。数日前からアピールが激しく、3回目あたりで頭を鷲掴みにして黙らせたというのに。それでも懲りなかったのだろう。白石はわざわざ全員が居る休憩スペースにまでやって来て“招待状”と書かれたシワシワの紙切れを手渡してきた。

「あちょっ杉元ッ! それゴミじゃないから! 当日必要なヤツだから!」
「うるせぇ。汚ねぇ字で落書きされたゴミ渡しやがって」

 ケッと吐き捨てるように冷たい言葉を放つ杉元さん。その手には白石と2人で押し問答を繰り広げたのか、シワシワを通り越してグシャグシャになった紙が2枚握りしめられていた。1枚はきっとアシパちゃんの分だろう。尚も白石と言い合いを続けているけれど、手放していないのを見るにあの招待状はきちんとアシパちゃんのもとに届けられるんだと思う。

「尾形ちゃんは? 俺の爆誕を祝える日だぜ? 来るだろ?」
「……」
「無視はやめてぇ?」

 その後も谷垣さんやらキロランケさんやらに招待状を押し付け「行けたら」という返事を寄越された白石が再び私たちのもとへと戻って来た。私もさっきのやり取りで「行けたら」という返事を返しているので、白石の標的は私の隣に腰掛けている尾形だ。とはいえ尾形だ。“行けたら”の4文字すら発さない。じっと紙を見つめたあと、その紙を分捕って休憩スペースから出て行く姿を眺め、白石と目を合わす。

「あれ、どっちと思う?」
「招待状を受け取ったのを見る限り、行くかも」
「だよねぇ〜。……ってことは俺、尾形と2人きり……?」

 その可能性を見いだすなり白石が私に縋りつく。1人でも来てくれるだけありがたいと思えと足蹴にして私も休憩スペースを出てからふと思う。……野郎の誕生日を男2人で祝うって。しかもそのメンバーが尾形と白石って。めちゃくちゃ面白そうだけど、さすがにちょっと可哀想な気がしないでもない。3月3日は特に用もないし。行けたら行ってやるか。……行けたら。



「おいコラ白石コラ」
「たはっ☆」

 電話口の向こうでふざけた声を発する白石を殴りたい。今すぐその頬にこの怒りに震える拳を打ち込みたい。当の本人が居ないというのは一体どういうことだ。家に行って誰も居ないのならまだ良い。良くないけど良い。問題なのは目の前に尾形が居ることだ。私が白石のアパートを訪れた時には既に通路の端に座っていたのを見るに、結構早い時間からここに居たのだろう。……言えない。尾形に「白石が居ないからナシで」なんて。私には言えない。

「いつ戻ってくんの」
「今日の夜中……いや、明日の朝かな」
「はぁ? どこ行ってんの?」
「夜のチャンネーに会いに」
「……はぁ?」
「1年に1度しかない誕生日だぜ? 祝われたい人に祝われないとだろ」
「だから来てやったんでしょうが」
「俺にとって祝われたい人は夜のチャンネーたちだぜ」

 ピュピュウ☆と続ける白石の声を途中でブチ切り、ドア横にある面格子に提げられたビニール袋を引きちぎる。中身をひっくり返してゴミを通路にばら撒くと、そのうちの1つを手にした尾形が鼻の辺りに持って行くなりカッと目を見開き口を半開きにしてみせた。何やってるんだと思いつつ尾形を横目に目当ての物を探しだし、それを手に取りドアノブの鍵穴に差し込む。

「後片付けよろしく」
「……は?」
「私は部屋の中ざっと片付けるから」
「おい」
「せっかく来たんだし。私たちだけでパーティ……っていうか飲み会でもしようよ」
「アイツは?」
「キャバクラに行くんだって。ムカつくから白石の部屋使ってやろうと思って」

 説明しながらドアを開けると後ろでガサゴソと音が響き始めた。どうやら尾形は大人しくゴミ拾いを始めたようだ。こういう時、尾形百之助という人物の意外性を知る。尾形は神威商事に勤める社員の中で、実は結構な頻度でこういう集いに参加している方だ。今も“主役が居ねぇんなら帰る”と言ってどこかへ姿を消しそうだというのに、文句の1つ言わず言うことに従っている。

「杉元はどうした」
「アシパちゃんが観たい映画が遠方でしかやってないらしくって。今日明日泊まりで行くんだって」
「ふっ」

 訊いたくせに興味なさげに鼻息を鳴らされた。尾形の態度はこういうものだと知っているので、私も大袈裟に反応せず白石の家へと上がり込む。部屋の中はやっぱりゴチャゴチャしてて、片付けるというより端に寄せた方が早いと判断し、容赦なく荷物を端へと押しやりスペースを確保する。その間に尾形は器用に荷物と荷物の間にすっぽりと収まるように座り、どこか1点を見つめている。尾形なりに落ち着く場所を見つけたのを見届けてから冷蔵庫を開けると、部屋中の余白をここに持って来たのではないかといえるレベルですっからかんだった。

「何もなさ過ぎでしょ。酒のツマミすらないんですけど」

 冷蔵庫の中に向かって舌打ちしつつ、その空間を独り占めするかのようにケーキを入れた箱を仕舞う。……酒は買ってきたからあるとして。ツマミの方が心許ない。仕方ない、何か調達しに行くか。

「スーパーに行くけど尾形どうする?」

 1点を見つめていた視線をゆらりと泳がせ、その視線を追うようにして立ち上がる尾形。そうして2人で歩くスーパーまでの道のりで、ふと気になったこと。

「尾形の誕生日っていつ?」
「1月」
「え、もう過ぎてんじゃん。教えてくれたらお祝いしたのに」
「…………別に。自分の誕生日なんざ言いふらすもんでもねぇだろ」
「まぁ確かに」

 尾形の言うことはもっともだ。訊かれもしないのに自分から言うだなんて、大人のやることとは言い難い。私の感覚も白石のせいで麻痺していたようだ。尾形の言葉でハッと我に返り、咳払いで恥ずかしさを誤魔化す。そうやって恥ずかしさを誤魔化そうとしているうちに、ある1つの考えに至った。

「じゃあさ、今日は尾形の誕生日会にしようよ」
「……俺の」
「そうそう。さっき冷蔵庫に入れたケーキはしょうがないから白石にあげるとして。尾形用のケーキも買おうよ」
「別に、」

 別に、と歯切れの悪い言葉を返す尾形。だけど私にはその言葉の後に何が続くのか、訊かずとも分かる。なので私もあえて口にすることはせず笑みで返事をしつつ「他には何が食べたい?」と質問を重ねる。どうせなら尾形の好物でテーブルを埋め尽くしてあげたい。もう白石の誕生日だなんてどうでも良い。

「……あんこう鍋」
「あんこう鍋ぇ? これまたものすごい変化球投げたね」

 果たしてあんこうの旬はいつなのか。行く先にあんこうは売っているのだろうか。というかどう調理すれば良いのだろうか。途端にあんこうで埋め尽くされる私の脳内。慌てて携帯であんこうについて調べると、尾形も興味深そうに画面を覗いて来た。その顔は、いつもよりも分かり易く楽しそうだった。

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