想いここに在り

 右も左も分からないまま審神者になった私を、誰よりも傍で支えてくれた人。……人ではなく、刀。私が彼のことを“人”のように捉えると、彼はいつだってやんわりとそれを否定した。まるでそうされると困ると言うかのように。

 だけど、刀剣男士とは神であれど人の姿を与えられし者のことをいう。それは肉体という入れ物だけでなく感情や意志、思考、そういったものを伴って人間となんら変わりのない形として私の前に現れる。
 人となんら変わりのない形――とはいえ。人それぞれに個性があるように、刀剣男士にもその違いはある。だからこそ、“この人こそが運命の人”と特定の人に心を誓うのと同じように、私の心もその刀剣男士に捧げたくなった。そして、彼はその気持ちに早い段階で気付いていた。私も、彼に自身の気持ちを気付かれていることに気付いていた。彼がなんの考えもなくただ底抜けに明るい男士というわけではないことに、私も気付いていたから。

 そして、その気持ちを私が打ち明けないように遠回しに仕向けていたことにも。彼が己自身を人間として扱われるのを嫌がるのは、そういう意味合いを持ってのことだった。私自身も時間遡行軍と戦うという使命を持っている間は決してこの想いを公にするつもりはなかったし、彼の意志を尊重したいと思っていた。……そう思い込むことでどうにか自分自身を律していたといった方が正しい。

「時間遡行軍の壊滅を確認。これより先の未来で時間遡行軍と戦うことはないようです」

 政府からの入電。それを読み上げるこんのすけの言葉を聞いた時、嬉しさやここまでやってきたことの達成感や解放感よりももっと別の気持ちが溢れ爆発しそうになった。

――これで陸奥守さんに想いを告げられる

 秘めて秘めて心の奥底に錨と共に沈めていた気持ちが、一気に熱を持って噴出しそうになった。どうにかその場ではそれを押し留め、それから始まった事後処理に手を焼きつつ気持ちを落ち着かせようと必死になってみたものの。長年溜め込んだ想いはそう簡単にひいてはくれず、遂に審神者としての務めを果たす最後の日が来てしまった。

「では1番最後……初期刀の陸奥守吉行」
「こん本丸もわしらだけになってしもうたにゃあ。まるで初めておんしと顔を合わせた日のようぜよ」
「そうですね。あの頃からどれだけの時が経ったのでしょうか」
「さぁ。時間いうがはあまりあてにならんきの」

 彼らしいせりふだと笑いつつ、別れを告げてきた他の刀剣男士たちと同じように最後の時を味わう。時間遡行軍という敵が居なくなった今、本丸ももはや必要がない。そう政府が判断し、私たちの本丸は解体することとなった。敵との戦いに備える必要も、本丸という場所さえも不要となったことは喜ばしいこと。刀剣男士たちも本来の姿に戻りそれぞれの在るべき場所で穏やかに過ごせる。政府の判断に異を唱える必要性はない。……それでも、やっぱり。

「そうやけんど、やっぱりこうして幾年の時間を過ごした場所を離れるいうがは寂しいのう」
「……ですね。この場所は、特別でした」

 右も左も分からぬまま。陸奥守さんと共に歩み、その歩みの数を徐々に増やし、いつのまにか大所帯となっていた私たちの居場所。形としてあったものをなくすというのは、やっぱり寂しい。だからこそ。形がなくなるというのなら。

「私は、あなたのことがずっと好きでした」
「…………どういて今言うがよ」
「だって陸奥守さんは居なくなっちゃうじゃないですか」
「居らんようになるきこそ、言わんで良かったじゃろう」
「形がなくなるからこそ。想いを口にしたかったんです」

 目を真っ直ぐ見つめ告げれば、陸奥守さんも同じように見つめ返してくれる。きっと私の想いを深さを汲み取ろうとしているのだと思い、その目から逃げることはしない。そうすれば彼はきっと分かってくれるはずだ。だって彼は、誰よりも聡い男士だから。

「わしらの刀解が済んだら、おんしゃの記憶からわしは消えるのにがかえ」
「そうです。例え陸奥守さんのことを思い出せなくなっても、この気持ちが胸に残るように。きちんと口にしておきたかった」
「どっかのお月さんがしたように、わしは今から韜晦のようなことをする相手ぜよ?」
「良いんです、それでも。どこに居るか分からなくなっても、思い出せなくなっても。私があなたを好きだった気持ちをなくしたくはないんです」
「……強くなったなぁ。さすがわしの主ぜよ」
「ありがとうございます。最後にそう言ってもらえて良かったです」
「わしこそ。おんしゃのもとで新しい世界が見れて、楽しかったぜよ」

 そう言って、陸奥守さんは最後に1度だけ私のことをその腕の中に閉じ込めてくれた。どうせならそのまま私のことも連れて行って欲しいと思ったけれど。そんなことを彼がしないことも分かっていたから。眩い光に目をくらませ、次に目を開けた時、私はただ訳も分からぬ涙を1人静かにそっと流した。

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