マネを怒らせてはいけない
PM8:45
「あっちゃー……。切り過ぎた……」
洗面化粧台前。数分前に時間を戻せたら、なんて後悔を生きていると何度か味わう事がある。
そんな感覚が今しがた訪れた。目にかかりだした前髪を数センチだけ……と思って切ったら、思っていたよりも切り過ぎてしまった。
「明日、笑われるな……」
そう思ってももう前髪は戻って来ない。はぁ……と溜息を吐いて眠るしかなかった。
AM7:10
「おぉ、大胆に行ったなぁ」
「……イメチェン?」
「に、ににに似合ってます」
「ぶは!! あー……腹痛てぇ!!」
夜久、研磨、山本、黒尾と各々が反応を示す。
「山本、精一杯のお世辞ありがとう。てか、黒尾笑い過ぎだから」
やっぱり弄られるよなぁ……とヘコんでいると、
「はざまーす!……て、え!? みょうじ先輩、その前髪どうしたんスか!? 失恋っスか!!」
「リエーフ。うるさい。てか何で私が失恋しないといけないワケ」
1番厄介なリエーフに見つかってしまった。
「だって!! 女性が髪を切る、イコール失恋なんですよね? だったら励ましてあげないと!!」
「もう、大声で変な事言わないで。……部活始めるわよ」
懸念していた事が起こってしまった。コイツ、今日1日だけ風邪でも引いて休んじゃわないかな。いや、それか私の前髪が伸びるまで。ずっと休んでいて欲しい。リエーフが関わるとロクな事が無いんだよなぁ……とヘコんだ状態で1日がスタートとなってしまった。いや、まぁヘコんでるのは昨日の夜からなんだけど。
PM12:50
「ねぇ、なまえが失恋したって噂、ほんと?」
「え? 違うけど……。好きな人も居ないのに」
お昼休み、違うクラスの子から唐突にそう聞かれて頭にハテナが浮かぶ。
「だよね? 私、そんな話聞いたことないからビックリしちゃった」
「私自身驚きだけど。何でそんな話が出てんの?」
「バスケ部の子が朝練中にバレー部の子が話してるの聞いたんだって。1年のほら、りえーふ君? って子」
「アイツ……! とにかく! 私、失恋なんてしないから!」
再度強く否定し、友達とは別れたけど、その後も色んな人から「どんまい」だの、「元気出して」だの言われるもんだからその度に否定しなくちゃいけなくて、散々な目に遭った。リエーフめ……。アイツさては色んな所で話したな……!! 沸々と怒りを溜める事になったお昼休み。
PM4:55
「リエーフーーーー!! あんた、言いふらしたでしょ!?」
「俺はみょうじ先輩の為を思ったんですよ!? 何で怒るんスか?」
「あんたは人の為を思うなら、余計な事はしちゃ駄目!!」
「そんなぁ!」
「口ごたえするなぁ!!」
やっと怒りを吐き出す相手を見つけた私はもう止まらない。
「許して下さいぃぃぃ!!」
「私の気が済むまでは駄目!」
1日のイライラを全て吐き出してやるのだった。
「あん時のみょうじ先輩、夜久さんより怖かったです……」
「俺、みょうじいじんのやめとこ……」
そうして語り継がれる、音駒マネ最強伝説。