あなたの主

 刀剣男士にだって違いはある。見た目だけじゃなくて、性格や考え方だって一振りひと振り異なる。そういう個性を考慮した上で刀剣男士をうまく扱うのが審神者の仕事――いつもそう口酸っぱく言われているので、私だって審神者として頑張ろうと思ってはいるけれども。

「気安く話しかけるな」

 いい加減心が折れそうだ。遠征や出陣を一生懸命頑張ってくれた男士たちを玄関で出迎えるたびにこうだ。
 大倶利伽羅は顕現した時からそうだった。普段は顕現したその場でその男士について色々と尋ねるけど、大倶利伽羅はちょっと自己紹介するだけですぐに部屋から出て行ってしまった。それ以来、大倶利伽羅とだけ距離が縮まらない日々を過ごしている。

「えっ、また出陣? 最近この時代の要請多くない?」

 出陣から戻ってきた第1部隊の出迎えを終えるなり、続け様に出陣を要請された。他の部隊は遠征に行ってもらっているので、今しがた帰って来たばかりの第1部隊に出向いてもらうしかない。ただ、第1部隊の中には中傷状態の男士も居る。本当なら手入れをしっかりしてあげたいけど、ひとまずは中傷の男士を外して別の男士へと編成を替えて対応することにしよう。

「歌仙。大倶利伽羅を外した場合、別の男士で第1部隊とバランスが合う男士って今誰が居る?」
「探してみる」
「ありがとう」

 初期刀である歌仙は下手したら私よりもこの本丸事情に詳しい。刀剣男士同士だからこそ分かり合える部分もあるらしく、男士側の要望は歌仙を通じて届けられることも多い。いわばこの本丸の御意見番といった所だ。そして私にとってもそれは同じことで、前に“男士それぞれの個性を考慮した上でうまく扱うのが審神者の仕事”と叱責の口調で言ってきたのも歌仙だ。
 つまり、歌仙は怖い。雅なんたらと口にするけど怒ったら普通に怖い。だけど、その分頼りにもなる。私の長らくの近侍で相棒だ。

「ちょっと良いかい」
「リストもう出来たの?」
「そうじゃなくてね」

 手筈を整えていると、リストアップを頼んでいた歌仙が審神者部屋に顔を覗かせた。すぐさま出陣しないといけないタイミングで歌仙がこうして時間を欲しがっている。それだけでイレギュラーな事態が発生したのだと察し、障子の傍に立つ歌仙を見つめる。そうすれば歌仙は「中傷なら次の出陣にも支障はないって。彼、言い張ってるんだけど」とその語尾を少し上げて問うように告げてきた。

「どうする?」

 続く言葉できちんと私の対応を問う歌仙。確かに大倶利伽羅は重傷ではなかったけど。中傷状態の大倶利伽羅をわざわざ戦地に向かわせなくても良い。それはきっと歌仙も同じ考えのはず。だから少ない時間の中で本丸に待機している男士のリストアップを請け負ってくれたのだろう。とはいっても、交代させられる男士が聞かないのならばそこは審神者の出番――ということか。

「……大倶利伽羅と話してみる」
「任せるよ」

 大倶利伽羅が私の言うことを素直に聞くとは思えないけど。それでも、そういう大倶利伽羅と向き合うのが私の仕事だ。

「さっさと出陣させろ」
「今この状態で出てもきっとすぐに撤退することになっちゃうし」
「この時代の敵ならなんとかなる」
「そうかもだけど、でも、」
「……チッ」

 何度か押し問答を繰り返し、その矛を収めたのは大倶利伽羅の方だった。そのままひと段落――とはいかず、収めた矛は別の方向を向きそのままそっちの方面へと歩みを進める大倶利伽羅。……そっちってまさか……。

「俺は1人でも行く」
「ちょっ、待っ」

 大倶利伽羅がスタスタと転送位置に向かって歩き始めたのを見て、同じ部隊に属する男士たちも慌てて転送位置へと向かう。その男士たちから苦笑気味に「何かあったら俺らでカバーするから」とフォローを入れられてしまえば、もうこちらになす術はない。結局、大倶利伽羅を説得することが出来ないまま第1部隊を出陣要請先へと転送することになってしまった。

「あれで良かったのかい」
「だって……時間もなかったし」
「時間がない中で説き伏せるのがきみの仕事だろう」
「そうだけど……。大倶利伽羅のあの態度じゃ私にはどうしようもないよ」

 歌仙の視線から逃れるようにして歩き出す。薄々勘付いていたけど、私の心は既に折れている。大倶利伽羅と面と向かって話し合うよりも、素直に要望を受け入れた方が早いと思ってしまっている。それじゃいけないと分かっていても、折れた心ではどうしようもない。

「だって仕方ないじゃん」

 ポツリと呟いた言い逃れは、重傷を負った第1部隊の姿を見た時“後悔”となって戻って来た。



 中傷状態の男士が居るということは、その隊は万全ではないということ。そして、その隊で検非違使と戦うことが何を意味するか。それを考えた時、私は自分の采配の甘さに唇を噛み締めた。その込み上げてくる思いを零さないようにしつつ、1番重傷を負っている大倶利伽羅のもとへと足を向けると、大倶利伽羅は私の姿を見るなりチッと舌打ちを鳴らす。

「俺のことは放っておけ」
「そういうわけにはいかないよ。大倶利伽羅が1番手負いなんだし」
「別に良い。触るな」

 伸ばした手を跳ねのけられ、思わずカッとなる。それでも、歌仙の言いつけを思い出し「大倶利伽羅が出陣したいって気持ちも分かるよ。だけどその為には体調は万全にしておかないと。ね?」と笑みを繕う。そうして再び手を伸ばそうとすると舌打ちと共に「俺にかまうな」と怒り気味に拒絶されてしまった。

「…………なんなの。自分が……、」
「なんだ」
「お、大倶利伽羅が悪いんじゃん!」

 押し留めていた分、飛び出したものは思ったより大きかった。体全身が熱くて、その熱が瞳から溢れ落ちてゆく。それが唇を伝って塩気を帯びた時、「大倶利伽羅の主なんてもうしたくない! 勝手に破壊でもされれば良い!」と言ってはいけない言葉まで飛び出した。その言葉に大倶利伽羅の瞳が僅かに開かれる。そしてその揺れを見つめた瞬間、体中の熱が引き、視界が動揺で揺れた。

「……っ、」

 そしてあろうことか、私はその場から逃げ出した。その場ですぐ「ごめん」と言えたら少しはマシに出来たかもしれないのに。審神者である前に、1人の人間としての感情を剥き出しにして、それをイチ刀剣男士に向けてしまった。

「ちょっと。手入れはどうするんだい」
「無理だよ。私には出来ない」
「じゃあ誰が手入れするのさ。この本丸の主はきみだろう」
「もう……、嫌だ。歌仙がやってよ……! 手入れも運営も……全部っ」
「正気かい? きみ今自分が何言っているのか、分かっているんだろうね?」
「うるさいなぁ! 分かってるよ! 分かってるから放っておいてよ!」

 控えめだったけど、それでも私の頬にはきちんとした痛みが走った。崩れた体勢を反射的に整えれば、「ここまで来て……この期に及んでそんな甘ったれたことを言うな」という怒声が耳に届く。……なんで私がこんな風に責められないといけないの。それは、私が言ってはいけない言葉を大倶利伽羅に言ったからだ。

「わ、私……大倶利伽羅にひどいこと言っちゃった」
「あぁ、聞いていたさ」
「どうしよう歌仙……」
「今気付けたのなら、どうすべきかも分かってるだろう?」
「歌仙……あの、」

 歌仙の裾をキュッと握る。そうすれば歌仙は溜息混じりに「分かった」と目を閉じてみせた。こんな風にみっともなく頼ってしまうのは、初期刀で相棒である歌仙だけだと歌仙も分かっているからこそ。泣きべそをかいていることは叱らないでくれたのだろう。



「大倶利伽羅……さっきはごめん」
「別に。どうってことはない」
「本心じゃないの。ついカッとなって言っちゃっただけで……本当に、あの……でも、言っちゃいけない言葉でした。本当にごめんなさい!」

 ガバッと頭を下げると後ろに立っている歌仙が浅い溜息を吐くのが分かる。それはきっと、主が刀剣男士に頭を下げるだなんてという呆れと、私がそういう性格であることを悟っている呆れがあるのだろう。歌仙が言うように、刀剣男士それぞれに性格があるように私にも性格がある。歌仙もそれは知っているし、なんだかんだ言いつつ受け入れてもくれている。それは他の男士だってそうだ。だから私の本丸はここまでやってこれた。

「この本丸は、ここに来てくれた男士たちのおかげで成り立ってる。そんな男士に向かって“破壊されたら良い”なんて……絶対に言っちゃいけなかった」
「あんたの本心がそこにないことくらい、俺だって分かってる」

 バッと顔を上げると、大倶利伽羅も私を見つめ返していた。こうしてきちんと向き合うのは、実は初めてかもしれない。いつからか私もなるべく大倶利伽羅とは関わらないで済むようにしていたから。真正面から見つめる大倶利伽羅の目は、思ったより鋭くはないことを知る。その目をぼんやり眺めていると、「なんだ」と目を細められてしまった。

「あ、いや……その……。もし大倶利伽羅が許してくれるなら、これからも大倶利伽羅の主でいても良いでしょうか……」
「いるもいないも。ここに俺が居る以上、俺の主はあんたしかいないだろ」
「あ、はい。ありがとうございます」

 反射的に出た感謝の言葉。その言葉には後ろに居る歌仙が雰囲気で否を漂わせてくる。思わず出ちゃったんだから仕方ないじゃんか。私に主従の“主”なんて向いてないんだから。……それでも。この本丸の主は私だけだから。そういう私でも審神者として頑張っていかないといけないし、頑張りたい。

「まずは手入れをしても良いかな?」
「……俺より別のヤツを優先しろ」
「別の男士は薬研たちの力を借りて手入れしてもらってるし、大丈夫」
「俺は、俺自身の読みが甘かったせいでこうなったんだ。あんたの手を煩わせる必要はない」
「だけど、こういう時くらいは誰かの手を借りないと。それに大倶利伽羅の読みが甘かったんじゃなくて、私のせいだよ」
「俺は自分の過失を誰かに押し付けるつもりなどない」
「違う。それが大倶利伽羅の考え方だって分かってるのに、そういう大倶利伽羅を止められなかった私のせい」

 会話しながら手入れ作業に入ると、大倶利伽羅は反抗のタイミングを失ったのか軽い舌打ちのみでされるがままだった。そのことに安堵していると「俺の過失を勝手に自分の責任にするな」と反論だけは返してくる大倶利伽羅。ああ言えばこう言うタイプだなと思わず苦笑した時、後ろに居た歌仙の気配が消えるのが分かった。きっと、この調子だと大丈夫だと思ってくれたのだろう。
 心の中で歌仙に礼を告げつつ「でもきっと、私はこれからも大倶利伽羅が傷を負ったら私のせいだってめそめそすると思う」と言葉を返す。ここまで来たんだ、私だってもう引くなんてことはしない。

「なんだそれは。面倒くさい」
「ははっ。そうだよ、私は面倒くさいんだよ。だから、私の言うこと……お願いはきいて欲しい」
「命令には及ばない。が、お願いなら、たまにならきいてやらんこともない」
「……あははっ。大倶利伽羅って、面倒くさいんだね」
「……ふん」

 こうやって話してみるまで、大倶利伽羅が何を考えてるかなんて全然分からなかった。一匹狼で他者を寄せ付けたがらないと思っていたけど、実は責任を感じたり別の男士を思いやったりすることが出来る男士だって知れた。
 これからも大倶利伽羅は自分の思ってることを素直に吐き出しはしてくれないのだろう。そういう時は、こうやってきちんと会話をしてみる。そうすればきっと少しくらいは自分の気持ちや考えを言ってくれる男士だって、今日分かったから。私はまだもう少し、この本丸の主で居られそうだ。

BACK
- ナノ -