狐の演舞

「これはこれは。三条の者がまた1振り」

 現れた男士は私の隣に立つ三日月さんよりも大きく、そしてその大きな体を覆うように真っ白な髪の毛を携えていた。というか……耳……え、ん? き、狐……?

「小狐丸と申します。ぬしさま、私を顕現してくださりありがとうございます」

 狐っぽいなぁと思ったその男士は、やはりその名を「小狐丸」と名乗った。小さいっていうけど、全然小さくはない。見上げる程の背丈を誇る小狐丸さんをぼんやりと見つめていると、「申し訳ありません、ぬしさま。小さいといえどこの体躯。ぬしさまの首を痛ませてしまうようです」と腰を屈ませ目線を合わせてくれた。

「あ、いえっ。こちらこそお気遣いいただいて、」

 小狐丸さんは三日月さんと違って私に合わせようとしてくれる。三条派はペースが独特なのが特徴なのだろうかと思っていたので、ちょっと意外だ。思わず三日月さんに視線を伸ばすと、三日月さんは「ん?」と言いながら首をこてんと傾けている。……やっぱり、三日月さんはマイペースに違いない。

「ご覧くださいぬしさま。顕現したて故、とても毛並みが良いでしょう」
「はい。すごく綺麗です」
「これは決して化かしているわけではありませんよ」
「あの。小狐丸さんって狐、なんですか?」
「ふふ。さぁ、どうでしょう?」

 蠱惑的な雰囲気を小狐丸さんが発しているように感じて、思わず息を呑んでしまう。なんというか、小狐丸さんは独特の世界観を持っている感じがする。ゴクリと生唾を飲み込む私の傍らで、三条同士積もる話でもあるのか「どうだ、1杯茶でも」と小狐丸さんを飲みに誘う三日月さん。その誘いに「良いですね」と小狐丸さんが頷き、廊下を歩き始める2振り。……やっぱりマイペース三条か?

「主」

 その様子を呆然と見つめていると、三日月さんからちょいちょいと手招きをされハッと我に返る。置いて行かれないようにしないと……と、大きめの1歩目を踏み出そうとした瞬間、小狐丸さんが戻って来て私の目の前で立ち止まった。

「ぬしさま、どうぞお手を」
「え?」

 スッと差し出された掌を見つめたあと、ハテナをその手の先にある顔に向ければ、小狐丸さんは柔らかく笑いながら「私の名前は小狐丸ですが、大きい故ぬしさまと歩幅が合いませぬ。良ければ手を」と言葉の捕捉をしてくれた。手を繋いで歩きましょうというのは、嬉しい気遣いだけども。ちょっと恥ずかしい。

「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
「そう遠慮なさらず。あぁ、ではこうしましょう」
「うわあっ!?」

 突然襲った浮遊感の次に視界がぐんっと高くなり、私の体に白くて柔らかい毛が垂れてきた。「こうすればぬしさまのご負担も少なくて済みます」と言う小狐丸さんに「だ、大丈夫ですからっ」と言い返してみても、ただ笑みを返されるだけ。この顔、よく見る顔だぞ。じじい様がよくしてる……って三日月さん、またおかしそうに笑ってる。

「みんなして私で遊ぶのはやめてください……」

 顔を手で覆っても笑い声は鳴りやまない。それどころかそのまま小狐丸さんは歩き出してしまうし、歩く度に揺れる髪の毛がふわふわで、ついそれに心惹かれ手で掬い取ってしまう。その毛並みは想像以上で、私はお姫様抱っこをされているという状況すら忘れ小狐丸さんの毛並みに夢中になってしまった。

「毛艶を気に入ってくださったようで何よりです」
「あっ、すみません。つい」
「ぬしさまに構っていただけるのは嬉しいです」

 嬉しそうに笑われると、どうもそれ以上「降ろしてください」とも言い出せず。結局私は小狐丸さんにお姫様抱っこをされたまま、広間まで運ばれてしまった。



 岩融さんと共に遠征から戻って来た今剣くんは、「わぁっ!」と小狐丸さんを見るなりとても嬉しそうに顔を弾かせた。やっぱり三条派が揃うのはみんな嬉しいのだろう。小狐丸さんは今剣くんを見るなり、こちらへと手招きし今剣くんの髪の毛を櫛で梳かし始める。
 2振りの様子を微笑ましく眺め、ふと隣を見ると朗らかな顔でお茶を啜る三日月さんと石切丸さんが居て。三条派のこういうゆったりとした雰囲気は、いつでも心を落ち着かせてくれるなぁとしみじみ思う。

「きょうのゆうげは、あぶらあげをつかったみそしるがでるそうですよ」
「油揚げ、とな?」

 遠征先の時代で手に入れた食材の中に油揚げがあり、それを調理場に居る燭台切さんに渡すとそう言われたのだと告げる今剣くん。その言葉を聞いた小狐丸さんの耳のような髪の毛がピクリと動いているのを見て、ふっと頬を緩める。やっぱり、小狐丸さんは油揚げが大好きなようだ。

「私もお手伝いしてこようかな」
「あるじさま。ぼくもおてつだいいたします」
「今剣くんは本当にたくさん働いてくれるね」
「はい! おやくにたちたいですから」
「俺も気持ちは一緒だぞ」
「そう言う割に三日月さんは1歩も動いてないですね?」

 三日月さんにジト目を送りながら調理場へと向かい、みんなで夕食を作りそれを食べ終えた頃。小狐丸さんが「自己紹介も兼ねて1つ、舞を披露いたしましょう」と言いながら席を立った。

「舞ですか?」
「私はそうして作られた刀故、少しばかり覚えがありまして」
「稲荷明神か」
「稲荷明神」

 三日月さんの言葉をオウム返しすると、三日月さんは「はっはっ。伝承、というやつだな」と緩やかに笑む。そのまま「さて、では食後の贅沢を味わわせてもらうとするか」と小狐丸さんに投げかけ、小狐丸さんも頷き返す。

 そうして始まった小狐丸さんの舞はとても美しく、優雅で華やかだった。音楽はないけれど、小狐丸さんの動作からはまるで音楽が鳴り響いてくるようで、私はひたすら固唾を呑み小狐丸さんの踊りに夢中になった。

「す、すごい……! とても、すごかったです!」
「ぬしさまに喜んでいただけて何よりです」

 そう言ってくれる小狐丸さんは本当に嬉しそうな表情を浮かべてくれるから、私も同じような表情になる。小狐丸さんは何を考えているのか、その奥を読み取ることは中々出来ないけれど。それでも、“私の為に”と想ってくれる気持ちは本物だと信じることが出来る。

「あの小狐丸さん。良かったら小狐丸さんに、私の名前をお伝えしても良いですか?」
「……良いのですか? 付喪神となった私にぬしさまの名を教えるなど」
「はい。だって、小狐丸さんは私のこと、化かしはしないでしょう?」
「ははっ。見破られてしまうとは。名折れにございまするな」

 髪の毛を手櫛でとかす小狐丸さんは、どこか照れているように見えて可愛らしささえ感じられる。そんな小狐丸さんを笑って「みょうじなまえと申します。これから、よろしくお願いします」と告げると、小狐丸さんは確かにしっかりと頷きを返してくれた。その後も広間にはたくさんの笑いが湧き起こり、この本丸もだいぶ賑やかになってきたなぁと私はしみじみ思うのだった。

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