必需
木兎と私の間に不等号を付けるとするなら、“木兎>私”だ。付き合って欲しいと言ってきたのも木兎だったし、付き合ってからも「好き」と言い続けたのは木兎だった。
私は、木兎がしょぼくれた時に求める言葉を渡せることは少なかったし、復活させる手助けもあまり出来なかった。それでも、時折出せる「好き」という言葉でさえも木兎は欲しいのだろうと思っていた。
「ただのエースになるよ」
その言葉をコートの外で聞いた時、“あぁもう木兎に私は要らないんだろうな”と漠然と悟った。あまりにもスッと湧いた感情は、そのまますとんと胸の中に落ちた。それが少し寂しい気もしたけど、“普通はそうだろう”と冷静な気持ちになった。
「準優勝、おめでとう」
「おめでとうって。なまえも準優勝じゃん」
「私は何も」
「何もしてないことなんてねぇよ。なまえだって俺たち梟谷バレー部のマネージャーなんだから」
「……ありがとう」
私は木兎に欲しい言葉を渡すことなんてまともに出来なかった。それなのに、木兎はいつだって私が望む言葉を普通に差し出してみせた。木兎は“みんなのおかげ”でバレーをやってきたけど、私からしてみたら“木兎だから”今私の隣を歩いていると言える。……でも、“私だから”木兎の隣を歩けるとは言えない。
「あのさ木兎」
「んー?」
「多分、この先の人生、木兎にとって私は居なくても大丈夫だと思う」
「……え。なんで!?」
春高を終え、それぞれの帰路に就く道中。2人きりで当たり前に歩いて帰るさなかでポツリと出した言葉。普通じゃない雰囲気を悟ったのか、木兎のクリっとした目がひときわ大きく見開かれた。
「もう木兎は“誰かが居ないとバレー出来ない”なんてことはないんだよ」
「あぁ! 俺は“ただの普通のエース”だからな!」
「だからだよ。だから、なおさら私が居なくても平気なんだろうなって」
「……んー? なまえの言ってること、よく分かんねぇ」
別れ話をしようとしているのに、一向にその色を見せない会話。木兎相手なら“別れよう”と言わないと伝わらないって分かっているのに。それが出来ないのは、私だってそうなることを望んでいるわけではないから。私だって、多少は木兎の気持ちに対抗出来るくらいの気持ちはある。というか、木兎のせいで引っ張られたといえる。……私だって、木兎のこと、好きだ。でも、これから木兎が進むであろう道を、私が隣に居ては妨げてしまうかもしれない。木兎の全速力を乱してしまうくらいなら、居ない方が良い。だから――。
「わ「分かんねぇけど。“なまえが居ないと”俺は彼氏にはなれねぇ」
「……別に私じゃなくても良いじゃん」
「なまえの彼氏はなまえが居ないとダメじゃん」
「でも……、私は、木兎の望む言葉をたくさん言ってあげることも出来ないし、気持ちを表すことだって上手じゃないし」
「確かになまえはあんま“好き”とか“格好良い”とか言ってくれなかったよな」
スパっと言い切る木兎に、ちょっとだけ虚を衝かれすぐさま呆れに似た笑いが込み上がってくる。……あぁ、やっぱり私、木兎のことが好きだ。
「でもさ、俺はそういうなまえと付き合ってんの。めちゃくちゃ言われたいけど、言ってくんないなまえ。それでもずっと一緒に居たいって思うから俺は俺をなまえの彼氏にしてもらってる」
「……なんかごめん」
「だから、“そういうのが要らない”ってなったとしても、俺はなまえのことは要るんだよ」
「……! そ、っか」
「そう! なまえは“俺の人生に”必要!」
「ははっ。人生に、かぁ。それは……アレだね。お互い離れられないやつだね」
「おう! 俺はこれからもずっと“なまえの彼氏”で居続けるつもりだからな!」
「私はちょっと違うな」
ついさっきまで心の中に居座っていたモヤモヤ。それが吹き飛ばされた今、その隙間を埋めるように木兎への想いが溢れている。私だって、木兎は“私の人生に”必要だ。そう、木兎が思わせてくれた。
「私はいつかは“木兎の奥さん”になるつもり」
「……! 今すぐなって!」
「今すぐは無理だよ」
「えぇ! 今すぐ結婚したい! プロポーズ今しても良い!?」
「あはは! 数年後の楽しみにさせてもらおうかな」
「えぇー! 数年後っていつ? 明日!?」
何日後になるかは分からないけど。でも、大丈夫。私たちは隣を歩くのが当たり前で、それが普通だから。その日は、当たり前にやって来るはずだ。