ご来店お待ちしております

 Vリーグの試合は楽しい。それを目当てに足繁く通っている気持ちも本当。ただ、私の第一目標はコートの外にある出店の中にある。そのお店目がけて足を向けているくせに、それを悟られないように装いながら出店コーナー全体をくまなく見る……フリをする。こんな行為、誰も見てないと分かってはいるけど、それでもなんでもない風を装わないと私はおにぎり宮の前へ辿り着くことが出来ないのだ。

「……よし」

 小さく呟き号令を出す。そしてふらっと現れた感じで「すみません」と声をかければ、「いらっしゃいませ」とすっかり耳に馴染んだ店員さんの声で出迎えられた。さすがに目の前の店員さんは私の顔を覚えているらしく、「今日は何にします?」と親しい声で会話を繋ごうとしてくれる。その様子にホッとしつつ、ショーケースの中を眺めていれば「戻りました〜」と伸びやかな声がカウンターの向こう側で響いた。その途端に私の心臓は体中に血液をまわし、ぶわっと熱を持たせる。……想定外だ。まさかこんなに早く帰ってくるだなんて。とにかく、早めに会計を済ませてしまおう。

「味噌とうめとごまを1つずつお願いします」

 早口で告げたオーダーに、店員さんが忙しなくショーケース内に手を這わす。そうして集められたおにぎりを前に、「350円です」と提示されるであろう金額を準備している時だった。

「林くん。俺代わるし、休憩行ってええよ」
「あ、じゃあこの会計終わったら」

 ……予想外だ。まさかこんなことになるだなんて。店員さん――林くんと呼ばれた男の子が会計を進めようとするその手のスピードアップを願うよりも先、「ええよ。会計だけなら俺やるわ」とおっとりとした喋り声がその速度をストップさせてみせた。林くんは上司の言葉に逆らう理由もないと判断したのか、「じゃあ店長、あとお願いします。ありがとうございました、また来て下さい」と前半は上司の男性へ、後半はお客である私へ言葉を送りその場を離れてゆく。……そんな、まさか。待って林くん――。

「ほんなら500円お預かりします」
「あ、は、はぃ、」

 トレイに乗せていた500円を大きな手がさらい、お返しとして150円の小銭を差し出してくる。その小銭を掬おうとしている自分の指がひどく震えているのが分かり、そのことに更に動揺して小銭をバラバラと落としてしまった。バラバラと音を立てる小銭たちを掌で上から押さえつけ、どうにか財布へとそれらを仕舞い込む。……落ち着け、あとはおにぎりを受け取れば終わるだけの所までは来ている。頑張れ、私――初めてのお使いよろしく自分のことを励ましている時、「どうして俺以外の時狙って来はるんですか?」と決定的な言葉を放たれ、脳内は真っ白に染まった。

「えっ、な、」
「なまえさん、俺が出店に居る時は絶対来てくれませんよね」
「そんなこ、……え。え?」

 後ろに人が並んでくれたら良いのに。こういう時に限っておにぎり宮は私1人の独占状態で、この会話から逃れることが出来ない。……というか、店長さんはどうして私の名前を知っているんだ? そのことが不思議で、“宮さんが居ない時を狙っている”ということを見抜かれていることよりも、そっちに意識を取られた。その意識の流れが手に取るように分かるのか、店長さん――宮さんはフフフと口元を緩めてみせる。

「ファン感の時、サインに名前書いてもらってましたよね」
「……えっ! なんで知ってるんですか!?」
「だって、あからさまに俺のことは避けるクセに。ツムに対してはめっちゃ笑顔で接されたらそら気になりますわ」
「……す、すみません……。決して宮さんのことが嫌いとか苦手とかっていうわけではなくてですねっ……」

 宮さんの言葉でようやく私の行動が見抜かれていたことを思い出し、必死の弁論を開始する。確かに宮さんのことを避けはしていたけど、それは決してマイナスな気持ちからではない。そのことだけは分かって欲しくて、これまで避け続けた相手に対しペラペラと言葉を紡ぐ。そうすれば宮さんは「ほんまですか? それなら良かった。アイツと同じ顔なのに、なんで俺だけ――って結構ヘコんでたんです」といつものような声色でおっとりと笑ってくれる。……確かに、侑選手と宮さんは双子だから顔つきがソックリだけど。でも。

「全然、違うんです」
「ん?」
「確かに、侑選手と顔は似てますけど。宮さんはなんていうか……その、えっと、」
「なんです? ツムと俺、何が違います?」
「何が――ってハッキリとは言えないんですけど……。ただ、宮さんの顔はその……私のタイプなんです。ものすごく」
「……え? でも、それこそツムと同じやと思いますけど。同じやって認めるのも癪やけど」
「う、えと……その、それでも。私にとっては全然違うくて……。だから、その顔に見つめられるのがめちゃくちゃ恥ずかしくて……ずっと避けてました。本当にすみません……」

 ここまで来たら本当のことを話すしかない。その思いで本音を打ち明けたけど、やっぱり恥ずかし過ぎる。張本人に向かって“アナタの顔がタイプです”と言わないといけないのは、ちょっとした罰ゲームなのではないか。……あぁ、これ絶対引かれるパターンだ。これからは宮さんじゃない人の時でももうおにぎり買いに行けないな。ここのおにぎりは、宮さんを避けてでも手に入れたい程に美味しかったのに。……なんてことになってしまったんだ。

「ほんなら、俺の店に来てください」
「……はい?」
「俺の店、カウンターやし。俺とずっと向き合う感じになるから」
「え? で、も」

 それだと私が避け続けた意味がないじゃないか。その状態になるのが嫌でお店には通わないようにしていたというのに。宮さんの言っていることの意味がよく分からず、きょとんとした表情を浮かべれば、宮さんはまたゆるりと笑って「俺を避けてでもココに来てくれるっちゅうことは、そんだけ俺のおにぎりを好きでいてくれてるってことやん」とまたしても的確な事実を指摘する。その言葉にどうにか首を振って頷きを返せば、「せやから」と今のやり取りの中に理由があると返されてしまう。……せやから、なんだろうか。

「少しでも俺に慣れてくれたら。なまえさんももっとおにぎり買いに来てくれはるやろ?」
「……な、なるほど。でも、慣れますかね?」
「フッフッ。そら分からんけども」
「わ、分からないんですね……」
「でも、なまえさんと会話出来る回数が増えんのは確かや」
「……っ、」

 宮さん。今私、“アナタの顔がタイプだ”と告げたばかりなんです。そんな人相手に、そんな眩しい笑顔を向けるのは、ちょっと反則だと思います。「せやろ?」と得意げに尋ねられてしまったら、それには「……頑張ります」と返すしか、私には方法がない。……頑張るって言ったけど、多分しばらくは慣れないし、慣れる為におにぎり宮に通い続けるはめになるんだろうな。

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