打たれているのに響けない

「こいつ、おめーんとこのチビスナイパーに気ぃあるみたいなんだわ」

 ユズルくんが飲んでいたお冷を吹きだすのと同じタイミングで、私の持っていたジョッキがガチャリと動揺の音を鳴らした。その音に慌てて「失礼しました」と店内に声を発し、テーブルへオーダーされたジュースを慎重に置く。とはいっても、今このテーブルで行われているのはボーダー内の恋バナだ。しかも、ユズルくんと千佳ちゃんというスナイパー界での話。……全然知らなかった。え、てかここに居るみんななんでこんなすんなりと受け入れてるんだ? もっと男子なら野太い声とかあげてはしゃぎそうなのに。

「なまえちゃん、耳おっきくなってる」
「ハッ。ごめん、つい」

 ゾエの笑い声が耳元で響き、そこでようやく意識がこの場に縫い付けられていたことを自覚する。既にジュースは置き終わっているというのに、私の体は思うように動いてくれない。いやだって恋バナだし。気になるし。私も一応スナイパーの端くれだから、なんなら相談にだって乗ってあげたいくらい。

「おいなまえ。サボんじゃねぇ」
「……はぁい」

 とはいっても私は今バイト中の身だ。ここで呑気にボーダーの人間として居座るわけにもいかない。
 私が本部所属隊員だったら、もっとこの手の話にも詳しくなれるのに。……まぁこればかりは仕方がない。1人暮らしをしていくうえでは恋バナより仕事に比重を傾けねば。あぁでもめちゃくちゃこの会話に混ざりたい。そっかぁ、ユズルくん、千佳ちゃんが好きなんだ。空閑くんの言う通り、お目が高いな。

「なまえ」
「分かった分かった。もう行くってば。……まったく、カゲはこの店の店長かっての」
「あぁ?」
「なんでもないです。ごゆっくりどうぞ」
「……チッ」

 従業員としては中々アウトな態度をとりつつ、その場を離れ別のテーブルのオーダーをとりそれを厨房に届けた時。もう1組のボーダーグループが顔を出し、2人はさして時間を置かないタイミングでベルを押した。これは願ってもないチャンスだと思い「オーダー行きます」と声を張り上げる。荒船ポカリ、ナイスご来店。

「へぇ。絵馬がチビちゃんをな」
「えっ! なんで?」
「なんだ、みょうじ」
「いや普通もっと驚かない? 誰が誰を好きだ〜とか、そんなの1番盛り上がる話題じゃん」

 荒船ポカリのオーダーをとっている間に、先ほど交わされたやり取りを再現する空間。きっと2人は驚くだろうと思っていれば、まさかのあっさりとした反応。え、何。もしかして、ユズルくんの千佳ちゃんラブはみんな結構知ってる感じ? まじか、私全然気付かなかったんですけど。ちょっとショックだ。

「つーか、なまえに恋バナは無理だろ」
「はぁ? なんでよ当真」
「だっておめー、鈍いじゃん」
「なっ、そっ、そんなことないし」

 ズバっと言いきる当真に対して強く反論出来ないのは、たった今自分の鈍さを痛感しているから。ギクリと顔を引きつらせていれば、反対に当真の顔にはニヤニヤが募ってゆく。その反応にムッとして荒船ポカリのオーダーを復唱して立ち去ろうとした瞬間、「だって、自分に向けられる好意にすら気付けねぇだもんなぁ」と聞き捨てならないセリフを放たれた。

「えっ、ちょっと待って!? 私のこと好きって言ってる人が居んの!?」
「おぉ、目ぇがん開き」
「勿体ぶらないで教えてよ! 気になる」

 オーダーをポカリに押し付け、空いた両手でゾエの肩を掴み揺らす。「なんでゾエさんなの〜?」とゾエは困惑しているけど、それは当真が奥の席に居るからに他ならない。そのやり取りを当真は笑いつつ、「ハハハ、なまえってやっぱ鈍いな」と言葉を続ける。……え、もしかして。嘘……全然知らなかった。

「と、当真……いつから私のこと……」
「うぉー、なまえってやっぱ鈍いんだな。な、カゲ」
「うるせぇ! なまえもさっさと仕事に戻りやがれ!」
「えー……! ちょ、えぇ。どうしよ、当真……私全然気付かなくて……うわぁ」

 当真の気持ちを知ってしまった今、さてどうしたものかと頭をグルグルと回転させる。まさか当真が私のことを好きだったなんて。まったく思いもしなかった。だって学校で会えば“ノート見せて”か“なんか奢って”しか言われないし、ボーダーで会っても“腕前、見てやろうか?”なんてニヤニヤしながら言われるだけだったし。それら全部が当真にとっての“好き”だったなんて……。不器用が過ぎるでしょ当真。

「勘違いしてる所悪ぃけど、俺の気持ちは“友達止まり”なんだよ。悪いな、なまえ」
「……はっ?」
「ほんとはもうちょい勘違いさせて様子見てみてーけどよ、あんまやり過ぎるとカゲにキレられるし。ここら辺でやめとくわ」
「……え、なんでカゲ?」

 どうしてここでカゲが出てくるんだ? あれか、バイト中の店員で遊ぶなってことか? いやだとしたらその通りだわ。こちとら残りのバイト時間どう過ごそうかなんて必死に考えてたっつーの。私で遊びやがってこのリーゼント男め。そんな思いでキっと当真を睨んでいれば、「おめーはもう良いからどっか行け!」と何故かカゲにキレられてしまった。……えぇ。ここで怒るなら当真を叱って欲しいんですが。

「んな怒んなってカゲ。おめーだってユズルの気持ち暴露ったんだし。おあいこだろーが」
「……チッ」

 当真の言葉にカゲが舌打ちを鳴らす。そしてあろうことかその苛立ちを私に向ける視線に乗せてくるので、私は慌てて「し、失礼しまーす」と逃げるようにその場を離れる。そうして数歩歩いた所でポカリにオーダーを押し付けていたことを思い出し、慌てて戻れば今度は射抜かれるんじゃないかってくらいの形相でカゲが睨んでくるから。今日はこのテーブルにもう近付ないでおこうと退却しながら心に誓う。

 そう秘かに決心する傍ら、カゲが周囲の人間から「頑張れ」と励まされていることなんて、私は知る由もない。

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