喧騒に紛れぬ恋心

 3年C組に居るボーダー隊員は、まぁそれぞれにクセが強い。けど、そのクセが面白みに繋がっているので、気が付けばボーダーメンバーとつるむ日々を過ごしていた。
 今日も今日とてカゲと前後の椅子に腰掛け、足を横に投げだし教室全体をぼーっと眺める時間を過ごしている。なんの会話をするわけでもないけど、思いついたことをぽっと吐き出し、それをカゲが受け取ったりスルーしたりとなんでもない時間を過ごしていれば。

「聞いたぞ、みょうじ」
「何を〜?」

 ズカズカとデカい図体を揺らし目の前に現れた穂刈は、反対側の椅子に私たちと同じような体勢で腰掛ける。何かを聞いたらしい穂刈に対し、私もカゲもあまり興味がない様子で言葉を返せば、穂刈はそれに負けないくらい目に力を込めて「好きなヤツ、みょうじの」と言い放った。

「え、まじ?」
「まじだ」

 私の隣に居るカゲがちらっと私を見るのが分かる。その視線に気付かないフリをしつつ、「誰?」と尋ねれば「居るんだろう、このクラスに」と尚もその力強さは保たれたまま。この辺りでカゲの視線が逸らされる気配を感じるも、それは気にしない。

「どこまで聞いたの? その恋バナ」
「言って良いのか、ここで」
「良いよ〜恋バナしよ」

 私の好きな人、を穂刈は一体どう聞いているのか興味がある。その思いでこの会話を進めれば、カゲからついに「悪趣味だよな、お前」という呆れ声が出された。“悪趣味”とは、どの部分を指しているのかを知りたくて、ちろりと視線を這わせれば、それにはふんっという鼻息を返されてしまった。

「ボーダー隊員、このクラスに居る」
「うんうん」
「背が高い、そこそこ」
「うん」
「分からない、何を考えているのか」
「うん、そうだね。分からないね」

 噂話にしてはそれなりに正しく伝わっているらしい。穂刈の告げる特徴は今のところ全て当たっている。ここまで的中しているというのに、穂刈は一切表情を動かすことなく「やっぱりな」と呟く。どうやら穂刈の中で思い描いている人物と、私の好きな人が一致したようだ。相対する私とカゲは続いて穂刈がなんと言うのか、そこに興味を示している。さて、どっちで来るか。

「分かったぞ、みょうじの好きなヤツ」
「誰?」
「頑張れよ、水上は難攻不落だからな」
「あ〜……」

 出された名前に、内心“そっちかぁ”と思っていれば、穂刈は満足したのか最後に親指をグッと突き立て自席へと戻ってゆく。それに特に反応も示さなかったカゲが「なんでアイツがいーんだ?」と心から首を傾げてみせる。そう問われても私もよく分からないので、「さぁ? 分かんないけど。分かんないから好きなのかもね」と曖昧な返事を寄越せば、カゲはやっぱり「悪趣味だわ」と吐き捨てた。

「てっきり鋼くんで来るかと思った」
「アイツは考えてること分かり易いだろ」
「まぁ、確かに。そうだね」
「考えてるのが分かんねーのはみょうじもだけどな」
「え、なんで? 私は分かり易いでしょ。分かり易いくらいに穂刈のこと好きでいるつもりだけど」

 そう、多分きっと。いや、絶対。3Cボーダーズは穂刈以外全員が私の好きな人が誰かを分かってるはずだ。ここまで面白いくらいに穂刈自身にだけは伝わらないので、最早隠すつもりもない程に。だからこそ、カゲの言っている言葉を飲み込めずハテナを返せば「別の男が好きなんだって勘違いされてんのに、それでも折れねぇあたり。みょうじって変態か?」なんて失礼な言葉で殴られた。

「失礼な。ちゃんと穂刈を見てみてよ。仏頂面な所とか、しれっとした顔でボケに走る所とか、筋肉ムキムキな所とか、メール文がおじさんくさくて可愛い所とか。めちゃくちゃ好きになる要素秘めてんじゃん」
「うぜぇ」

 好きな人の好きな所をペラペラッと喋ってみたら、今度はさっきよりも綺麗な暴言で殴られてしまった。まぁカゲの口から出てくる言葉なんて、大抵が暴言めいているので気にもしないけど。
 こうしてまたカゲと2人で教室の風景をぼーっと眺める時間を取り戻していれば、どこかへ行っていた水上がぼけーったした表情を浮かべて戻ってきた。今の私たちも水上みたいな気の抜けた顔をしてるのだろうかと思うと、ちょっと複雑な気分になったのできゅっと口角を引き締めておく。

「なんや人の顔見てハッとしたように表情引き締めて」
「そんな間抜け顔にはなりたくないなと思って」
「なんで戻ってくるなり心抉られんとあかんの」
「……あ、そうだ。もしかしたら風の噂で“私が水上のこと好きかも”って耳にするかもだけど。それデマだから。勘違いしないでね。水上別にモテてないから」
「……俺がなんかしたんか?」
「私が好きなのは穂刈だから。勘違いしないでよね」
「いやそんなん知っとるけど。……え、え? なんで俺フラれた感じになってんの?」

 えぇ〜……とボヤく水上の声もまた、教室の片隅を小さく渦巻き消えてゆく。そうしてぼーっとする人が1人増えた所で再び私の視線は穂刈のもとへ。いそいそと筋トレをこなす穂刈は今日も今日とて可愛い。

「やっぱ可愛いわぁ」
「……可愛いって言えるみょうじさん、やっぱ強者やわ」
「はっ、悪趣味なだけだろーが」

 なんとでも言ってくれ。そんな野次もどうせ、この昼休みの喧騒に消えてゆくのだから。

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