私の王子様

 トリオン体で過ごすということはなるべくしたくない。こっちの方が確かに疲れないし、色々と快適だけど。雷蔵さんという先輩が居るので、同じ轍を踏みたくはないのだ。とはいっても、どうして雷蔵さんがああなったかを考えると、やっぱりトリオン体で居ることのメリットが大きいからで。

「なまえちゃん、ご飯食べてきたら」
「でも……太っちゃうし」
「いや、大丈夫。こうはならないって」
「雷蔵さん、」

 気になるなら控えめにすれば良いよと笑って食事を促してくれた雷蔵さんにお礼を言って訪れる食堂。トリオン体だといまいち満腹感を感じられないんだよなぁ……。だからといって今換装を解いたら絶対意識失うし。雷蔵さんに言われた通り、控えめにすることで手を打とう。

「マグロカツ丼、やばいで」
「生駒っち」
「なまえちゃん、久々やな。今日もかわええよ」
「ありがとう〜。これでも2徹目なんだけどね」
「2徹!? やばいな」

 生駒っちの驚きが少し新鮮に感じる。エンジニアだと2徹は結構ザラだから。私は太ったり不規則な生活になったりするのが嫌だから滅多にしないけど、今取り組んでる近界テクノロジーの解析が結構手間取っている。こっから更にデータベース化の作業が待っているので、あと数日はトリオン体で過ごすはめになるかもしれない。

「頑張るなまえちゃん、かわええ」
「ほんと〜? 生駒っちからそう言ってもらえるの、嘘でも癒される」
「失礼な。嘘なんかとちゃうよ」
「うんうん。生駒っちは全員に本心で言ってるんだもんね」

 生駒っちおすすめだというマグロカツ丼を注文し、ちょっとだけ後悔を浮かべつつ生駒っちと向かい合って座る。そうして手を合わせ口にしたマグロカツ丼は、そんな後悔を彼方へと吹っ飛ばしてみせた。

「これ、やばい!」
「せやろ!? このナスカレーもやばいで」
「まじ? ちょっとちょうだい」
「ええよ。たーんとお食べ」
「……! 美味しい……!」
「せやろ〜? もっと食べや。いっぱい食べるなまえちゃん、かわええし」

 生駒っちに誘導されるがままにマグロカツ丼とナスカレーを口にし、ハッとした時にはもう遅かった。目の前には綺麗さっぱり平らげられた食器。生駒っちが注文したナスカレーもほぼ私が食べたことに気付き慌てて謝っても「ええよ。なまえちゃん、トリオン体の時食べなさ過ぎて心配やったし」と真顔で心配していたことを打ち明けられた。……生駒っちって意外と真顔なんだよな。だからこういう時、冗談なのかどうかちょっと分かりづらい。

「そ、うなんだ。ごめんね、ありがと」
「なまえちゃんが倒れでもしたら俺、心配で寝られへんし」
「えー、それは嘘っぽい。生駒っち毎日爆睡してそう」
「確かに10時間寝てきたけども」
「いや寝過ぎでしょ」

 ケタケタと笑っていれば、途端に体が怠くなるのが分かった。そうして訪れるのは疲労を越した気怠さ。それに引っ張られ体から力が抜ける感覚がして、そこでようやくトリオン切れであることを悟る。……トリオン体で居ることに慣れてなくて、自分の限界に気付けなかった。他の人が平気で2徹してるから、私もやれると思ってたけど、違ったようだ。……やばい、意識が飛ぶ。

「なまえちゃん!?」
「やばい、ごめん……」

 倒れそうになった私に生駒っちが駆け寄ってくるのが分かる。その辺りで瞼の重みに耐えられなくなって閉じた瞳。それに生駒っちが「なまえちゃん!? 死んだらあかんよ!」と騒ぎ立てているのを意識の遠くで聞く。……死なないから、ちょっと寝るだけだから。そう言いたいけど、それすらも難しい。体がふわふわと浮いている感覚がして、少し開けた瞼。その視線の先には前を見つめる生駒っちの顔。その後ろの背景が物凄いスピード感で移り変わっていくので、きっと今、生駒っちは私をお姫様抱っこして全力疾走してくれているのだろう。

「なまえちゃんのこと、絶対助けるから!」
「生駒っちって……格好良いんだね」

 まるで王子様みたいだとぼんやりと思う。その割には誰にでも“可愛い”って言っちゃう軽めの王子様だけど、今だけは確かにそう思う。そんな感想を抱いていれば、生駒っちの視線がゆっくりと私に向けられる。そうして告げられた「……え。俺はずっと格好ええやろ」という言葉。その言葉は、気怠くて堪らない私に、笑いを起こしてみせる。

「あはは、そうだね。生駒っちはずっと格好良いね」
「せやろ? なまえちゃんがずっと可愛いように、俺もずっと格好ええ」
「うん……確かにそうだ」
「せやから、いつでも惚れてくれてええよ」
「……うん、分かった」

 生駒っちは、王子様キャラじゃないけど。確かに今、間違いなく私の世界では1番格好良い王子様だ。

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