刺した心臓から溢れる鼓動

「はぁ!?」

 決めた。アイツ、ぶちのめす。



「おつかれさーん……って、おぉ」

 妙に間延びした声が言い終わるより先、隠岐の体は壁に打ち付けられた。おぉ、と感嘆し見つめるは自身の両サイドに置かれた私の両腕。「こんなんときめくやん」と笑う隠岐と、それに反応せずただじっと隠岐を睨む私。その数秒の沈黙の間に、周囲は何事だと視線をこちらに寄越す。

「頭、ぶち抜かれたんですが?」
「うん。撃ち抜いたな」

 けろっとした顔で言ってのける隠岐。その様子に再び血流が上るのが分かる。コイツはわざと、意識的に、私の、頭を、撃ったということ。ふつふつと怒りが湧き起こるその源が何か――。お互いにそれは分かっている。

「……雨取ちゃん相手にはヒヨるくせに」
「いやぁ。だって可愛い子は撃ちにくいやん」
「隠岐ってすごいよね。火に油、注げるタイプだよね」

 呆れたと溜息を吐いて両腕を下ろしてみても、隠岐はその場から動かずにこにこと微笑んでいる。ここら辺で周囲の人間は“痴話喧嘩か”と興味をなくしたように視線を散らしだす。私としてはそんなのは関係のないことで、注目を浴びようが浴びまいがフルスロットルで隠岐を責め立てる。……私にはそれだけの権利があるはずだ。

「油もなんも、おれに敵意はないで」
「敵意がなかったら頭一点集中なんてないから」
「いやぁ、それはほら。そこに頭があるから――っていうか、取れる点があったら取るやんか。ランク戦やもん」

 確かに隠岐の言い分だって間違ってない。ランク戦とは点を取り合うもので取れる点は取るべきだ。ただ、ただ。仮にも私は――。

「私、隠岐の彼女だよね? 普通自分の彼女の頭撃ち抜ける? いや撃ち抜けたとしてもだよ? 彼女相手にこそヒヨれよって話なわけ」

 そう、これが言いたかった。雨取ちゃんが可愛いのは分かる、異論なし。ただ、それが理由で大事な場面で怯んだくせに、私相手には怯みもしなかったっていうことに腹が立つ。可愛い子は撃ちにくいんじゃなかったのかよ。彼女は可愛いでしょうが。

「いやぁ、なまえはそういう次元とはちゃうやん」
「……意味分かんない」
「せやから、“おれ以外の誰かに落とされるくらいなら、おれが落としたろ”っていう」

 にこっと口角を上げて言葉を結ぶ隠岐。その笑顔が今の今まで浮かべていた愛想とは違うものだって、仮にも彼女の私には分かってしまった。この笑みは本気のやつだ。……隠岐、それって――。
 
「……その思考ちょっと危なくない? 病んでる?」
「なんでやねん。独占欲やん」
「えぇ〜……」

 隠岐の本気が感じ取れて、怒りよりも寒気がしてきてその日の痴話喧嘩は終息した。……まぁ、ただで折れるわけもないので、その日の帰りにコンビニスイーツをめちゃくちゃ奢って貰いはしたけど。



 ごめん、隠岐。こないだのこと、謝るわ。

「心臓ひと突きって、えぐいことしはりますね。なまえさん」
「確かに、これは独占欲だわ」
「……その思考、ちょっとやばない?」

 ひび割れながらベイルアウトする隠岐の顔は、引いているというよりも嬉しそうで。あの時言っていた言葉に嘘はなかったことを知る。そして、隠岐の気持ちをこの身をもって体験することになった。……なるほど、確かに。誰かに取られるくらいなら、私が取ってしまいたい。誰にも、渡したくない。……うん、この思考はちょっと危ない。

「いやいや、独占欲か」

 隠岐をこの手で落とした。これでもう誰にも取られることはない。そう思えば、体全体を高揚感が包むような気がした。ランク戦終わり、隠岐から壁ドンされても笑っちゃうかもしれない――そんなことを思いながら、私は隠岐の居ない戦場をハツラツと駆け巡るのだ。

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