飛び火して終息

 諏訪さんは勘違いをしている。

「んで? お前の幼馴染の――タブチくんだっけ? どうなんだよ、最近」
「どうとは」
「なんかツマミになるネタ、ねぇのかよ」
「ないですぅ」
「ケッ。つまんねぇ」

 つまんねぇと言いながら噛みちぎられた肉をじっと見つめていれば、それが物欲しそうな目に映ったのか、諏訪さんは網から肉片を摘まみ上げそれを私の皿に乗せてくれた。
 その行為にペコっと頭を下げつつ鼻から深めの息をそっと吐く。……勘違いって普通、そっち方面じゃなくないか。

「アイツ最近C級の女の子と良い感じみたいなんですよね」
「へぇ。ライバル出現ってやつじゃねぇか。そういうの、そういうのをくれって言ってんの」
「いや相手女子高生ですよ?」
「あー……女子高生、か」
「ちょい。親父顔やめろ」
「まだピチピチの21歳だわ」
「21の見せる貫禄じゃないですよね。諏訪さん」
「テメェ」

 網の上でじゅうじゅうと音を立てて焼かれていた肉たちを全て自分側へと寄せ、「お前にやる肉はねぇ」と睨みつけられてしまった。これは諏訪さん持ちの焼肉なので、機嫌を損ねるのはまずい。素直に「嘘です、諏訪さんはダンディです」と嘘を並べ立てる。そうすれば諏訪さんは「……お前のその減らず口、さっさと肉で塞ぎやがれ」と良い頃合いに焼けた肉を押し付けて来る。

「熱っ」

 思わず感じた熱。その熱に慌てる私を見て諏訪さんは「バカだな」と笑うけれど、きっと私の内側に宿った熱までは見抜いていない。唐突に好きな人から喰らう餌付けは、私の心臓を熱くさせるのに充分だ。

「つぅか、お前もっとガッと行けよ。好きなヤツには押して押して押しまくれ」
「そんながっついて良いんですか?」
「良いだろ。女から言い寄られて嫌な気する男なんていねぇだろ」
「諏訪さんもですか?」

 肉を咀嚼する代わりに吐き出した疑問には「さぁ。言い寄られたことねぇから分かんねぇ」となんともまぁ無責任な返事を寄越されてしまった。……あぁ、やっぱり諏訪さんは勘違いをしている。私が好きな相手が誰なのかも、どうして私が男の人と2人きりでご飯を食べに来ているのかも、ここに諏訪さんに言い寄っている女が居ることにも。何も気付かないまま、勘違いをしたまま。諏訪さんは、何も知らないし気付こうともしてくれない。

「まぁみょうじなら大丈夫だろ」
「そうですかね? どうだろ、なんか自信ないです」
「なんだよ? みょうじにしちゃあしおらしいじゃねぇか」

 奢ってやるから飲め――呑気な顔して酒を勧めてくる諏訪さんに私は自信をなくされているんですけど。そんな文句1つ言う度胸すら諏訪さん相手には持てず。言いたい気持ちに蓋をするように、酒を逆流させ続けるしか出来ない。



「みょうじ、大丈夫か?」
「んー……大丈夫です、」
「自分のペース無視しやがって」
「だって……、諏訪さんが」
「俺のせいにすんな。ほら、大丈夫だから」
「大丈夫じゃないです」
「おい。さっき言ったことと逆転してんじゃねぇか」

 さっきの大丈夫と、今の大丈夫は違う。別物だ。大丈夫だけど、大丈夫じゃない。……これくらい酔わないと、だめだ。

「無理です、私」
「……もしかして、吐くのか? おい……待て、もうちょい耐えろ。水持ってきてやるから」
「……ダメ、」

 道端に寄り、私の背中を数回撫でた後自販機へと足を向けようとするその腕をぎゅうと握る。もうだめだ。この気持ちを耐えることなんて出来ない。酒の勢いでも借りないと吐き出すことも出来ないほどに大きくなってしまったこの気持ちを、たった1人で吐くだなんて。そんなの寂しすぎる。

「諏訪さん……私、女として見てもらえないんですか?」
「……はっ? いや……そんなの俺に訊かれても、」
「諏訪さんは、どうなんですか?」
「お、俺っ……?」
「諏訪さんは私のこと……どう、思ってるんですか?」
「いや別に……それを言ったところでみょうじの自信が付くわけでもねぇだろ」

 酒の力を借りて勢い付けてみたところで、諏訪さんから望む答えが聞けるとも限らず。私の自信は、諏訪さんからしか貰えないのに。諏訪さんは私に、勘違いを与えてはくれないのだ。

「普通、異性が2人きりでご飯に来たら勘違いしませんか?」
「……は?」
「女の子がやたら自分に話しかけてくるなとか、自分の前でだけよく笑ってたり、その……ぼ、ボディタッチとか……よくしてきたりしたら……勘違い、しないんですか」
「勘違いって……その、アレか? 俺に気があるんじゃねぇか――的なやつか」
「そうです。そういう勘違い、諏訪さんはしたことないんですか」
「だから……俺にそういうことしてくる女が……居ねぇ…………あ」

 尻すぼみしていった言葉から少しの間を開けて放たれた単語。その言葉と共に得た閃きをぶつけるように、諏訪さんの瞳が私を捕らえる。……あぁ、きっと今諏訪さんの目に映る私は真っ赤なんだろうな。さすがにこの赤みは酒によるものだと勘違いしないで欲しい。

「お前……だって……幼馴染……」
「そんなの一言も言ってません」
「はぁ!? 言えよ! じゃあ!」
「だ、だって! 言ったらバレるじゃないですか!」
「バレるわけねぇだろ! 実際バレてねぇんだから!」

 諏訪さんの反論に、ぐっと言い詰まってしまう。……確かにそうだ。諏訪さんはものの見事に勘違いをしまくっていた。どこをどう見たら私が幼馴染に好意を抱いているように見えたのか、よく分からないのに勝手に相関図を作り上げてニヤニヤしていた相手だ。まさかにそこに自分が浮上していただなんて、この男はきっと自力では気付けなかったことだろう。

「はじめはそれでも良いって思ってたんです。段々、意識してくれればそれで――って」
「……まじか」
「なのに諏訪さん、全然意識してもくれないし。勝手に幼馴染と私のこと応援するし。自信持てとか嬉しくない励ましくれるし……」
「嬉しくないってオイ」

 まさかこんなに勘違いに勘違いを重ねる鈍感男だとは、思いもしなかった。だから段々、諏訪さんにとって私なんて、勘違いをするに足りない女なんだろうという虚しさが胸を覆って、苦しくなって。1人じゃ抱えきれないほどの大きさになってしまった。……もうこれ以上は苦しい、終わりにしたい。

「だから、ハッキリ言います。私は諏訪さんが好きです。……諏訪さんは私のこと、恋愛対象として見てないんだろうってことは分ってます。でも、きちんと諏訪さんの口から聞きたいです」
「俺は……その、」

 諏訪さんの視線が下を向く。……あぁ、言いにくいことを言わせようとしてしまっている。こんなに苦い思いを、諏訪さんにも味わわせることになるなんて。私の恋心が勘違いだったらどれだけ良かっただろう。

「誰かにフラれることはあったとしても、誰かをフるなんてこと、したことねぇんだわ」
「そう、でしょうね」
「そうでしょうねって――お前なぁ」

 だから私が、その1人目になれるのなら。まぁ、それも良い記念になったということだ。そう思おう。そんな強がりを浮かべて、必死にその場に立っている私を諏訪さんの瞳がゆるやかに上がって捕らえる。……その諏訪さんの頬がほんのり赤らんでいるように見えるのは、私の勘違いだろうか。

「だから俺にはお前をフるなんてこと、出来ねぇ」
「……はっ?」
「いやなんつぅか……フり方が分かんねぇっつぅか……」
「……はっ?」
「……あー! だから! 今度メシ! 行くぞ!」
「……は、え……? それってつまり……?」

 ようやく与えられた勘違い。それを今すぐにでも解きたくて、諏訪さんにその紐を握って欲しいのに。諏訪さんは頑なに握ろうとはしてくれない。

「諏訪さん、あの、」
「……俺だって散々言ってきたつもりだぞ」
「何をですか?」
「は? お前、“みょうじなら大丈夫”って励まし、俺が誰にでもしてるとでも思ってんのか?」
「……えっさすがにあれじゃ分かりませんって! てかあれだと普通逆の方向に勘違いしますからね!?」
「それはアレだろ。お前が鈍いだけだろ」
「はぁ!? よく言うわ」
「オイ」

 どうにかその紐を握らせようと必死になっていれば、諏訪さんの歩みがぱたりと止まった。そうして向き合う視線を真っ向から受け止めてみせれば、その紐は端から存在していなかったことを思い知る。

「俺は人をフるなんてこと、したことねぇから。俺と別れたくなったらみょうじからフってくれ」
「……じゃあ、せめて。プロポーズくらいは諏訪さんからして下さいね」
「そっちのが緊張するわ」
「してくれないんですか? プロポーズ」
「みょうじは飛躍しすぎだ」
「……じゃあ別れますか?」
「お前とんだ激重女じゃねぇか」
「でも諏訪さんからは別れないんですよね?」
「別にプロポーズしねぇとも言ってねぇだろ」
「うわ、諏訪さん顔赤いです」
「お前もだろバカ」

 諏訪さんも私も、勘違いなんてしていない。

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