優しい線を描く

 荒船がアタッカーをやめた。本人から聞いたわけじゃないけど、まわりが言うには“村上にランクを抜かされたから”というのが理由らしい。そう言われてしまえば確かに筋の通った話だとも思ってしまう。だけど納得は出来ない。

「鋼くんに抜かされたからやめんの?」
「そういう考えになるヤツも居るかもな」

 食堂でカップコーヒーを供にログを見ている荒船は、私の声かけなど容易く躱してみせる。それでも構わず反対側に腰掛け「当たり?」と喰いつけば、一瞬だけ視線を寄越された。その視線に喰らい付こうと意思表示をしてみせても、それが通い合うことはなく。再びログに意識と視線を戻した荒船に、私との会話を続ける気はないらしい。……そんなの構わない。

「やっぱ悔しい? あの野郎……! みたいな気持ち?」
「あのなぁ、」

 端末を机に伏せ語尾と共に上がる荒船の顔。そこには“いい加減にしろ”という呆れと怒りが滲んでいた。だけど、その感情は私を見つめると同時に消え去り、いつも通りの冷静さを取り戻す。……あぁ、やっぱりそうだ。荒船がそんな理由でアタッカーをやめるなんて、有り得ない。

「鋼くんに嫉妬した?」
「……みょうじ、お前どうしたんだ」
「別に、知りたいだけ。荒船が急にスナイパーになるなんて言い出すから。なんでだろうって」
「急なんかじゃねぇ」
「じゃあ、じわじわと迫られてた時から感じてたってこと?」
「いい加減しろ、みょうじ」
「じゃあなんなのよ」

 少しずつ大きくなってゆく声のボリューム。そのせいで近場に居る隊員の意識がこちらに向いているのが分かる。……それで良い、もっと。もっと色んな人の意識がこっちを向けば良い。

「俺個人の問題だ」
「だからそれって鋼くんが原因なんじゃないの?」
「……俺は元々マスタークラスに到達したらアタッカーはやめるつもりだった。それに、俺は全部のポジションでマスターをとるつもりだ。だからこれは計画通りの話で、鋼は関係ねぇ。分かったらこれ以上何も言うな」

 最後の言葉はきっと、鋼くんを想っての言葉だ。荒船はそういう人。それが事実なら、もっと声を大にして言えば良いものを。どうせ“言い訳くさいから”とかそういう理由で公言しないのだろう。そのくせ、鋼くんにこのことを知られることを嫌う。

「不器用イケメンかよ」
「は?」
「もっと自分のことも大事にしろってこと」
「いや別に……」

 荒船は頭が良いから、それだけで私がどうしてここまで喰いついたかを理解したらしい。そうして吐き出す溜息は、少しだけ優しさを含んでいる。

「下手な猿芝居打ちやがって」
「だってこうでもしないと荒船が誤解されたままでしょ」
「別に他人にどう思われたって構わねぇ」
「ハンッ。気取んなイケメン」
「イケメンは外さないんだな」
「……だってイケメンじゃん。ムカつくけど」
「なんでムカつくんだよオイ」

 顔も心もイケメンな荒船が格好良くて悔しい。……だけど、1つ心配があるとすれば。そのことが鋼くんとの間に誤解を生まないかということだ。

「でもさ、鋼くんにはちゃんと言ってあげた方が良いんじゃない?」
「いや。鋼に言うのも違うだろ」
「え?」
「俺がわざわざ言ってみろ。あいつのことだ、“気遣われた”なんて気遣い、しそうだしな」
「……確かに。それはあるかも」

 言われてみれば確かにそうだと思う。やっぱり荒船の理論には筋が通っていて、素直に頷くことが出来る。そこまで考えをまわせて、更には気遣いをまわせる荒船にはどこまで行っても敵いそうにない。
 はぁ、と感嘆の息を漏らしていれば「それに、」と荒船が口が開く。その言葉の続きをじっと見つめながら待っていれば、荒船はカップに口をつけながら「鋼のことは俺がなんとかしなくても、どうにかなるだろ」と予言してみせる。

「どうにかって?」
「アイツは人に恵まれているからな」
「荒船にも出会えたし?」
「そうだ。そういうことだ」
「……ふっ。何それ、自分で言うな」
「言ったのはみょうじだろ」

 互いに見つめ合って零す笑い声。そこに先ほどまでの剣呑さはなく、穏やかな雰囲気が私たちを包む。憤慨される可能性もあったけど、そこは荒船だからと信じて正解だった。

「……まぁアレだ。俺の心配してくれて、ありがとな。みょうじ」
「荒船も人に恵まれてるね?」
「……ふっ。なんだそれ、自分で言うな」
「ちょっと。私のセリフ、真似しないでよね」

 私たちは優しい世界線を生きている。

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