FRESH

 ボーダーに入らないかと言われ、「何ソレめっちゃ面白そう!」と喰いつきあっという間に実現したボーダー入隊。よく分からないまま弧月をセットしそれを使って訓練をこなす日々。

 親元を離れて暮らすことに、私も親もそこまでの感傷はなかった。「ちょっと行ってくるわ」「気ぃ付けてな」くらいの感じ。そうして始まったボーダーの生活は別になんの不自由も感じていないけれど、時々地元の雰囲気や方言が懐かしいなぁと思うこと――もなく。

「なまえちゃん、今日も俺と訓練しよか」
「生駒旋空絶対使うやないですか」
「使わんて! 今日はほんま」
「それ、昨日も聞きました」
「可愛い可愛いなまえちゃんをぶった斬るとか、有り得んわ」
「私、イコ先輩からそう言われてなんべん斬られたやろ」

 弧月の専用オプションである旋空に“生駒”という名前が付いているのは、イコ先輩がこの技の発案者でもあり唯一の使用者だから。
 イコ先輩は、私がボーダーに入隊した日から「関西からのスカウト組! 運命!」と本気か冗談か分からない口調で声をかけて来たちょっと距離感の取りにくい先輩。そして私のメイントリガーが弧月であると分かるや否や、「俺に師匠やれてことやん。生駒旋空の継承者にしたるしな」と勝手に話を進めてみせた。イコ先輩の押しの強さというか、マイペースさに巻き込まれるような形で、気が付けば私はほぼ毎日イコ先輩とランク戦をしている。とはいっても私はまだC級なので、ポイントのやり取りはないけれど。

「なぁなまえちゃん。Bになったら俺の隊に来いひん?」
「いやいや。イコ先輩のとこもう満員ですやん」
「可愛いなまえちゃんの為ならどうにかするし。マリオちゃんが」
「真織先輩にシバかれますよ?」
「そら怖いな。いやでもマリオちゃんやし、怒っても可愛ええんやろな」
「どっちやねん」

 こんなどうでも良い会話を交わすのも日常茶飯事。そして、ランク戦を終えて食堂やラウンジで駄弁るのも日常茶飯事。

「あ、でも。なまえちゃんが1番可愛ええで?」
「はいはい」

 イコ先輩の“可愛い”も日常茶飯事。初めの頃はぎょっとしていたワードも、今となっては適当な相槌で済ませられる。「ありがとうございますぅ。ほんまおおきに」と付け加えて次の話題に移ろうと目論みつつ、きっとイコ先輩はこう返してくるだろうなという予想も立てる。

「なまえちゃん、なんで信じてくれへんの」

 はい当たり。逆に、イコ先輩はどうして信じてもらえると思うのだろう。イコ先輩の“可愛い”は“おはよう”と同意義なのに。ましてやイコ先輩は女の子が好きときた。そんな人の言葉に、いちいち踊らされる乙女心はあいにく持ち合わせていない。

「信じるもなんも。イコ先輩誰にでも言うてるやないですか」
「だって誰に対しても本当やし」
「曇りなき眼過ぎて眩しいわ」
「どう? 惚れそう?」
「……あー、」
「ちょぉ、目逸らさんといて。自信なくすわ」
「自信なくすて。惚れられる自信あったんかい」

 思わず吹き出しながらツッコミを入れようとした。ツッコミを入れようとする時、イコ先輩の腕を叩くのはよくあること。だけど、その手をイコ先輩の手で捕まえられるのは今までなかったこと。その動作に驚き固まれば、あの射抜くような視線で瞳も捕らえられてしまった。

「あるよ。めっちゃある」
「……え、なんやの。……イコ先輩、マジやん」
「マジやで。なまえちゃんが可愛いのも、何もかも」
「ま、またまたぁ。もう分かりましたって」
 
 ひとまず視線からだけでも逃れようと目を泳がせれば、今度は「俺のなまえちゃんに対する気持ちも。マジやで」と鼓膜を捕らえられてしまう。そうして広がる熱はあっという間に頬に到達する。

「なんやの急に……ほんまなんやの……」
「好きやで、なまえちゃん」
「……〜っ!」
「おっ。コレコレ、俺が求めてた反応、コレやねん」
「か、からかいましたね!?」
「からかってへん。ほんまに、好きやで」
「うわ、もうええですから! 分かりましたから!」
「可愛い可愛いなまえちゃん?」
「わー!! もうやめて下さい!」

 真顔で冗談を言う人だけど、こういう時だけ真剣だって気持ちを声色に乗せるのズルいと思う。……腹立つわぁ、この人。

「いつまでもこのピチピチでフレッシュな関係で居りたいな」
「……そんなら誰にでも簡単に“可愛い”って言うの、やめて下さい」
「え、もしかして……ヤキモチ? なまえちゃん可愛い」
「……言うたそばからやん」

 ふっと抜ける力とその力が笑い声となって口から出てゆく。……この人のおかげで、私の毎日は鮮明だ。

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