心の在り方を証明せよ

「とっりまる〜!」
「明日の放課後なら」
「さっすが! とりまるサイコー!」

 一体なんのことやらと傍から見た人は思うかもしれない。でも、私たちはこのやり取りで明日の放課後に勉強を教えてもらう約束を結べるのだ。



「で、この場合はこっちの公式を当てはめる」
「なるほど! なるほどなるほど」
「……本当に分かってるのか?」
「分かってるよ! ほら!」
「……正解だ」
「私ってば天才!」

 左手を顎に当て、顔の横をキラリと光らせれば「調子に乗るな」とペンで頭を小突かれてしまった。一拍遅れて頭を押さえてみても、もうそこにペンは居ない。今はとりまるの手元で次の問題を解く為にその役割を果たしている。
 その手元からとりまるの顔へと視線を動かしてみれば、枝垂桜のように睫毛が揺れる。……いいなぁ、睫毛長くて。髪の毛だってふわふわだし、とりまるが“イケメン”って騒がれるのも納得だ。

「……俺の顔に何か用か」
「もさもさした男前だなぁと」
「どうも」
「そこで否定すると皮肉に聞こえるレベルだもんね」
「……やけに褒めてくるな」

 どうも、で受け止めてみせる辺りにとりまるの場慣れ感を痛感して、ちょっと面白みに欠ける。事実だから異論も反論もないんだけれども。

 とりまるとは中学からの付き合いで、昔からこうやって勉強を教えてもらっていた。とりまる自身、そこまで成績優秀ってわけじゃないけど、とりまるはとても教え方が上手い。だからよくこうして頼み込んで放課後の時間を割いてもらっている。
 高校に入ってからはバイトも掛け持ちしだしたので、忙しいだろうと遠慮していれば「調子が狂う」なんて言って勉強の時間を作ってくれたこともあった。……とりまるの平気な顔して嘘吐く所には何度も困らされたけど、それ以上に優しい部分を私は知っている。……そう、知っているのだ。だからこそ、“とりまるの良さは外見だけじゃないのに!”って反抗したくなる。

「私、とりまるがしわしわでも仲良しでいるからね」
「しわしわってなんだ」
「髪の毛がチリチリしてても仲良しでいてあげる」
「チリチリだから友達を辞めるなんてヤツも居ないだろ」
「とにかく! 私はどんなとりまるでも一生友達でいてあげる!」

 机を叩き力説すれば、とりまるは少しだけ面を喰らった様子を見せた。……お、これはもしや感動に打ち震えたか? と期待に胸を躍らせたのも束の間、とりまるはすぐにいつも通りの冷静さを取り戻す。そうして再びペンを走らせはじめ、「ほら、集中しろ」と私を律してみせる。
 もっと感動のシーンになるって思ってたのに。とりまるはいつもこうだと不満を抱え、それを唇を尖らせ形にしていれば「……俺も、たとえなまえが嫌だって言っても一緒に居るつもりだ」とポツリと吐かれた。一瞬意味が分からなくて「えっ?」と訊き返せば、ペンを置き私を見つめてくるとりまる。

 ハッとしたのは、とりまるの目がいつもと違ったから。“どういう意味?”と意図を確認するよりも、「じゃないと、どんなに忙しい時間を使ってでもなまえと2人きりになりたいなんて思わない」という言葉で心臓を揺らされる方が先だった。

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