世界なんかきみにあげる

 年の瀬、大晦日、年末――大地の誕生日。12月31日という日付は、私たちにとって様々な呼び名がある。そして、それだけの呼び方を与えられた日というのは、それだけ忙しい。

 そんな1日の昼下がり。私たちは自宅のソファに2人してもたれ掛かっている。エアコンとストーブを併用させた空間は、東北の冬とはいえそれなりに快適だ。
 いつもだったら仕事だったり、部屋の掃除だったりで忙しいこの時間帯を今年は珍しく沈黙が支配している。



「ゆっくりしたいかな」

 今年の誕生日は休みが取れたと大地から言われた時、「何かしたいことある?」と訊いた答えがこれだった。その言葉を聞いて思わず「お疲れ様です」と労えば、大地は少し笑って「そうだけど、そうじゃなくて」と言葉を継いだ。

「なまえと2人だけの時間をじっくり味わいたい」

 言い直された言葉に、照れくさくて顔を下げた私。そんな私を「なまえさーん?」と悪戯な声が呼んできたけれど、それに顔を上げることも出来ず。つい張り合うように「そんなんで良いの?」と眉を寄せながら見上げてみせれば「そんなんが良いの」と喰らうカウンター。もうノックダウンを喰らうしかなかった。大地に負かされるなんて。ちょっと心外だ。

 そうして迎えた12月31日。朝もうんと寝坊して、「こんな時間まで寝たことなかったかも」と2人して笑い合って。滅多に味わうことのない朝のベッドを堪能して、2人仲良くご飯を作って。テーブルで向かい合って「いただきます」と手を合わせて堪能したブランチ。片付けも一緒にして、淹れたコーヒーを手にしてソファに座ってしまえば“これって私にとってもプレゼントだな”なんて今更な幸せを思い知った。

「ふふふ」
「急にどうした?」
「幸せだなぁ、と思いまして」
「……あぁ、そうだな」

 大地が“そんなんが良い”って言った理由、分かるなぁって思えばつい緩む頬。その気持ちをコーヒーと一緒に流し込みながら私はまた1つ幸せを蓄える。今日はなんて贅沢な1日なんだろうか。

 適当につけたテレビでは、年末の特番が放送されている。それを2人してじっと見入ったり、声をあげて笑ったり、スマホに意識を逸らしたり。そんなことをだらだらと繰り返していれば、いつしか大地の頭は私の肩に乗っていた。
 隣で穏やかな寝息をたてる大地を見つめ、ゆっくりと近くにあったリモコンに手を伸ばす。そうして無事にテレビの電源を落とすことに成功し、シンと静まり返る空間。そうすれば部屋に漂っていた日常という幸せが浮き彫りになったような気がして、思わずそれを鼻から吸ってみる。……幸せって無味無臭だ。なんて、よく分からない発見をしてみてはふふ、と小さく笑う。

 こうしている今も、世の中は明日から始まる新年に向けてバタバタと忙しなく動いているのだろう。大地はその世の中を守る為にいつも奮闘していて、きっと明日からはそんないつも通りの格好良い大地に戻るのだ。……だから今日くらいは。無防備に眠る大地をゆっくり味わっても良いんじゃないだろうか。

「好きだよ、大地。世界で1番、大好き」

 贅沢な時間を味わう大地に、最高のプレゼントを。

BACK
- ナノ -